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番号違いの恋  作者: 蒼月想
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5話:青いボタンのない日

第五章:青いボタンのない日


目が覚めて、カーテンの隙間から淡い光が差し込む。


今日は日曜日。予定は何もない。


ごく自然な動作で、枕元のスマホを手に取った。画面をスワイプして、まずLINEを開く。


無意識に、あの青い丸を探している。


湊からの通知は、ない。


昨日も、おとといも、湊のメッセージは短かったけど、毎朝そこには小さな青い点があった。


「おはようございます」だけだったり、

「昨日のどら焼き、うまかったです」なんて素っ気ない一言だったり、

犬のスタンプだけのときもあった。


でも、そういうのがあるだけで、私はほんの少し元気になれていた。


なのに、今朝は、それがない。


その事実だけで、今日は少し違う日になる気がした。



窓の外は雨。


細くて頼りない雨が、ベランダの手すりを静かに打っていた。


部屋の中にこもる湿った空気が、余計に気分を沈ませる。


何かしなきゃと思って掃除機を出しかけたけど、結局ソファに座りこんだまま、ぼんやりと時間が過ぎていく。


テレビもつけない。音楽もかけない。

この静けさの中、なぜか私は“あの部屋の生活音”を探していた。


もちろん、隣に住んでいるわけじゃない。

彼の部屋がどこにあるか、正確には知らない。


でも、何度か偶然出くわしたあの路地を通れば、ふいに姿が見えるかもしれない。

そう思わせるくらい、私の生活圏の中には、彼がいる。


……それだけで、充分だったはずなのに。


「今日は、出かけてるのかな」


口に出してみたけど、返事があるわけじゃない。


ただ、その言葉がやけに胸に響いた。


彼にとっての“普通の日曜日”の中に、私は存在していないんだろうな。

そう思うだけで、少しだけ苦しくなる。



午後になって、雨脚は弱まった。


じっとしているのが辛くて、コンビニにでも行こうかと外に出る。


わざと遠回りして、駅前の方まで歩いてみる。


道に咲いた雨粒の音が、何も考えたくない私にはちょうどいい。


そして、ふと、見つけてしまった。


駅前の本屋の前。傘を持った男性。見覚えのある後ろ姿。


湊だった。


彼は誰かと話していた。

小柄な女性。笑い声が雨の音に混じって、やけに楽しそうに聞こえた。


湊も笑っていた。

私と話すときより、もっと砕けた、やわらかい笑顔だった。


私は立ち止まって、傘の中でそっと目を伏せた。


声をかけようと思った。でも、足は動かなかった。


その笑顔を見たとき、自分の居場所じゃないと、瞬間的にわかってしまった。


彼の“日常”に、私はまだ含まれていない。


あの日、夜の帰り道でほんの少しだけ重なった距離は、所詮、仮のものだったのかもしれない。



部屋に戻っても、心の中は雨のままだった。


ソファに腰を下ろして、スマホを開く。


やっぱり、青い通知はない。


トーク画面を開いても、会話は数日前のまま。

誰にも見せないその画面が、まるで“片想いの証拠”みたいに感じられた。


――私は、今、どこに立ってるんだろう。


ほんの少し前までは、近くにいると思っていた。


話せば笑ってくれて、どら焼きのお礼だってくれて、

名前を知らなかったころの不思議なやりとりさえ、全部が特別に思えたのに。


どうして、こんなふうにすれ違っていくんだろう。


“何も起きてない”はずなのに、心だけがどこか遠くへ行ってしまう。



その夜も、湊から通知はなかった。


でも、夢の中には彼がいた。


誰かといるわけじゃなくて、私の隣に、ただ静かに座っていた。


何も言わず、でも、笑っていた。


その笑顔が、目が覚めても、ほんの少しだけ心に残っていた。


現実は、静かで、ひとりだったけど――

それでもその夢の温度だけが、朝の手のひらにやさしく残っていた。

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