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第2章_第1節

もう一度暗闇の中で目を開いた天雲の意識はまだいささかぼんやりとしていた。一日に二回もこのようなことを経験したが、前回と異なっていたのは、今回は柔らかなベッドの上で目を覚ましたという点である。身体に掛けられた布団を押しのけて起き上がろうとしたとき、腹部から伝わる激痛に思わず声を上げた。体はまだ動くには不便そうである。

慌ててまだ痛む腹部を手で庇いながら天雲は気絶する前のことを思い出す。そうだ、リザックと都市から逃げ出そうとしたとき、突然攻撃を受け、気絶したのだ。

部屋を見回せば、天雲は驚いたことに、自分が高級であろう部屋にいることに気付いた。白い壁を飾る金色の装飾や、頭上のシャンデリア、ベッドの傍らにあるテーブルや椅子。そのどれ一つをとっても、精巧で華やかかつ雄大な趣を蓄えている。予想では刑務所にでも閉じ込められていると思っていたが、ずいぶんと状況が違うようだ。

隣のベッドではリザックが安らかに眠っているらしく、その体には外傷の跡は見受けられない。リザックはこうして眠っているときにだけ女の子らしい顔を見せるのだと天雲は思う。こんな顔を見せられては、起こすのには忍びない。

用心深く近づき、天雲はリザックが見せる少女の寝顔を近距離でまじまじと鑑賞する。こんなこと滅多にないのだから顔でも撫でてやろうか、そんな気持ちがふと芽生える。

だめだめ、今はそんなことをやっている場合ではない。

天雲は脳裏の邪念を払おうと力を込めて頭を振った。そもそも今現在どんな状況であるのかもわからず、考える時間も多くはない。急いで准将殿を起こして現在の状況を整理したほうがいい。

そう自分を説得した後、天雲は手を伸ばして、リザックをそっと揺すり起こした。

「准将殿、准将殿、目を覚まして」

「うん……」

声も動作も大きくなかったとは言え、リザックは可愛らしい声を上げながらぼんやりと目を覚ました。額に触れながらゆっくりと半身を起こす。リザックの視界はすべて朦朧としたままだったが、目の前にいる天雲の様子が次第にはっきり見えてた後に、まだぼうっとしながらも辺りを見渡した。

「ここ……ここはどこ」

「あまりはっきりは分からないけど、僕も目が覚めたばかりで、気づいたらここにいたんだ」

「こんな会話は今日もう一回やった気がするわ……」

「でも、今回は、僕が先に目を覚ましたんだ」

二人は少し間をおいて申し合わせたように笑い出す。それは今の雰囲気をやや和らげることができた。

「でも、一日の内に二回もこんなこと経験するなんて、ちょっと恥ずかしいわね」

「准将殿は私たちがどうここに来たか、ご存じですか」

「あの時に私が偵察から戻ったら、君は攻撃されて倒れていた。傍にはあの金髪の姫がいたから、彼女が君の不意を突いて奇襲したと思って、銃を構えようとした。私が銃を構えるより先に彼女に倒されてしまったようで……ここに連れてきたのも姫がやったってわけ」

華やかすぎる部屋の装飾を見ても、ここは宮殿といった場所であることには違いない。

「待って、ちょっと待って、あの姫が我々を倒すなんて、不可能じゃないのか。もし彼女にそんな能力があるのなら、いっそ自分で直接抜け出せばよかったのに、我々に人質にされて引きずれる必要なんてなかったんだぞ」

リザックの話は確かに辻褄が合っていたが、どうにも天雲はそれに同意できなかった。体が丈夫で、武器を持った大人の男にも一撃で気絶させられない自信があるのに、あんな甘ったるいお姫様から、まさか。

「いいえ、確かに私に攻撃を発動したのは彼女なの。あの子が手中から放った金色の光線で、私はほぼ一瞬で意識を失った……」

「光線…それはある種の魔法なのか」

もし魔法というものがあるのだとすれば、一切合切は簡単に解釈できる。彼女が魔法で自分の体を強化していたのだとすれば、それとも魔法を唱える時間が必要だったとしても、これまでの物事は筋道が通る。

「もしかしたらそうかも……でも、彼女はそんなに強い能力を持っているなら、どうして何の反抗もしないで、我々にフルコースで引きずり回されたのか、そして、どうして我々を刑務所に入れなかったのか、そこはわからないなぁ」

この都市の人々が二人に向ける憎しみの程から見れば、彼らを丸呑みにして取って食わなかっただけ慈悲深いと言えるかもしれないが、攻撃して気絶させた挙句、なぜこんなきれいな部屋を手配したのか。これは二人にとって不可解であった。

実際にこの日の午前から彼らの周りにはずっと多くの混乱や不可解なことが生じており、今こそ天雲にとって出来事を整理するチャンスとなった。

まず、彼ら二人は森の中で目が覚めた。二人とも自分たちがどこから、どうやってこの場所に来たのか、思い出すことが出来なかった。天雲は初め、自分の目の前にいる「准将殿」が誰かさえ、思い出せずにいたのである。

現状を究明するために二人が森を離れて半日、ようやく都市に辿り着いたが、そこの建築物の様式は二人が今まで見たこともなかったものだった。その上、出くわす人々は彼ら二人を「異族」と罵ったり、身体を震わせて怯えたりと、異様な様子を見せている。

こういった理由で彼ら二人は騎士に追われるようになり、リザックは直ちに人質を誘拐する方法を思い立ったのである。その結果、状況は更に混乱を極めてしまった。

天雲は窓を押し開き、この部屋が城の中にあることに気付いた。まるでおとぎ話に現れるような城である。都市に入る前、リザックは試しに城壁に対して一発を発砲してみたことがあったが、城壁にはかすり傷ひとつ入らなかっただけでなく、石が水面に落ちたときのような波紋がそこには現れたのだった。

明らかに、これは二人の知っている世界ではない。

「逃げようか」

彼方に満天の星のような灯火と見知らぬ都市を見て、天雲は振り返って尋ねた。

「君の装備はまだ身についてる?」

「目が覚めた時には上着も装備もなかった。あの人々に持ち去られたかもしれない」

「まず部屋の中を探そうか」

クローゼット中から二人の上着は見つけられたが、他には何の収穫もない。確かに少しでも常識があれば、さすがに危険人物と武器を一緒には置かないだろう。装備がなくてはならない訳ではないが、この未知の世界では、二人にとってはどんな装備であっても大切だった。

「准将殿、どうしよう」

「……」

今は夜だ。二人の能力を頼りに、見つかないように夜の帳の中へ逃げていくことは非常に簡単である。天雲の助けを得て、リザックは目をつぶり、数秒間深く考え込んだ。いざ彼女が目を開いて決定を下そうとしたとき、傍で、ドアの開く音が聞こえた。

「そうしない方がいいと思います」

その声を聞いて二人は直ちに後ずさりし、戦闘の姿勢を構えた。現在は徒手空拳ではあるが彼らは十分な能力を持っている。入ってきたのは、あの金髪の姫と薄い金髪のメイドである。メイドは至極丁寧に姫の後ろについているものの、腰にはやはり装飾の施された大剣を下げており、無表情に二人を直視していた。

「お二人とも、おかけ頂いてよろしいですか」

後ろに従えたメイドと異なり、姫は非常に丁寧な物腰をしている。すでに警備状態に入った天雲とリザックに直面しながらも、彼女は恭しく礼をした。彼女はすでにあの鎧を外しており、今はよく似合った無地の白いドレスを身に纏い、幾分かお姫様らしい姿であると見受けられた。

天雲はリザックをちらっと見れば、リザックは軽く頷き、二人は戦闘の姿勢を納める。促されるままに、姫の向こう側にあるベッドへ腰を下ろした。メイドはと言うと姫の側後方にしっかりと立っており、鷹のような鋭い目つきを二人に投げつけている。どうやらリザックと天雲のことは信頼していないようである。

「まず自己紹介をしましょう。私はティアナです。この国、つまりアリアスティア公国の王女ですが、二人はさぞ私の身分をご存じでいらっしゃるのでしょう」

「私は天雲・クハールです」

「私はリザック・ドリアン」

あれらの民衆が言った通り、面前にいるこの美しい少女は間違いなくこの国の王女であり、多分彼女だけがリザックと天雲という全国民共通の敵をこのような快適な空間に連れてくる権利を持つのだろう。

「君たちは今日本当に大騒ぎを引き起こしたわね。こんな動乱、この都市ができて以来、多分初めてのことですわ」

「我々もこんなことはしたくなかったんですが、私と准将殿はただ、ここがどんな場所なのかを究明したかっただけなのです。なのに人々は我々を異族なんて呼び…この国の人は非常に排他的なんでしょうか」

天雲の言葉を聞いてティアナは目を見張って瞬きをした。まるで天雲の言葉に大層驚いているかのようだ。

「まさかあなたたちは、異族が何なのか、知らないのですか」

「もし分かっていたらこんな大きなトラブルを引き起こさなかった。私たち本当はとても控えめな人なんです」

ティアナはまず天雲へ視線を注いでまじまじと見つめ、それから、リザックを見て、その後にそっとため息を吐いた。

「茶髪に銀色の目、銀髪に青い目、自分の相貌が人間らしいと思うのですか?」

「そう言われてみれば……」

リザックは突然何かを理解したようだった。二人が都市に入って以来、見かけた人は皆黒い髪と黒い瞳をしていた。その時には頭が混乱しており、また潜在意識中では自分の相貌には何の問題もないと思っていたため、こんな状況を招いてしまったのだろう。

このような中世の時代においては、あまりにも奇抜な髪と瞳の色は確かに正常的ではなく、人からは妖怪と見なされかねないだろう。伝説によると、古代の東方では、金髪碧眼の西洋人はモンスターだと見なされていたそうである。それにちっとも気付かないまま二人は大通りでうろついていたから、結果、こんな大騒ぎを引き起こしてしまったのである。

「もし我々のこの外見のせいだと言うのなら、……そうすると、あなたもなぜ普通の人と違う見た目をしているんですか」

リザックが思索していたとおりのことを天雲は問いかけた。もしここでの正常な人が皆黒髪であるのならば、今目の前にいるこの金髪の姫とメイドは、どう解釈すべきだというのか。

「私は単なる王女ではなくて、この国の神でもあるのですから」

「ああ?」

「え?!」

出された答えは天雲の想像を完全に超えており、考えすぎて頭を抱えていたリザックさえ顔を上げ、二人は目を見張って口をあんぐり開け、目の前の少女を見つめた。

「神……?」

天雲は自分の耳を信じることができずにいた。この一日で彼は中世と魔法を目の当たりにしただけでなく、神を自称する少女と出会ってしまうなんて。

「はい、私は霊力という力を使えるから、外貌も通常の人とは異なるのです」

ティアナは急に厳粛な表情を見せた。リザックは彼女の手から放たれた金色の光線を思いだした。それも恐らく、彼女の言う霊力と関係があるのだろうか。

「それはわかったけど、異族って何なの」

こんな話を聞いた天雲は歯切れの悪さを感じた。ただ、自分の認知 を試されているように感じてしまう。

「異族はこの大陸の真ん中に住んでいる謎の種族で、彼らは通常人々と異なった外観をしている。異族は常に強い力を持っていて、人間を餌とする」

「なるほど……」

ティアナの話を聞き取ったのちリザックは、はっと悟った顔をした。どうりで路上で出遭った人々は、自分たちを見て、魂が抜けるように怯えた表情を見せたのだ。二人を人食いの異族と思ったに違いないし、あの表情は死の脅威に直面した恐怖の表情だと思えば、納得も行く。

「それなら、こんなに強い力を持っているのに、どうしてあなたは我々に、フルコースで引きずられ回ったのです? そのお力を以てすれば、簡単に抜け出すこともできたでしょう」

ティアナはもう一度表情を優しくしたが、二人の疑問には直接答えず、言葉を続ける。

「お二人は……人間に違いありませんね」

「もちろんだ、僕と准将殿は普通の人間だよ、異族とはまったく何の関係もないし」

「しかし、お二人がやったことはまったく普通の人間らしくなかった。私は自分の兵士に自信を持っていますが、私を連れ回しながら彼らをさんざんに打ちのめした様子は、正直、気持ちがちょっと悪くなった……少なくとも、私の見たことのある人間の中で、あんなことが出来る方はいません。帝国があなたたちを派遣してきたのですか?」

この世界に来たばかりの二人は、ティアナの言う「帝国」が何なのか全くわからなかった。そして、自分のわかることに対して、答えることしかできない。

「もし適切な訓練をしたのなら、我々のしたことは一般的な人にもできるし、我々もただ普通の人間なのです」

「そうです。僕らは意図的に都市に入って騒ぎを引き起こそうとしたわけじゃない、ただ目の前が真っ暗になって気づいたときにはこの場所にいて、全然状況が分かなかっただけで」

傍から見れば、天雲の話は、責任を逃れたい口ぶりであると言えるだろう。彼が今話したことはすべて本当のことであっても、誰も信じてくれないし、傍に立っていたメイドは既にしびれを切らしたようで眉をひそめている。

「では、お二人は今どこにも行くあてがないのですね」

「間違いありません」

ティアナは左右に目を泳がせ難しい問題を考えているようであったが、やがて決心したように見受けられた。

「そうしたら、私はお二人に残ってほしいのです」

「残るってことは…」

「二人は私の貴賓であり、以前やったことはもう咎めません。その代わりに、戦闘と鍛錬の方法を、我が部下たちに教えて下さる必要があります。いいですか」

「姫様 …」

「イザ!」

ティアナの提案は、このイザという名のメイドの不満を引き起こしたようである。イザが何かを言おうとしたところへ、ティアナは手を上げ制止した。制止を受けたイザはため息をつき、一歩下がって元の位置へ戻った。

天雲とリザックにとって言えばこの取引には百利・・・、ほとんど拒否する理由はない。現在はまだこの世界に関する知識が乏しいし、また、居場所も無い。この提案はまさしく、思いもよらないものに間違いない。そして何よりも、二人は、都市の大動乱や王女拉致の責任を取りたくなかった。この世界の法律は分からなかったが、流石に命がいくつあっても償いきれない罪には違いないとわかっている。

「とりあえず、お伺いしても宜しいでしょうか、つまり我々が……教官になる、ということでしょうか」

「准将殿、あなたは……」

ティアナの提案を聞いたリザックは、裂けたように口を開き、まるで制御不能なくらい怪しい笑みを浮かべたのであった。天雲は何か言おうとしたが、やはり言葉を堅く飲み込むことにした。

「そうですよ」

「問題ない、その条件を受け入れます!」

リザックは躊躇なく提案に応じたと同時に、さらに笑みを輝かせる。それはまるで、子供が親にねだった後に、ようやく自分の好きな玩具を獲得したときのように嬉しそうだった。しかし、この微笑みが持つ意味は天雲にしか分からず、この時点で天雲にできることは、手のひらで額を叩き、しきりに左右に頭を振ることだけだった。

「天雲さん、何か問題が?」

「いいえ、ありません。ただ心から、騎士や兵士諸兄のために黙祷を捧げるのみです」

天雲の様子にティアナは理解できないとばかりに首を傾げた。リザックは満面の笑みを浮かべながら手を振り、ティアナが気にすることはないようにさせた。

「まあ、気にしないで。そのことに我々が応じるとなると、装備をお返し頂きたいのですが」

「もちろんいいですよ、のちほどイザからおお返します」

ここまで話したティアナは、ほっとした様子で表情をリラックスさせた。今回の取引はウィン・ウィンであるといえ、相当にうまく達成したのだろう。一方で、従えたメイドであるイザの顔つきは暗く、彼女はこの結果に対してとても気に入らなかったように見受けられた。

やれやれ、少し状況が分かって、居場所も得られたが、ことは果たしてうまく行くか。

二人を凍り付かせようとするようなイザの視線を浴びながらも、天雲も雰囲気につられて作り笑いをした。これから中でどんなことが生じようとも、目下の結果は、安心できることには違いない。

部屋から離れた後、イザはほとんど無理矢理にティアナを誰もいない部屋の中に促し、なりふり構わずにティアナを怒鳴りつけた。

「お姫様、一体何を考えているのですか、あやつらは信頼に値しません!」

「イザ……私には私なりの考えがあるの。今の私たちには、あの二人の助けが必要です。彼らは確かに人間だと見受けられるけど、こんな不思議な能力を持っているし、まさに利用できる人材ではないでしょうか」

さきほどの天雲らと話していた時とは異なり、ティアナはこのメイドの面前では、あの淡々とした真剣さはもうなくなっている。彼女はいささか無理な笑顔を見せ、まるで親の面前で言い逃れをする子供のようだった。

「でも、あの二人の言うことはどう考えても嘘なのに、あなたはあれを宮殿中に残して、またさらには騎士まで渡すなんて、もしあれが帝国のスパイだったら、どうするんです」

「いや、まさかそうじゃないでしょう……彼らは悪人には思えないし、言ったことも嘘でもないだろうし……」

「そんなことを思えるわけがありません! 彼らは姫のご好意を利用して目的を達成するかもしれないし、帝国のスパイが宮殿の中に残るなんて、情報を探られるばかりか、姫様に何かあったら、私は先帝様とお父上にどう向き合えばよいか!」

イザの嵐のような言葉にティアナは微かに頭を下げる。自分の言動をも疑っているようだった。

「姫様、今回のことにあまり無邪気にはいきませんよ、あの二人がスパイではなかったとしても、彼らのやったことには変わりありませんし、もし民衆が、私たちがあの二人を匿ったと知れば、王室の信用、それに、姫様への信仰は、どうなるのです。あの二人は私に任せてください、私はきっと…」

「イザ、もういい!」

イザの言うことはもうこれ以上聞かないとばかりに、ティアナは直接にイザの話を制止した。

「イザはずっと私を助けて……面倒を見てくれた。そのことはわかっているけど、父が亡くなってから、自分の未熟さはさらに分かっています。でも、今回のことは私に解決させてください。もうこんなに、何の作為もないままで続けたくない」

「でも、お姫様、作為とはこんなことを指しません!これはあまりにも危険です!」

このように二人の争いは止むことはなく、天雲とリザックはこの話の一切合切を聞いていた。ドアの左右にもたれた二人は顔を見合わせて笑い、窓際に近づいた。

「機密を盗聴してしまったな。罪がもう一つ重ねられるかもしれないぞ」

「あのメイドは我々のことを信頼していないらしいわ。今後注意しなくちゃね」

「そうか、僕は彼女をとても可愛いと思ったのに」

「君ね……そんなくだらないことを考えないで。あのメイドとお姫様の関係は、恐らくそんなに簡単じゃないだろうし、もしメイドを怒らせたのなら、お姫様さえ物事を鎮められないのかもしれないわ」

天雲の態度に面して、リザックは厳しく注意をした。

「僕がどうして可愛い女の子を挑発するもんか、がんばって彼女と仲良くするぜ?」

天雲の言葉には何の説得力もないことをリザックはよくわかっている。リザックは傍の締め切った部屋を一瞥すれば、そこで密談していた二人は話を終わらせる気配がなかった。リザックは天雲に戻るよう合図し、同時にドアを閉じた。

「天雲、明日からの訓練は私に任せて、君は都市へ行ってこの世界の状況を調べてほしい」

「え? どうしてそんなことを。この世界のことなら、ティアナへ聞いてもいいだろう」

「我々はこの場所に来たばかりで、人も場所も知らないから、この世界の基本的な常識を理解する必要がある。はっきりと言えば、この世界の物理法則は我々の知るものと違うかもしれない。これらは他人から教われることができるものでもないし、多くのことは自分で理解しなくちゃね。それに教官は私一人で十分、君が一日中暇してるくらいなら一番得意なことをやっているほうがよっぽどいいと思うわ」

それだけでなく、リザックはまた、天雲が宮殿で暇をしていれば何か騒ぎを引き起こすのではと心配していた。現在二人は信用されていないし、もしそんなことをされたら、最悪な状況がもたらされるだろう。

「教官」という言葉を聞いて、天雲は顔の筋肉を震わせた。

「僕のことをトラブルメーカーみたいに言わないでよ……それに准将殿、今回は是非お手柔らかに…」

「え? 何を言っているんだね?」

リザックは上着を脱いで丁寧にハンガーをかけながら、天雲の話を理解していないと意思表明をした。

「我々は今のところ、どう転んでも居候でしかないからね。もし人でも殺したら、最悪の状況になるからさ……」

これを聞いたリザックは、我慢できず、笑ってしまった。

「うふふ、『居候になる』という言葉が君の口から出るなんて、すごい違和感を覚えるわ」

「彼らに対しては厳しくしすぎる必要はないだろう……」

「それはわかっているわ、私も程度はわかっているよ、そんなに心配しなくても」

天雲は、リザックが本当に自分の話を聞いたかどうかわからなかったが、もし彼女がそのつもりなら何を言っても聞かないだろう。天雲はこの話題をあきらめることにして、柔らかいマットレスに飛び込んだ。

二人はようやく落ち着くことができた。少なくとも快適なベッドの上に寝ることができ、山林に野宿する必要もない。幸いにも、そのとき天雲は理由のない疲れを感じた。予想外の出来事に多く出会いすぎたが、まるまる午後の間ずっと気絶していたから精神は十分に充足できたはずなのに。

突然記憶を失って、こんな神話のような霊力のある世界に来て、そこには神もいるなんて。天雲は今まで、神や妖怪といったものを信じていなかったが、今はすでに、霊力を使える本当の神が目の前に現れている。信じたくなかったとしても信じざるを得ない。

その上に、失った記憶の中には何が隠れていたのか……

「どうしたの、真剣な顔をして」

リザックは天雲のベッドサイドに座り、優し気な言葉をかけた。

「准将殿が身近にいたからよかったと思っているけど」

「そんな私をほめても、何の役にも立たないわよ……」

リザックは振り返り、天雲の額にそっとキスをした。

「こんな時に身近にいた人が天雲で、本当によかったと思うわ」

天雲も体にやや力を入れ、リザックの体を抱きしめ、彼女のベッド上に飛び乗った。

「リジ(リコ )…」

この世界はまるで一面未知の荒島のようだった。ここまで落ちぶれた二人は互いに支え合い、互いに相手を大切にした。

「ふぅ……」

イザとの激しいコミュニケーションの後、ティアナは一人で窓際に佇んでいた。

夜はすでに更けており、深夜の宮殿には眺められる景色は何もない。窓の外を時折飛ぶ鳥は、見回りの者らが通る機会よりも少ない。彼女は生まれて以来、人生のほとんどすべてを宮殿の中で過ごした。

一般人からすれば宮殿は永遠の憧れの場所であり、一般民家と比べれば雄大な場所でもある。巧みなレイアウト、広大な面積、どこもかしこも彫刻や装飾も細かく磨かれている。人類歴史上の如何なる宮殿と比べても見劣りするところは何もない。王室の尊さが悉く示されている。そんなところに住むことができれば一生贅沢豪奢な生活を送ることが出来るし、もう一般人の生活を送る必要もなくなる。

しかし、ティアナにとっては、この宮殿の高い壁はまるで牢獄のようなもので、彼女を外界と分割して永遠に閉じ込める存在だったのである。

今日は元々通常の謁見の催しであった。姫であるティアナは都市の視察を行うこともある。イザは、そのような身なりの方が民衆の安全感を増すことができると言っていたので、彼女はあの鎧のような服を身に付けていたのだ。

いつもと同じ調子の催しが、天雲とリザックの出現により、どたばた劇に変わるなんて誰が思っただろうか。彼らは騎士たちを倒してティアナを馬車から引きずり出し、元々姫であったティアナは、自分の国民の前で脅迫され、人質となったのだ。

彼女の能力を以てすれば、簡単にこの二人の人間をどうにかできたが、彼女はあえて抵抗無しで捉えられ、この二人に引きずり回され、都市中を飛び回らされたのである。ティアナは人民たちが自分を守るために命をかけていたことや、元々訓練の行き届いていたと思っていた騎士たちがあの二人に簡単に倒されたこと、そして混乱したシーンを目の当たりにした。それにも関わらず、ティアナはちっとも嫌に感じなかった。

天雲の懐に抱かれて街を飛び回ったとき、彼女は初めて本当の自由を感じ取った。彼女が目の当たりにした物事は美しい芝居の通りで、このような不思議な冒険を経験したかったのである。

しかし、それを経験することは不可能だった。ティアナはその理由をよく知っていて、自分の身の上に背負ったものも深くわかっていた。彼女はこの国の姫のみならず、更に神でもあり、この国中では逃げる道を持たなかった。

あの時点で、神であるティアナは初めて人間に憧れ、彼らの自由さに憧れた。そして、彼らを守りたいと感じたのである。

このドタバタの中ではとても多くの人が怪我をしたが、あの二人は強い力と道具を持っていてなお、如何なる人も殺さなかった。異族でも神でもないのに、異様な相貌をしている。

彼ら二人の身の上には謎が満ちていた。ティアナはこのポイントを深く分かっている。誰しも他人の知らない謎を持っている。しかし、彼らの身の上には間違いなく、ティアナやより多くの人にとって学ぶに値するところがある。このためと思えば、あの二人がどう王室を冒涜したのであっても、ティアナはあの二人を残さなければならなかった。

彼女は何度も何度も内心で自分に言い聞かせる。この二人の身の上にはきっと、今の自分に欠けている何かがあるに違いない。

今回初めて、ティアナはイザと対立してしまった。イザの顔つきを思い出し、ティアナは思わずため息を深くつく。頭を上げ、深く遠い夜空を見上げた。

父上……

この時に父親がいたらよかったのに。彼女の心の中では、父親は何でもできる万能の存在だった。

ただ現在では、ティアナは自分自身しか頼ることができなかった。


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