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現実世界

作者: P4rn0s
掲載日:2025/10/17

朝が来るたびに、今日も生きてしまったなと思う。

目覚ましの音が鳴る前に目が覚める。

もう何年も、まともに眠れていない。

カーテンの隙間から薄い光が差し込んで、天井に斑点みたいな影を落としている。

それを眺めながら、起きる理由を探す。

何もない。

でも、起きなければならない。


部屋は汚れている。

ペットボトルが転がっていて、コンビニ弁当の空箱が積み重なっている。

昨日の夜、食べ残した惣菜が腐りかけている。

それを見ても、もう何も感じない。

汚いとか、恥ずかしいとか、そういう感情が消えて久しい。

生きることに意味を感じなくなった時、人は驚くほど無頓着になる。


出勤時間が近づく。

会社に行きたくない。

でも、行かないと生活が詰む。

電車に揺られていると、目の前の吊り広告に「新しい自分へ」「変わるチャンス」なんて言葉が並んでいる。

吐き気がする。

自分が変われるなんて、そんな幻想、誰が信じるんだ。


会社に着いても、誰も僕に興味がない。

上司は僕の名前を間違える。

同僚は形式的に「お疲れ様です」と言うだけで、目を合わせない。

仕事はミスばかりだ。

確認不足だと言われても、確認する気力がもうない。

昼休みになっても、食堂に行く気がしない。

トイレの個室に閉じこもって、スマホの画面をぼんやり眺めて時間を潰す。

タイムラインには、誰かの幸せそうな投稿が並んでいる。

恋人と旅行。

昇進祝い。

結婚報告。

全部遠い国の出来事みたいだ。


午後の仕事中、ふとした拍子に涙が出そうになる。

理由はわからない。

悲しいことがあったわけでもない。

ただ、体のどこかが勝手に壊れていく感覚だけがある。

それでも何も言えない。

誰かに「大丈夫?」と聞かれることもない。

僕がいなくても、世界は普通に回る。


夜、会社を出ると雨が降っていた。

傘を持っていない。

駅までの道を、ゆっくり歩く。

スーツが濡れて重くなる。

それでも構わない。

濡れているのが自分だけで、なんだか安心する。

他の人たちはきちんと傘を差して、誰かと話しながら歩いている。

僕だけがこの街で取り残されている。


帰りの電車は満員だった。

押しつぶされるような圧力の中で、ふと窓に映る自分の顔を見る。

誰だこいつはと思う。

昔はもっと、ちゃんとした目をしていたはずだ。

でも今は、濁った水の底で息をしている魚みたいな目をしている。

誰も気づかない。

誰も見ない。

このまま消えても、誰も困らない。


家に帰っても、電気をつけない。

暗闇の中で服を脱ぎ、床に転がる。

音も光もない部屋は、墓みたいに静かだ。

テレビをつけても笑えない。

YouTubeを開いても興味が湧かない。

画面の中の人たちは、ちゃんと呼吸をしている。

僕はそれができない。

深呼吸をしても、肺の奥まで空気が届かない。

ずっと浅い息を繰り返して、息苦しさだけが積もっていく。


ふと思い出す。

昔、誰かに「君って真面目だよね」と言われたことがある。

それを褒め言葉だと思っていた。

でも今では呪いみたいに感じる。

真面目に働いて、真面目に我慢して、真面目に生きて、それで残ったのがこれだ。

何も手に入らなかった。

何も報われなかった。

努力なんて、幻想だ。

やればできるなんて、嘘だ。

やっても何も変わらない。


冷蔵庫の中には、コンビニのサラダと安い発泡酒がある。

それを無言で口に入れる。

味はしない。

酒を飲んでも酔えない。

ただ喉の奥が少しだけ熱くなる。

テレビのニュースが、「若者の自殺率が上昇しています」と言っている。

僕はチャンネルを変えない。

ただ黙って聞いている。

まるで、他人の話みたいに。


夜が更ける。

外では雨がまだ降っている。

屋根を叩く音が一定のリズムで響く。

眠れない。

布団に入っても、目を閉じると頭の中がうるさい。

過去の失敗、誰かの言葉、どうでもいい後悔がループする。

明日も同じように始まって、同じように終わる。

そのことが、何より怖い。

終わらない日常という地獄に閉じ込められているようだ。


朝が来る。

光がまたカーテンを透けて入る。

昨日と同じ。

何も変わらない。

変わる理由もない。

僕はもう、自分がどこに向かっているのかもわからない。

生きているのか、生かされているのか、その違いさえ曖昧だ。


出勤の支度をしながら、鏡を見る。

無表情の自分が映る。

「今日も頑張ろう」なんて言葉は、もう出てこない。

ただ、また一日をやり過ごすだけ。

それが、生きるということなのだろう。


そして僕は、今日も何事もなく、少しずつ沈んでいく。

誰にも知られないまま、ゆっくりと。

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