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番号違いの恋  作者: 蒼月想
11/14

番外編・由香里視点: もうちょっとだけ、近くで

「傘の人、最近どう?」


そう聞いたのは、たぶん三回目だった。


千紗は、いつもみたいに苦笑いして、

「え、誰それ?」とかなんとか、しらばっくれて麦茶を飲んだ。


あんたのそういうところ、昔から変わんないよね。

好きなのに、好きって言わない。

気になるくせに、「そうでもない」とか言って。


でも、その話になると、声のトーンが半音だけ上がるの、私は知ってる。



最初にその人の話を聞いたのは、春の終わりだった。


「となりの人がさ、なんか変わってて」


そう言って、ぽつぽつ話し始めたのは、レジ袋を二重にするかどうか悩んでた時だった。

普通の買い物中だったのに、気がつけば私は、彼の名前も知らないのに、やたら詳しくなっていた。


・朝、パンの袋を落とすと絶対拾ってくれる

・夜になると、たまにピアノみたいな音がする

・洗濯物の干し方がていねいすぎて逆に怖い


……って、どんな情報。


でも、話してる千紗の顔が、やわらかかった。

誰かを遠くから見るときの、あの目をしてた。



ある日、「もう引っ越しちゃったかも」って、千紗が言った。


そりゃもう、大事件のようなトーンで。


「そうなんだ」と言ったけど、本当はちょっと泣きそうだったのは、たぶん私の方だった。


あんた、久しぶりに、誰かの話をあんなに嬉しそうにしてたじゃん。

なんで、追いかけなかったの。


だけど、そう思いながらも、何も言えなかった。

たぶん私も、千紗のそのペースが、少しうらやましかったのかもしれない。



数ヶ月ぶりに会った千紗は、なんか、ぽやっとしてた。


前よりよく笑うし、部屋も片付いてたし、トーストを焦がさなくなってた。

それに、なんていうか――横に、誰かの気配があった。


「今日の夜、うちで鍋するから。あ、もうひとり来るけどいい?」


そう言って、ちらっと私を見る。


うん。大丈夫。わかってる。


たぶんその人が、あの「傘の人」なんでしょ。

ようやく名前を知れそうで、私はちょっとだけ緊張していた。



ドアが開く音がして、彼が「こんばんは」と言った。


その声に千紗がふっと笑うのを見て、

ああ、いい人なんだなと思った。


きっとこれからも、千紗は「好き」とか「大事」とか、はっきり言わないまま、少しずつ寄り添っていくんだろう。

そしてそのとなりには、この人がいる。


それでいい。たぶん、それが一番いい。


私は鍋の具材を並べながら、心の中でそっと言った。


「お手柔らかに、頼むよ。ほんとに」

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