第五話
キャットはボロボロのローブを羽織って大きくため息をつく。ローブの裾を掴んで、少し不満げに顔を歪めた。
隣では、人の多さに目を輝かせて、今にでも飛び出しそうなウルフがいた。彼女の着ているローブの裾を引っ張って、落ち着かせるように制御する。
顔を隠すように深くかぶったフードの視界は、見えづらくてたまらない。しかも、このローブはかなりの期間しまい込んでいたせいか、カビの混じった何とも言えない臭いがする。
『多分、指示している人間がいるはず。それを探り当ててくれたら良いから』
「はいはい」
イーグルから確認のように通信が飛んでくる。
課せられた任務は、ほぼ無茶ぶりのようなものだ。彼らの中に入り込んで、バレないようにリーダー格を探し当てる。最適解のためなら仲間すら危険にさらすのは、さすがだと思う。
「ねぇねぇ、屋台ある! もしかして、私の音楽ホルダー六号の候補が売ってたりするかな!?」
一方のウルフは、分かっているのか分かっていないのか。そんなテンションだった。
敵勢力の雰囲気は、完全に地元の匂いというやつだ。長年ここで隠れながらも生活していたのが伺える。
大きな脅威には隠れ潜み、小さな脅威には立ち向かう。そして、外界からの侵入は異物と扱う。そんな村集落の気配だ。
彼らからしてみれば、キャットたちが紛れ込んでしまった脅威。だから、敵対するといったところだろう。
しかしそれは、向こう側の都合でしかない。
イーグルの言葉を借りるなら、「自分たちの思想を他人に押し付けて、自分たちの体裁を守っている」。それもまた、この狂った世界に適応した形なのだろう。
隣のウルフのフードを、深くかぶらせた。彼女は少し暴れて不満げである。
「できるだけうちたちは顔は出さないほうがいいよ」
「なんで〜?」
「多分、ものすごく厳戒態勢だから」
イーグルが子どもや年寄りは避難させていると言っていた。現に、日常を象っているのは若い男女たちだ。今日も生きていくために仕方ないから日常を演じているといったところ。
次回の端々では、銃を持った人間たちが巡回している。どこか火薬の匂いを漂わせている。先ほどまで、武器の整備か何かをしていたのだろう。
ウルフは軽い。テンションだけで飛び出す節がある。だからこそ誰とでも溶け込めるのだが、今はそれが逆効果になりそうだった。
住民の目につかないように、呼吸を自然に落とす。すれ違う時もぶつからないように気を配る。
人の気配の合間を縫うようにして、キャットは進んでいく。まるで猫みたいだと言われていた日のことを思い出していた。
キャットはこういった人たちの生活の温度に合わせることができる。こういう世界だからこそ身についた処世術だ。
──生活を装ってるけど、止まっている車両はエンジンがかかったまま。
色んな角度に視点を合わせて、分析する。
──住民同士のやり取りが激しい。伝わらない部分は、口で説明してるの?
彼らの表情を読み解いて、逆算する。
──皆苛立ってる。仲間を殺した相手が見つからないからそりゃそうね。
冷静に頭の中へ反芻していった。
そして導き出された結果は、イーグルの見立て通りだ。
彼らを支えているのは、場違いの正義感とそれを束ねている存在。どっちかが瓦解すれば、機能不全に陥る。少なくとも、逃げる時間を稼ぐことはできる。
肝心のその束ねている人物はどこかというところだが──
「ねぇねぇキャット」
ついてきていたウルフがローブの裾を掴んだ。振り返ると、彼女が指をさしている。
「あの人、すっごい怖いね」
その無邪気な評価を聞いた瞬間、キャットは彼女が指をさしている方向に顔を向けた。
瓦礫が散在する噴水広場に、二人の人間と口論している男がいた。壮年で、深いしわの刻まれた男性だ。時々耳に手を当てて、通信らしきものをしている。
彼の口の動きに合わせて、待機していた車両の一つが動く。そしてまた、彼の口の動きに合わせるかのように、外から車両が戻ってくる。
「見つけた」
キャットは短く言うと、耳につけていたヘッドセットに指を当てた。
「目標発見。噴水広場で一般人に紛れて話してる男。黒色の髪に少し白髪が混じってる」
彼女の声に反応するように、近くを小型ドローンが飛んだ。スワローが動かし、周囲を観測していたものだ。
それは各所から頭上に集まってくる。まるで情報を整合しているかのようだ。
『三秒後動く。撹乱準備は?』
「できてる」
『こ、こちらも逃走経路を確保済みです』
隣りにいるウルフのテンションが少しずつ高まりつつある。目はキラキラに輝き、まるで待てをされた犬みたいだ。
犬とはいっても、獰猛な狼だけどと小さく息をついた。
心の中で三カウントする。同時に、指揮官の頭が弾け飛んだ。
銃声が数秒遅れて聞こえてくる。
周囲の人間が一瞬動きを止めた。何が起きたか分からないとでもいい感じだ。視界の端では、車両一台が建物に突っ込むという事故を起こしている。
──当たり。
キャットは着ていたローブを捲り上げる。内側に潜ませていたいくつものスモークグレネードのピンを抜いた。
上空に放り投げると、スワローのドローンが別々の場所へと弾き飛ばす。
「銃撃戦の時間だぁ!」
ローブを取ったウルフが、大きな声を上げて短機関銃を構えて撃つ。辺りを漂っていた火薬の匂いと血の匂いが一気に強くなった。
煙が視界を満遍なく覆う。
白いカーテンの奥から聞こえてくるのは、悲鳴と怒号だ。
武器を持っていた人間は、応戦しようと撃っている。しかし、その判断は愚策であった。
ここは味方の拠点内。視界の悪い中で撃つと、お互いで同士討ちしてしまうことになる。
それは普段なら起こり得ない。指揮官という頭がいるからだ。しかし、今はその指示役が死んでしまった。
彼らの中で生まれるのは、混乱。そして焦燥。
戦いで一番してはいけないことは、目標を見失うことだ。
「指揮官沈黙。ウルフを連れて今から戻る」
『了解。迅速に行動して』
阿鼻叫喚の中、キャットはウルフの手を引っ張って踵を返す。




