第3章_第2節
「お前は受験に来たのか」
陰影で覆われた顔のところから、厳粛な声が伝わってきた。場所を間違って見つけたわけではないことに気付き、リタは緊張の中にもほっとして、連続して何度も頷いた。
「信憑物を出せ」
男のすぐ前まで歩き、リタは両手でそれぞれ、あの四つ葉のアクセサリーとケースを持ち出した。男は品物を見て、それからリタの顔を見たのちに深く一礼して、リタに道を譲った。
失礼しました、スカーレット様が中でお待ちです。どうぞお入りください」
男の態度の変わりようにリタはぞっとさせられたが、それでも男に従って入っていくことにした。
ドアに入った後一つ曲がると、そこは狭い廊下であった。一定距離おきにすべて松明で照らされており、まるで古い墓の中を歩いているような感覚がした。
廊下の突き当りはいささか広い部屋だった。開けるとドアが一つ見え、引き続き奥深いところへ通じる道もある。誰も案内のいないこの状況下で、リタは一体どちらに行くべきかなんか、皆目見当がつかなかった。
こ……ここか……
少し躊躇ってしまったが、リタは躊躇うだけ時間の無駄だとわかっていた。思い切ってまずドアを開けて見てみよう。部屋を間違っても、ごめんなさいと謝ればいい。
手をドアノブに置こうとしたそのとき、ドアは突然中から開かれた。さきほどはちょうどよいタイミングで避けられたのに、今度は開いたドアが直接リタの身体にぶつかってしまう。痛さに腕を押さえて、数歩後ずさりしてしまった。
「あれ? こいつはなぜこんなところにいるんだ」
中から現れたのは、まさに朝リタをいじめていた三人のチンピラだった。この数人の顔を見て、リタはいささか恐怖を覚えた。
彼らから物品のリストを盗んだというなら、彼らも収集試練を通過しているということであり、もちろんここにいるはずだとリタはわかっていたはずである。しかしこんなところで偶然出くわすなんで、思ってもいなかった。
朝にはこっぴどく殴られ、おまけに天雲には彼らが悪人だと言われていたし、リタは一瞬途方に暮れてしまう。
「僕……僕も物を手に入れられたから……ここに来たんだ……」
「くそガキが何の物を手に入れたんだ。出して、俺に見せてみろ」
はじめのチンピラは腕を露出させた袖なしの服を着て、人に彼の強い筋肉を見せつけている。いつものように矢面に立ち、前に歩いてきて手を伸ばして、リタへ物を要求した。
「だ……だめだ、これはお前たちには渡せない!」
リタはあの四つ葉のアクセサリーを両手でしっかりと守り、拒否の意志を表現した。天雲が大きなリスクを冒してこれを取ってきてくれたんだ。あいつらの手に渡ったら、恐らくもう取り戻せなくなる。
「くそガキが、まだ俺様への口の利き方が分かっていないようだな!」
男は力を入れてリタを押す。リタの体はそれに耐えられずよろけて背後の壁にぶつかり、三人の男はすでにリタを取り囲んでいる。高い影はリタのシルエットを覆った。
「俺様がお前を助けていなかったら、お前はとっくにどこかで飢え死にしていただろ。俺様がまだ怒らないうちに、おとなしく物を俺の手に渡せ。」
こんな場所に来てもまた彼らにいじめられるなんて思ってもいなかった。リタは男の話に応えず、やはり両手でアクセサリーをしっかりと守り続けている。目を閉じて、次に予測される衝撃に耐えようとしていた。巨大な恐怖はリタの体を微かに震えさせた。
聖神様、どうか助けてください……
しかしリタに訪れたのは、想像していた殴る蹴るの暴力ではなく、女性の声だった。
「お前ら、ここで何をしているんだ」
リタは涙ながらに、自分の祈りが本当に効いたのだと思った。自分がまたこんな境地に陥ってしまった時に、また誰かが手を差し伸べて助けてくれるなんて。苛立ちを顔に浮かべたチンピラが振り返り、そこのいた人の姿を見ると、驚きに飛び跳ねた。
彼らの背後に立っていたのは、二十代の女性のようだった。この薄暗い屋内にいても、彼女のピンク色の長い髪と薄緑色の目は非常にはっきりと見受けられた。身体によく似合ったワンピースを着て、彼女の女性的魅力を示している。
この姿を見てしまっては、大胆不敵なチンピラであっても、軽挙妄動なことはできなくなる。微笑すら浮かべた彼女の表情に直面して、チンピラの心中には、並みならぬ恐怖が満ちる。
「君たちは今日の新入りでしょうね」
三人の顔を一瞥し、彼女は顎を撫でながら、尋ねた。
「はい……」
「じゃあ、君たちにも分かるでしょう。組織に参加すれば、どんな人であっても、すべて中のメンバーなの。互いに肩を持って戦う戦友と身内なのに、君たちはそうやって身内に接するのか?」
最初は普通の説教のようでありながらも、語気は徐々に重くなり、最後の一つを言い終えたとき、彼女は微かに目を細め、チンピラのボスを見つめた。まるで毒蛇のような碧眼に見つめられてチンピラは表情を硬くさせ、その顔面には冷や汗が滴った。
「だからね、彼に謝れ」
「本当に申し訳ございません……ごめんなさい……」
機械的に身を振り向かせ、腕を露出したチンピラは硬い表情を保ちながら語気を乱れさせながらもリタへ謝る。伴のの二人を連れて、命からがら屋内に走って行った。
「もう大丈夫よ」
彼女は身を下ろしてリタの頭を撫で、優しい笑顔を浮かべた。
「お姉さん…ほんとうにすごい、一度に彼らを追い出してしまうなんて」
まだどういうことかも分からず、彼は自分を助けてくれた女性に目を瞬かせるが、両手ではやはりあのアクセサリーをしっかりと守ったままである。
「たいしたことないわよ、ほんの気持ちだけ。君はここに来て、組織に入りたいのね?」
「うん、そうです」
「それでは、君も相応の信憑物を手に入れたのでしょうね。お姉さんに見せてもらってもいいですか?」
少し躊躇しながらもリタは物をしっかりと握り、それから胸に置いた両手を開き、あの四つ葉のアクセサリーを見せた。もし彼女が悪人であれば、到底さっきは自分を助けてくれなかっただろうし。これはリタの考え方だった。
「あら、幸運の四つ葉草だわ」
リタの手中にあるアクセサリーを見た瞬間、女性の表情には訝しさの光がきらめくが、彼女は手を差し伸べてそれをリタの胸の上に取り付ける。
「これは手の中に握りしめてるものじゃないよ。ほら、これはとても似合うじゃない」
まだ幼いリタにとって、この女性はあまりにも美しすぎるように感じられた。さきほど助けられたことによって、彼女の魅力がさらに大きく感じられる。二人の顔がこんなに近いという状況下で、更にリタは、自分の顔がやや熱くなるのを感じた。思わず女性から視線をそらす。
「さあ、早く部屋へ入ろう」
「う……うん!」
女性は背後からそっとリタを押す。優し気な表情のまま、リタがそばの部屋に入っていくのを見送った。
ここまでの狭くて暗い、薄気味悪い状況と違い、部屋の中は思いのほか広くてきちんとしていた。壁上には装飾品と数枚の絵が掛けられている。照明用の灯具上には凝った花模様もあり、この部屋の主は気質が貴く、また、拘りのある人だと見出せる。リタを除く部屋の中にいる人々は皆、鶏鳴狗盗の徒であっても、ちっともその中の雰囲気を変えずにいた。
リタがその部屋に入ると、中はいささか騒々しい状況となっていた。自分以外の七、八人はとっくにここに到着していたようで、長い待ち時間に彼らはくたびれていたようである。取り繕うことを忘れ、この時には三々五々に一緒に集まって、駄弁りながら時間をつぶしていた。
このチンピラたちに対して、リタはやはり、心中でいささかの恐怖を感じてしまう。彼は部屋の片隅に背を凭れていれば、さきほどまで自分をいじめていたチンピラ三人が遠くないところにいるのを見つけた。彼らは一緒に集まって何かを話しているが、その内容はこちらまで聞こえてこない。幸いに彼らの視線はリタの方に向けられていない。このことはリタの心中をいささか安心させた。
そこから数分間待ったのち、ドアがもう一度押し開かれる。今度入ってきたのは、まさに、さきほどリタを助けてくれたあのお姉さんだった。リタは驚きに目を見開く。彼女の衣装は先ほどと変わらなかったが、全身からは言葉で表し難い魔力が発散されている。ただ横顔であっても、視線を逸らすことができない。
彼女の表情は落ち着き払った表情を浮かべており、七、八本の視線が同時に彼女に注がれていても、一切動じない。それどころか彼女は、周囲の輩たちを一瞥もしない。人群れの傍を通りすぎ、彼女はテーブルの後にある、あの大きな赤い椅子に腰を下ろした。足を組んで、それからようやく、室内の人々を一遍見回した。
「これで、全員だね」
視線をリタにしばらく留めた後、彼女は微かに笑顔を見せ、手を伸ばして指を一回鳴らした。
この音に合わせて、全員の手中にある収集品は瞬時に光をきらめかせる。この隙にリタは、他人の手元にある品々は自分が服に着けたアクセサリーとよく似ていることに気付いた。どれも透き通った黒い石で彫刻の施されたアクセサリーだが、自分の手中にあるアクセサリーほど美しくない。
その場にいた全員が、この瞬間のきらめきに頭を下げて眺めているとき、リタは自分が身に付けているアクセサリーは他人のもののように変化していないことに気付き、驚いた。
「わたしはスカーレット。つまり、この組織のリーダーなの。さっき私は君たちの集めた信憑物を活性化させました。是非その品を大切にしてください。それは今後、君たちにとっての組織の通行証になるの。次に君たちは所属のチームへ分けられます。残りは君たちの隊長に手配を任せましょう」
足を組みながら、彼女は手慣れた様子でこれらのチンピラに向かって話した。先ほどドアの外でリタを手助けしたときに放っていた魅力とは異なるような強い勢いを、今の彼女はまとっている。その目つきや振る舞い、語気に至るまでが、特殊な相貌ともあいまって、人にぞっとするような感覚を与えた。
「よし、今日はこれまで。もう外して、ただし君だけは残って」
彼女は手を伸ばし、背の高いチンピラたちの陰に隠れたリタを指さした。彼女は更にリラックスして姿勢を崩し、シートの柔らかな背もたれに寄りかかりながら、リタ以外の人々に皆出ていくように合図をした。
一日中暇を持て余しているようなチンビラからすれば、綺麗な女性を見たならそれをからかってやりたくなるのが常だが、この組織全体を管理している女性は、言語での教育や脅しを必要とせずとも、その身から発せられるオーラのみで人を敬服させているかのようである。
リタは今、ひどく怯えていた。元々アクセサリーに不慣れなために着用していることに違和感を覚えていることもあるし、今一人でここに残されているのは、不正が見つかってしまったためではないかという不安もあった。他人に取りに行かせたことが明らかになれば、組織に入るチャンスを失ってしまうだろう。
初めて会ったボスの命令ではあったが、チンピラたちは意外にも素直に従った。無駄話や不平を言うでもなく一人一人部屋から出ていき、そして最後に、ドアが閉められた。
部屋の中にはリタとスカーレットの二人しか残っていない。スカーレットは立ち上がり、リタへ向かって歩み寄る。一歩一歩と迫り来る彼女の姿に、リタの心臓はどきどきして、今にも体の外へ飛び出してしまいそうだった。
ど……どうしよう、正直に白状するか……それとももう間に合わなくて拒否されてしまうのか……天雲兄さんの手助けを無駄にしないにはどうしよう……
まるで脅威に直面したかのように、リタは思わず迫ってくる女性から後ずさりで逃げてしまう。それでも背中が壁にぶつかってしまうので、止まらざるを得なかった。リタの表情と様子を見て、スカーレットはたまらずに声に出して笑ってしまう。
「あははは、そんな顔しないでよ、私は悪人じゃないわ。お前を傷つけたりしないよ」
そう言った彼女は、ドアの外にいたときと同じく優しい声と目つきをしている。これはリタの内心にある恐怖と警戒を徐々に解かせた。
「信憑物に反応がないのは、あれは活性化しなくても、同様の役割があるから。お前はどこであれを見つけたのか、教えてくれる?」
「こ……これは大聖堂のステンドグラスの上で、見つけたんだ……」
「あぁ、大聖堂は最近修繕のために閉じられていたのに、お前はまさかその中に入って、それを手に入れたのか。実にすごいね」
「ぼくは、仮設のブラケット上を登って歩いていって……もうすこしで落ちる所だったし……」
幸いにリタは事前に天雲から詳しいプロセスを聞いていたから、スカーレットから尋ねられてもばれることには至らずに済んだ。リタは勇気を出して、話し続けた。リタの言うことを聞き取った彼女は、もう一度手を伸ばしてリタの頭をきちんと撫でた。しかし今度の笑顔の中には、何かリタにはわからなかったものを隠しているように見受けられた。
「じゃあ、一つ手伝ってくれませんか?」
組織のリーダーであるはずの彼女が、ついさっきチームに入ったばかりの新入りメンバーに対して、彼女が敬語でお願いするような言い方をするなんて。それはいささか異常な行為だったと言える。リタはその点には全く気づかず、彼は天雲に接する感覚に似ていると感じ、彼女を自分の友達か姉のように接した。
「どんなことでしょうか?」
「私を助けて。一つきれいなアクセサリーを手に入れてもらってもいいですか」
リタはアクセサリーというものに対して詳しくはない。しかし、天雲が自分を助けてくれたことを思い出し、また、かつて自分を助けてくれたことがあるお姉さんからの頼みであるなら断るまいと、リタはすっきりとそれを承諾した。
「うん、いいですよ」
リタはまぶしいほどに純潔な笑顔を見せた。この表情を見たスカーレットはやや表情を変えた。
「あーー……これはまったくリラックスと言えないだろ……」
自分の生涯で学んだ全てのものを尽くして、天雲は何とかイザに見つからないように、大浴場から脱出した。こんなことが起こってしまったせいで、リラックスすべき入浴タイムをまったく楽しむことができず、かえって体と精神的な疲労が重く加わってしまっただけである。
部屋に戻れば、リザックは緊急招集訓練を完了させたあとであった。天雲は更に疲れ果てたようにマットレスに頭からもたれかかる。もう二度と起きたくないとでも言いたげである。
「どうしたの、お風呂に入ることがそんなにつらいのか?ここはとてもいい湯加減なのに」
「ここの風呂は関係ないぞ……あんなことが起こったのに誰がリラックスして楽しめるもんか……」
「おい、こいつ、まさか女風呂にでも入ったのか?」
片手にこの世界の書籍を持ちながら、リザックはからかい半分に言う。すると天雲は、それを聞いたのちにマットレスから頭を上げる。ぼんやりとした視線がリザックと向かい合う。部屋の中には数秒間、沈黙が流れた。
「お前……まさか……」
リザックはほぼ正解を言い当ててしまったが、まだ本当にそんなことが発生したなんてあまり信じたくない。もうバレているのかと悟った天雲はさっぱりと手を振り、この件については諦めることにした。
「ああ~まったく、こんなことはどうでもいい。やっぱり、今日のことを話そう」
天雲の今日の収穫は、確かに意外と多い。自分はまだ本当に彼女の目を明るくさせるためのものを見付けることができなかったことを、リザックの表情から見出した。
「なるほど……この世界の神はエイリアスで、国家はアリアスティアと言い、都市の状況は思った以上に複雑で、それにまた、隔離されているような放逐地という場所があるのか……」
片手には依然として本を持ちながら、もう片手で自分の顎を撫で、リザックは関心を持つ様子を示しているが、これらの情報は恐らく、彼女は既に知っているようである。天雲はリザックの表情からそれを見出した。この反応はおそらく、単に天雲を傷つけないためのふるまいにすぎないのだろう。
「准将殿は多分すでにご存じでいらっしゃったんでしょうね」
「そうよ、やっぱりお前の目は誤魔化せないわね。あの人たちを訓練するなんて、あまりにも退屈で、私は図書館へ行って、何冊か本を読んだわ。その中からいくつかの情報を得られた。しかし、組織のことはまったくわからない。奴らのことを気にする必要はあるのかな」
「今はまだ確証はないけど……もう少し多くの情報を得られたら、わかると思う」
天雲は、リタについてはリザックに話そうと思わなかった。単に天雲にとっては、リザックに報告すべき情報でもなかったし、今現在はリタが組織に入れるかどうかも含めて未知数が多すぎる。またはっきりわかってから考えた方が割にいいだろう。
「この世界のことは恐らく、私の想像以上にずっと複雑だわ」
手中の本を置き、リザックは椅子を回転させて窓へ向かい、星空を眺めはじめた。
この世界の星空を見たところで時間も場所も分からないし、占いなんてものは更にでたらめだ。
意外な出来事に満ちているといえども、この世界における生活は一応正しい軌道に乗ったと言える。
今後のことは我が身次第だ。




