未来編・最終話:「晴れのち、ポケットの中」
日曜日。
午前十時。
天気は――曇りのち、雨予報。
「……今日、降るんですかね?」
湊がぽつりとつぶやいた。
私たちは、変わらず東京の、駅前のパン屋のベンチに並んで座っている。
でも今は、お互いの左手薬指に、同じ色の指輪が光っていた。
「最近の予報は、信じすぎると裏切られますからね」
「うちの天気予報担当は……?」
「“七割方降るけど、運次第”って言ってました」
「それ、ほぼ降るじゃないですか」
「まあ、備えておくに越したことはないってことで」
私は自分のトートバッグを軽く持ち上げてみせた。
中にはもちろん、ネイビーの折りたたみ傘。あの頃と同じやつ。
「おお。まだ現役なんですね」
「当然。うちの洗濯物の次に大事ですから」
「傘が二番手なの、なんか悔しい……」
「じゃあ、あなたは一番手の洗濯物を守る、洗濯ピンチ係で」
「人間、物扱い……」
そんなふうに他愛ないやりとりをしていると、空気がふっと湿っぽくなった。
気づけば、ポツ、ポツ、と音がする。
「やっぱり降ってきましたね」
私は傘を取り出しながら、ふと湊の方を見た。
「傘、持ってきてる?」
「……まさかの、忘れました」
「まさかじゃないでしょ。絶対わざとでしょ」
「バレました?」
「雨乞いしてませんでした?」
「だって、相合い傘の距離って、悪くないじゃないですか」
私は少し笑ってから、傘を広げて差し出す。
「じゃあ、入ってください。今日だけ特別です」
「また、“今日だけ”って言って、明日も明後日も入れてくれるんですよね」
「……調子乗ると、明日からジャンプ傘ね」
「それはちょっと距離あるやつ……」
相合い傘の中、ふたりは肩を寄せる。
骨組みのしなる音も、雨粒が当たる小さなリズムも、全部懐かしい。
「……昔、言ってましたよね。
“傘の下って、ちょっと世界が狭くなる感じがする”って」
「言ったかも。
でも、今なら“その狭さも、ふたりで決められる”って言い直します」
「……それ、今日一番うまいこと言った」
「今日“二言目”ですけどね」
笑って、また歩き出す。
雨の街、駅から伸びる商店街。
知らないお店も増えたけど、いつも通る道も、手を繋いで歩けば少しだけ違って見える。
「あの頃、こんなふうになると思ってました?」
湊の問いに、私は少しだけ考える。
「うん……“なんかありそう”くらいは、思ってたかも」
「僕は、“ありたい”と思ってました」
「じゃあ……その想いが、今ここにいるってことですね」
「まあ、雨乞いの努力も報われましたし」
「……やっぱりしてたんだ、雨乞い」
また笑いながら、私たちは並んで歩いた。
相合い傘の下、世界は少しだけ狭くて、
でもそこには、ちゃんとふたり分の空間があった。
どこへでも行けるわけじゃないけれど、
どこまででも一緒に行ける気がした――
少なくとも、傘がある限りは。
でも、それがなくなっても、きっと私たちは大丈夫。
もう、ポケットの中に、ちゃんと“距離の縮め方”がしまわれているから。




