第一話
薄暗いショッピングモール。ここはもう何十年も使われておらず、瓦礫と埃が散在していた。
イーグルと名乗っている少女は、手の中にあるセミオートの狙撃銃の重みを確かめる。
大丈夫、ちゃんと動く。何があっても問題ない。そう心に言い聞かせて、歩む。
静寂の中に、自分一人の足音が響く。
「シュババババー!」
そんな彼女の前に、ひょこっと黒髪ボブカットの少女が顔を出した。瓦礫から出た唐突の珍客に、イーグルは思わず大声を上げる。
少女──ウルフは、青い目を細めて嬉しそうに笑う。
「にっひひひ! イーグル油断してたでしょ?」
「油断してたとかそういうレベルじゃないよ! ここで驚かすなんて、ウルフ死にたいの!」
怒鳴るイーグルの目は、涙が溜まっていた。
「……あんたたち、何バカやってんの?」
金髪のくせっ毛ボブカットの少女が、呆れたため息とともに近くの小売店から出てくる。背はウルフやイーグルよりも随分高い。
「やっほー! キャット!」
「やっほーじゃない」
キャットと呼ばれた彼女は、近づいた瞬間にウルフの尻にキックをしていた。
ウルフの口から本気のうめき声が漏れる。そのまま彼女は膝をついた。
「キャット何か見つかった?」
そんなウルフの様子を、イーグルは無視する。
「だめ、何もない。代わりに、これが落ちてたけど」
そう言って彼女が放り投げたのは、黒いヘルメット。それを見た瞬間、イーグルの目つきが険しくなった。
「この装備……」
「そう。うちらの集落を襲った連中のやつ」
「ここには居ないってことは、さらに北上したってことかな?」
イーグルの見立てに、多分ねとキャットが小さく答える。
二人のやり取りの隅で、ウルフが尻を抑えながらよろよろと立ち上がる。
ヘルメットを手に取った彼女は、小さく悩むようにうめきながら様々な角度で観察する。
「でもさ、でもさ。北ってあたしたちより強い集落あったよね?」
ウルフの問いに、イーグルは顎に指を当てた。
「でも、こいつらは数で攻めてくるしどうだろう? もしかたら、やられてしまうかも」
「んなもん、うちらには関係ないよ」
キャットの応えは残酷だ。しかし、真理でもある。
自分たちが生きていくだけで精一杯なのだから、他人の心配なんてしている暇はない。
「ただ……」
しかし、彼女は伏し目がちで続けた。
「あいつらを放っておけないのは確か」
その言葉にイーグルは頷く。ウルフは満面の笑みを浮かべていた。
そんなとき、耳に微かに機械の駆動音が聞こえた。小型ドローンが、イーグルの周りを回っている。
右手をさせだすと、そこに止まった。
「スワローどうしたの?」
『あ、あの五名、人が入ってきましたです』
ドローン越しに聞こえた少し舌足らずな声。その声にイーグルは背筋が伸びる。
キャットの方を見ると、こくりと無言の肯定が返ってくる。
「スワローは監視を続けて。イーグルはうちらの援護ができる位置に。ウルフは──」
全員が視線を見やる。ウルフがいた場所には、すでにいなくなっていた。
「ひゃっほーー! 敵襲だーー!」
大声を上げながら遠くに走っていくウルフの後ろ姿を見て、イーグルは額に手を当てた。
「あのバカ! まだ敵かどうかもわかってないのに!」
キャットの怒りの声が、モール中に響き渡る。
※※※※※※※※※※
結果だけ言うと、ここら辺りを縄張りにしている略奪者の集団であった。自分たちの村を壊滅させた黒い服の奴らとはまた別。
簡潔に言うと、野良で人のものや残された資源を奪って生計を立ててる者たち。
『くっそ、“ブラッキー”の奴ら。こういう輩は残していきやがって』
通信先のキャットの声が、銃撃に混じって漏れる。
『ウルフ! もっと頭を下げて!』
『へへーん当たらないよ!』
『ウルフ、おいこら! あまりふざけてるとあんたを投げ飛ばすよ!』
二人の漫才を聞いている辺り、余裕がありそうだ。
イーグルは吹き抜け二階の渡り階段に身を潜めながら、狙撃銃の可変式照準器をのぞき込む。
彼女の周りを小型ドローン一機が自由自在に飛んでいた。
『観測手やりますですか?』
「大丈夫、地形はすべて俯瞰済みだから。スワローは安全な場所に逃げてからドローンで仲間と連携しに行って」
小型ドローンが数回揺れたあと、イーグルの側を離れていった。
ウルフは突っ込み気味で短機関銃を撃っている。敵一人を間近で撃ち殺しながら、笑顔で標的を変えていた。
照準器越しに見える敵から、「ひぃ」と聞こえた気がした。
『あ、あと四名です』
『ウルフあのバカ、突っ込みすぎだ!』
通信が錯綜する。
イーグルは呼吸を深くして、鼓動を落ち着かせた。
見えるのは全体の俯瞰視点。どこからウルフを狙って撃とうとしているのかをすべて確認した。
『キャット、ウルフから見て二時方向』
『了解!』
イーグルの指示に、キャットはすぐに反応する。彼女は短機関銃を撃ち込み、ウルフを狙っていた敵影一人を沈めた。
──そして、私は。
照準をゆっくりとウルフから向かって十時方向の二階部分に向ける。少し高い場所から、撃とうとしている。
させないと、引き金を引く。発砲音が鳴り、弾丸が空間を突き抜けていく。
自然に排出された空薬莢が、床に落ちて金属音を奏でた。
相手が顔を出した瞬間、額に命中する。血が噴き出し、倒れる。
──命中。
心の中で静かに唱えて、跳ね上がった鼓動を落ち着かせた。
『にっひひ! 二人目ー!』
こちらの援護は素知らぬ振りで、ウルフは楽しそうだ。
ため息をつきつつ、いつものことかと諦める。
『観測した限り、残り一人ですよ』
『ウルフ! 最後の一人は殺すな!』
キャットの指示で、ウルフの動きがピタリと止まる。戦闘中だというのに、振り返った。
『なんで〜?』
『バカ! 今、こっちを見るな!』
キャットの怒号が飛ぶと同時に、最後の一人が顔を出した。ずっと、瓦礫の奥に潜んでいたのだろう。
照準器越しに見た彼の顔は、仲間がやられた憎しみに歪んでいた。それを見た瞬間、イーグルは息をつく。
だったら最初から争わなければいいのに。
確かに最初に突っ込んだのはウルフだ。しかし、しっかりキャットが彼女の動きを牽制した。撃ってきたのは向こう側だ。
種火は向こうから落としたのだ。だったら同情の余地はない。
ウルフに向けられる敵の銃口。撃たれるよりも先に、イーグルが撃っていた。
わざと急所を外す形で。
空間を裂いて発射された銃弾は、彼の右肩を抉る。血を周囲に撒き散らしながら、力なく倒れた。
『敵影沈黙です〜』
モールを飛び回るドローンから、スワローの声が漏れる。
心を落ち着かせて、照準器から目を離した。




