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第四話

「イーグル!」


 朝、見張りにジープ近くに座っていると、ウルフがテンション高く抱きついてきた。

 水浴びを終えたばかりなのか、髪の毛がまだ湿っている。


 彼女は名前の通り匂いを嗅ぐように鼻を動かす。


「イーグル、くちゃい!」

「……」


 その言葉を聞いた瞬間、イーグルはウルフの頰を無言で捻り上げていた。彼女は涙目になりながら、手をわたわたと動かしていた。


「朝の挨拶がそれは、さすがに怒る」

「ご、ごめんなひゃい!」


 涙目になるウルフ。彼女は真っ赤になった頬を抑えながら、「うー」と小さく唸っていた。


「朝から緊張感ないわね」


 タオルで頭を拭きながら、現れたキャットがあくびをしている。


「キャットこそよく眠れた?」

「おかげさまで二時間くらい。それで、何か変わったことは?」

「ない」


 不気味なほどに。

 変わらず、こちらを探している気配は感じる。しかし──その探している状態が、異常性を指し示していた。

 執念深いからではない。ここら辺りは“彼らよりも強力な略奪者たち”が通ったはずなのに、だ。


 ため息をつきながら、頬杖をつく。


「ねぇキャット。私たちの集落を襲ったブラッキーは、北上したよね?」

「そのはず。どうして?」

「それにしては、昨日の奴らが暴れすぎてない?」


 イーグルの問いに、キャットの言葉は詰まる。


 言葉が出ない気持ちも、分からなくはない。大半は考えたところで仕方ないというところが占めているのだ。

 イーグルたち四人は、その脅威の合間を抜けるように過ごしているのだから。



※※※※※※※※※※



 キャットに見張りを交代してもらい、イーグルも軽い水浴びを終えた。

 終末世界といえども、清潔感が気になってしまうのはどうしてだろうか。とはいえ、ペットボトルに穴を空けたような簡易シャワーだし、石鹸なんて言う嗜好品はない。

 ただ、こういうのは気持ちの問題だと思う。


 現在彼女は、少し風に当たっている。高い場所に立って周囲の情報を集めているところだ。

 持っている双眼鏡を彼女は覗いた。


『い、一応まだこちらの捜索は続いてるらしいです』


 周囲を飛ぶ小型のドローンが、抗議するように小さく音を鳴らしている。


 スワローの警戒するような声を聞きながら、双眼鏡を覗いた。確かに、銃を持った人間たちが辺りを警戒している。しかし、それだけではない。

 彼らの他に、子どもやら老人やらの非戦闘員も明らかに混ざっている。大勢の人間が荷物を持ってトラックに乗って移動していたのだ。


──これって。


 この世界には複数の存在の仕方がある。

 大勢の人間たちで形成されるコミュニティ型の集落。

 イーグルたちのように、少人数で物資をかき集めてその場暮らしをする、廃品回収者(スカベンジャー)

 他の人たちから奪って生業を立てている略奪者。

 そして、大勢の人間たちの生活を支えるために、他人を襲うことに決めた偽善者型の略奪者。


 最も厄介なのは、この偽善者型。大義があれば他人の領地を侵しても良いと考える者たちだ。

 そういう者たちは、怨嗟が怨嗟を重ねる。そして、自分たちより巨大な相手には決して手を出さない。


「……ブラッキーたちが手を出さなかったわけだ」


 双眼鏡を目から外しながら、大きなため息をついた。


 大規模な略奪者がここを通ったときは、身を潜めてやり過ごしたのだろう。賢いというより小賢しい生存戦略である。そしてそれはまた一つの解答でもあった。


 とどのつまり、彼らはここの地元の人たちが寄り集まって暴徒化した集まりだということだ。


 狙われるリスクから遠ざける方法は二つ。


 一つは、追ってこれない位置まで逃げる、しかし、これは現実的ではない。

 逃げ切れる前に殺られるリスクが大きいからだ。


 もう一つは、リーダー格を殺すこと。

 集落は指示系統によって動いている。巨大なコミュニティの避難や戦闘や生活を支えるのは、迅速に命令できる人物がいてからこそだ。

 その指示の頭がいなくなれば、一気に瓦解する。組織というのは大きくなればなるほどその傾向が強くなってくる。


 双眼鏡から目を離し、腰に添えたポーチにしまう。


『何かわかりましたですか?』

「方向性はね」


 あとはどうやってそのリーダー格を見分けるか。


 頭に過ぎるのは、やはり彼らと本格的な戦闘に入ること。


 軍隊なら細かく指揮系統が分かれていることはあるが、こういった民兵紛いの人間たちは一人に束ねられていることが多い。

 つまり、戦いに出れば最前線近くに陣取ることが多い。


 そして何より、その人間が彼らの中で信頼されていたことは、あの人質の男の言動で明らかだった。

 あいつは必ずイーグルたちを自分のことはお構い無しに襲いに来ることを知っていた。裏を返せば、指示を出す人間はそう言った判断ができる。


『イーグル、うちらの方針はまとまったか?』


 キャットの通信を聞きながら、立ち上がる。砂塵混じりの風が、彼女の髪を揺らす。


「うん、大方」

『だったら早く降りてきて。ウルフがご飯待ち切れないって騒ぎ始めてる』

「分かった」


 きっと仲間たちはこれから大きな戦闘に入ると分かっている。それでも、態度が崩れないあたり、強いなと苦笑する。

 あるいは、そうするしかないからなのか。


 それにしてもと、小さく息をついた。

 

 自分たちの正義を他人に押し付ける、相手の生存戦略。イーグルにとってそれは、もっとも理解できないものだ。



※※※※※※※※※※



「ほれで、ほんははふへふほほ?」


 ウルフが缶詰食を頬張りながら、喋る。まったく何を言っているのか意味はまったくわからない。


「……落ち着け」


 彼女の汚れた口元を拭きながら、キャットは小さく言っていた。

 ウルフは気持ちよさそうに少し唸ってから、大きく喉を鳴らす。水で喉を潤してから、改めてこちらに向き直った。


「それで、どんな作戦なの?」


 目をキラキラと輝かせてる姿は、遠足中の子どもみたいだ。自分の命がかかっていると分かっているのだろうか?


「多分、相手に顔がバレてるのって私だけ。正面切っての戦闘では敵を壊滅させたし、車上戦では私が主に顔を出してたから」


 キャットが顔を出したのは、スモークグレネードを投げたときだけだ。あの一瞬でそこまで把握はできないだろう。

 ウルフは運転。スワローはドローン操作に専念していた。

 つまり彼らに自分たちの正体が発覚するのは、主にジープが見つかったときのみだ。


「……それで?」


 続きを促してくるキャットの一言を飲み込むように、イーグルは頷いた。


「ウルフとキャットが潜入してリーダー格を見つける。この作戦で行く」


 ウルフはテンションが上がり、キャットは肩をすくめていた。スワローはいつものように、ドローンをいじっている。

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