第3話 師を失った女性傭兵
※パトラー視点です。
【政府首都グリードシティ 元老院議事堂】
繁栄のシンボル――。それが政府首都グリードシティだった。何千メートルもあるビルが立ち並び、空中を無数のエア・カーが飛び交う。高層建築物の間には複雑に入り組んだ歩道が設けられ、大勢の人々が行き交う。
1800年間、世界の中心であり続けた国際政府の首都グリードシティ。戦争が勃発しても、この都は繁栄と発展を続けていた。
「ふぅ……」
私は椅子に座って外側の壁一面に広がる窓から広大な街を眺めていた。机の上に置かれた温かいコーヒーをそっと飲み、一息つく。
私は元々は政府の軍人だった。今はフリーの傭兵だけど。軍人の頃の階級は特殊軍准将。そこそこ高い地位にいた。
「“パトラー”、そろそろ行ってくる」
「……うん、気をつけて」
私はしっかりとスーツを着た男性に向かって手を振る。元老院議員ライト=オイジュス。私のお父さん。お母さんはもう死んじゃった。私がずっと小さい頃に…… 僅かにお母さんの笑顔が記憶に残っている。
私は椅子から立ち上がると、2丁のサブマシンガンを手に取る。もう、どれだけの間、これを使っていないだろうか……。最後に使ったのは今から2ヶ月前だ。
「……使っちゃダメだよね」
私はサブマシンガンをしまうと、ハンドガンだけを腰に装備して大きな灰色の扉を開ける。私の家の玄関。……と言っても、ドアの先は外じゃない。廊下だ。
私の家は首都グリードシティの中心にある元老院議事堂内。元老院議員でも議事堂内にオフィスと自宅を一緒にしている人はほとんどいない。大抵の人は首都のどこかに家を持っていた。
「……久しぶりだな、パトラー」
「ピューリタン!」
廊下に出てすぐに青い髪の毛をした女性に声をかけられた。友達のピューリタンだ。階級は将軍。その昔は同一の階級だったけど、いつの間にか抜かされたな。
「先日の空戦、大丈夫だった?」
「ああ、問題ない。連合軍に私が負けるハズないだろ?」
彼女はニヤっと笑って言う。彼女は将軍。頻繁に軍を率いて首都から各地に出撃していた。私はその度にハラハラしていた。怖かった。彼女が死ぬのが。友達を失うのが……。
「相手は?」
「連合政府軍の七将軍の1人、ケイレイトだった。あと一歩のところまで追いつめたんだが、逃がしちゃったよ」
ピューリタンは少しガッカリしたような表情で言う。七将軍とはめったに戦えないし、追い詰めたモノを逃がしたらそりゃ悔しいよね……。
「でも、彼女の率いていた艦隊はほぼ全艦仕留めた。軍艦10隻中9隻墜落。こちらは1隻も失っていない」
「そうなんだ。さすが将軍に任命されるだけあるね、ピューリタン。……ところでさ、“あの件”は何か分かったかな?」
ピューリタンの自慢話はさておき、私は“あの件”の方が気になっていた。
私には1人の尊敬する人間がいた。私を3年間鍛え続けてくれた人。かつては特殊軍副長官の地位にまで昇りつめ、全ての面で強さを発揮していた女性。
2年前、彼女は突如として行方不明となった。……2年前、私は財閥連合という民間企業の施設の捕えられた。そんな私を助けてくれたのはフィルドという女性。あの人の行方を私は知りたかった。2年前、軍人を辞めて、傭兵になったのも、その為だった。
「ご、ごめん……。フィルド閣下の件はまだ分からないんだ」
「……そう、か」
「でも、1つだけウワサを聞いた」
「……ウワサ?」
ウワサってアテになるのだろうか? でも、フィルドさんのことなら聞いておきたい。それに、ピューリタンが言うのだから、きっとそこそこの信憑性があるのかも……。
「“クローン・フィルド軍”ってのを聞いた事があるか?」
クローン・フィルド軍? なんだそれ?
「連合軍の新部隊だ。既に地方警備軍が目撃している」
「ウソ、でしょ?」
私の体をさっきとは違う震えが襲う。連合軍がフィルドさんのクローンを作っているのは実はもう公の事実だ。
実際、連合政府とつながりの深い「財閥連合」はフィルドさんのクローンを実験体にしていた。それは私もフィルドさんも見ている。でも、軍事利用なんて……!
「その昔、お前とフィルド閣下はポート地方に行ったことがあるだろ? ほら、6年前サキュバスを討伐しに行った……」
私は無意識の内に頷いていた。フィルドさんのクローンを量産して、軍事利用なんて……。フィルドさんは連合政府を憎んでいる。そんな組織に自分のクローンを利用されてると知ったら……。
「そのポート地方の警備軍がフィルド閣下と同じ姿をした人間を見ているんだ」
「それは、フィルドさん本人じゃ、ないんですか……?」
「……残念だが、同じ格好に同じ顔、同じ髪型、同じ背丈をした女性が複数並んでいるのを見かけているんだ。そして、その周辺には連合軍のバトル=アルファも確認済みだ」
私の背に冷たいモノが走る。それが本当なら、連合軍はフィルドさんのクローンを量産し、軍事利用している。あの組織、人の心や命をなんだと思っているんだ……!
怒りが沸き起こる。彼らは人の命を何とも思っていない。心を平気で踏みにじる。人の命も機械兵器バトル=アルファのように扱っているのだろうか? だとしたら最低だな。
「……ありがとう」
「ああ……。もし、本当なら恐ろしい連中だな」
私はピューリタンと別れ、元老院会議場へと向かう。心の中では、連合軍への怒りが煮えたぎっていた。
◆財閥連合
世界最大の民間企業。軍事・医療・IT機器などの幅人い分野で活躍する総合企業。
EF2010年12月にクローン製造・首都強襲・生物兵器及び軍用兵器の違法開発によって組織そのものが解体される。解体後は軍事部門のみを残した大規模な軍事会社にまで転落するも、僅かに力を残している。
◆ピューリタン
26歳女性。特殊軍将軍。
連合政府との戦いで多くの勝利を収めている。
◆パトラー=オイジュス
20歳女性。元々は特殊軍准将。
かつてはフィルドと共に多くの任務をこなし、苦楽を共にする事で鍛え上げられたが、彼女は3年前に突如行方不明になった。その為、職を辞し、傭兵となって彼女を探していた。
父親に次期政府代表候補として有力なライト=オイジュス政府代表代行がいる。