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第三話

 後ろを走る集団の目的は、完全に復讐だ。自分たちから仕掛けておきながら、仲間の仇を打つという薄い大義だけで突っ込んでくる。

 だから、イーグルは何も感じず引き金を引く。


 耳を塞ぐ風の音を、狙撃銃の破裂音が突き抜けた。銃口からは、白煙が漏れ出している。


 先頭車両の運転席──照準の中心にいた男がハンドルに沈んだ。タイヤと地面の擦る音が響く。

 横転し、数回地面を跳ねた。後続車両の一台を巻き込んで爆発する。


「スワロー、ドローン何機まで使い捨てにできる?」


 イーグルは身を立て直し、ヘッドセットに指を添えた。

 砂混じりの強風が、自身の赤茶色の髪を荒々しくかき上げる。


『よ、四機が限界です! それ以上は支援に支障が出ますです!』

「了解。私が受け止めきれなかった攻撃だけ代わりに受けてくれないかな?」

『わ、わかりましたです!』


 小型ドローンが数機、ジープの周りを飛ぶ。すべて縦や横といった別々の動作をしている。これらを一人の脳波で動かしているのだから、スワローは恐ろしい。

 彼女の判断基準が、天才と称された亡き父に寄っているため自信はない。しかし、素人目でもわかるほどに卓越している。


 柔らかく深呼吸をする。照りつける太陽の熱さも、砂煙が運んでくる熱さも、イーグルはすべてを吐き出した。

 護られている。それだけで、彼女の弾道はブレない。


 轟音がなる。敵のロケットが発射された音だ。

 白煙の尾が、白いヘビのように唸った。


『うっひゃー!』


 ウルフの楽しそうな悲鳴が耳の内側を反射する。


 イーグルは呼吸を深くすると、五感をすべて切り離した。

 見えてくるのは構造。

 どれだけ距離が離れているか。

 どのくらいで着弾するか。

 廃墟群はどんな風に入り組んでいるか。


 すべてを、数瞬で掴む。


 ドローン一機がミサイルを受けて、黒い煙とともに赤い炎が巻き上がる。

 同時に、イーグルは引き金を引いていた。


 いくつもの音が重なり、耳の中は渋滞している。それでも、自分の狙撃銃の音だけは鮮明に聞こえてくる。

 空気の振動や、爆発気温などの熱気。肌にまとわりつく砂塵の細かな痛さすべてを置き去りにした。


「……命中」


 バイク一台が宙を舞う。

 車両群が巻き起こす砂煙の中へと消えてく。


「思ったより多いね」


 まだまだ減らない物量にため息が漏れる。相手をしている方が消耗してきそうである。

 

『イーグル! 一旦、スモークを焚くけど、位置調整できる!?』


 キャットが、助手席の窓から身を乗り出していた。片手には、彼女が言った通りスモークグレネードが握られている。

 

「ん、やるしかないね」


 返答する中で、また一つドローンがミサイルに撃ち落とされた。鼻先を掠る熱気に、顔を少し顰める。


『あ、あと、二機です!』


 スワローの告げる声が、余裕のなさを物語っている。

 残ったドローンがそれぞれ動き、敵の照準を牽制していた。


『ウルフ、ニトロエンジンの準備はいい!?』

『にっひひ! ほいきた!』


 通信先でキャットがカウントする。彼女の声に合わせて、狙撃銃をゆっくり構えた。

 砂塵の中でもしっかりと目を開く。痛みなど、我慢すれば関係ない。今はまばたき一つさえ、許されない状況なのだ。


 宙を浮かび後方にスモークグレネードは吸い込まれていく。イーグルは寸分狂わず撃ち抜いた。

 乾いた金属音が空を裂き、さらに上空に打ち上がる。

 

 爆破して撒かれた煙は、ぼふっと白煙が飲み込む。まばたきするよりも早く、視界は白に塗りつぶされた。


『ゴーゴーゴー!』


 ウルフの楽しそうな掛け声が聞こえる。イーグルは振り落とされないように、車内に戻った。


 横を見ると、頭を撃ち抜かれた男の死体が座っている。イーグルはそれから目をそらして、窓の外の景色を見た。


 重力に引っ張られるような感覚を受けた。後方に流れる景色に、脳の処理が追いついていない。


 瓦礫の建物を曲がると、タイヤから嫌な悲鳴が聞こえた。ウルフは迷わずハンドルを切り続けている。

 障害物に当たらない彼女のドライビングテクニックは中々のものだ。時速一〇〇は優に超えているというのに、一切の事故を起こさない。


「こんなとき、ロックが欲しいなぁ」


 それどころかぺろりと舌を出して、助手席のキャットを見やるほどだった。

 ため息をついて、ウルフから取り上げた「音楽ホルダー五号」を取り出す。


「今だけだから」


 キャットがスイッチを入れると、激しい曲調がかかり始める。


 ノリノリの運転手は、そのまま廃墟の街を突っ切った。



※※※※※※※※※※



 廃墟の街の端々から、車のエンジン音が聞こえてくる。

 まだ彼らはこちらのことを探しているのだろう。


 四人は建物の中に隠れていた。できるだけ見つからないように、音を抑えめにしながら。


 イーグルは男の遺体を降ろして拾ってきたビニールをかけた。小さく手を合わせて呼吸を整える。

 目につく仏には、きっちり一定の経緯は払う。


「あっちゃー。完全にオーバーヒートしてる」


 聞こえてきたのは、ボンネットを開けてエンジン部を見ているウルフの声。

 彼女の言う通り、ジープからは煙が上がっていた。


 無理に駆動させたせいで、イカれてしまったのだろう。車に合わない改造だったからか、仕方のないところだ。

 白い肌に黒い汚れを付けて、珍しくウルフは困り顔をする。


「スワロー、これ直せる?」

「んー明日の朝までにはなんとかなるです」


 スワローは、四人のシンボルとなってる自身が着ている服装──カーキ色の改造ブレザーから工具を取り出す。ウルフの横に並んで、のぞき込んでいた。


「陽はもうすぐ落ちる。あいつらも捜索範囲を狭めるでしょうね」


 外の見張りから帰ってきたキャットが、イーグルの隣に並ぶ。


「にしても、殺すように言っておいて、ちゃんと供養はするんだねあんた」

「まぁ、人の生を奪った責任はあるからね」

「そんなもの、あんたには関係ないと思ってたよ」


 彼女の言葉にそっと笑う。


「関係ないからこそだよ。お別れを告げて、後腐れなくすためにね」

「本当に、あんたの倫理観はわからないわ」


 キャットは肩をすくめていた。ため息をつきながら、ジープの前でなんやかんや言っている二人の元へ向かう。


 イーグルは一通り祈り終えると、立ち上がる。手が少しだけ冷えた気がした。

 背中を大きく伸ばして、緊張をほぐすように肩を回す。


 まだ張り詰めた空気は残っている。しかし、張り詰めたままでは自分がやられる。


『狂ってる』


 男の言葉が頭に反射する。


 そう、イーグルは狂っている。しかし、先に狂ったのは世界の方だ。


 自分たちは狂わざるを得なかったのだ。

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