第1章_第3節
「大丈夫ですか。」
天雲は姫に向かって無理に笑ってみせた。彼女をどうにか守り抜くことはできたようだ。全ての衝撃は全て天雲自身が吸収しており、こんなときであっても気遣ってくれているのかと姫はいささか頬を染めた。そして慌てて、天雲の上から身体を起こした。
「私……大丈夫よ、でも君は……」
姫がまだ話終えない内にリザックはしっかりと閉じられた窓を打ち破り、室内に突入した。家の主である家族は突然の招かれざる客に驚きを隠せない様子である。男は腰を抜かし、その母親は子供を抱きしめ、恐怖と驚きの眼差しを侵入者に向けている。リザックは急いで天雲を立ち上がらせる。幸いにも天雲は大きな怪我はなく、大したことはないと身体の埃をはたいて見せた。
天雲やリザックがその場を離れようとしていたとき、突如しっかりと閉じられていたドアが蹴り飛ばされ、先ほどのメイド服の少女が猛然とその場に現れる。手にした華やかな装飾の大きい剣を、天雲の頭を目掛けて振るう。天雲は素早く一歩下がって剣を避けたが、この剣はなんと、食卓を真っ二つに叩き斬ってしまう。
リザックはそれに素早く反応し、キッチンから取ったナイフの一つを少女に向かって投げたが、それはいとも簡単に止められてしまった。この浅い金髪の少女は背が高くないし、腕もとても細いが、両手に一本ずつ手にした大きな剣を器用に振り回している。リザックはこの時徒手空拳で前へ一歩進み、彼女と対峙した。
少女の剣の勢いは素晴らしいものであった。驚くべき力とスキルを帯びた大剣は少女の意思に従い、一本一本の軌跡を描き出している。しかしそれだけではリザックを倒すには十分ではなかった。幾度とやり合った後に少女の隙を突き、リザックは剣の勢いを突破して前へ一歩進み出た。そして少女の首筋をつかみ、彼女を床に倒したのだった。
少女は素早く這い上がり、もう一度剣を振り始めようとしたが、慌てた反撃によって彼女が払った代価は大きかった。リザックは剣を持った少女の腕を掴む。この少女は痩せた体つきをしているとはいえ、力が強い。リザックは全身の力を込めて少女の腕を長剣ごと捻り上げる。その隙に天雲の手にした拳銃は火を放ち、弾丸は長剣上に直撃して火花を放った。強い衝撃は剣を握ったままでいた少女の手を痺れさせ、それにより長剣は手元を離れ、傍へ飛んでいったのだった。
リザックはその隙に少女の膝関節の裏に蹴りを入れ、地に跪かせた。また振り向き、全力で彼女のうなじに拳を打ち込んで気絶させた。入口では騎士の一人がクロスボウで天雲の頭部を狙った瞬間であったが、天雲に抱かれたまま姫がとっさに手を上げる。弓矢は姫の鎧に当たり、音を立てながら脇へ逸れる。
天雲はそれに気づかなかったが、リザックはこの一切をはっきりと見ていた。リザックは室内にあった陶器の壺を一つ掴み上げ、天雲を狙った騎士へ投げつける。騎士が壺の衝撃から意識を取り戻したときには、天雲とリザックの姿はどこにもなかった。窓から飛び出して隣の家へ逃げたものと見受けられたが、追手がその屋内に押し入ったときには、既に彼らの姿はなかった。如何なる跡も見えず、仕方なく、追手は再度四方八方を探すことになったのだった。
「思ったより簡単だったわ。」
時間を費やしてはしまったが、二人は誰にも気づかれないように、ゆっくりと都市の出口辺りまでたどり着くことができた。そこには彼らが隠れることのできる無人の部屋がある。都市の出口がすでに近いことを見て、二人は安堵の表情を浮かべた。
「本当に手間がかかったよ……」
形勢はもうさほど緊迫していない。天雲は姫を下して休ませ、同時に自分の腕も動かす。
「そう? 私はまだとても楽だと思ったけど」
「もちろんだよ、人を抱えてたのは君じゃないし……」
窓を僅かに開けば、この位置から、城門の状況が伺える。騎士はすでに正門を閉じて都市を封鎖しており、このお姫様の手助けがなければ、二人は都市から出ることができなかったに違いない。
都市から脱走するためにリザックこそが天雲にこのお姫様を抱かせ、一緒に走ったのである。外からはざわざわとした音が伝わってきて、天雲は安全に都市から脱出できるのか、いささか不安になる。
「君は彼女をしっかりと見張っててね。私は外へ出て状況を見てくるわ、問題がなかったら、また一緒に行動しましょう」
「分かった」
リザックが外に出た後、この狭い部屋の中に天雲と姫しか残っていない。二人が追撃しはじめた時から、彼女には逃げる意思はなく、驚きの顔を見せることしかできなかった。普段は外へ全く出ることのない姫は驚きすぎてしまったのだろう。それとも、逃げられないと思っていたのだろうか。
「お姫様、大丈夫ですか」
彼女を抱えてひとしきり走っていた天雲は、ようやく彼女と二言三言話すチャンスを得た。天雲はこのチャンスを逃したくないと思った。どうせ自分は彼女に少なくない迷惑をかけてしまった。
「私……私は大丈夫よ、たまにはこんな刺激を受けてみるものいいし……」
天雲の顔を見て姫は頬を赤らめ、声も細くさせたが、怯えている様子ではない。
「度胸があるんですね……どうしてあの人たちが皆、私と准将殿を異族とするのか分からないけど、それらが何者なのか知るはずもないので……」
「あなたとあのお嬢さんは確かに異族ではないわ、あなたたちの身の上にある気息は確かに人間で、霊力の気配を感じ取れなかった」
「霊力……?」
天雲は姫の言うことをいささか理解できず、その上に異族が何なのかもよく分からなかった。しかし、天雲の頭はすでに十分に混乱している。魔法とやらの超自然的なものは全く考えたくない。
「お二人は本当にすごいわ、人間だと信じられないくらい」
天雲とリザックはこの距離を次から次へと逃げて、戦闘と隠蔽を繰り返していた。それは姫の人間に対する理解を超えていた。それにこの二人は息を荒げるでもなく、まるでまだ余裕があるように伺える。
「残念ですけど、私たちは普通の人間なんだぞ」
天雲は身を屈めて姫に向かって手を差し伸べる。姫の金色の髪を撫でると、それはきれいで、滑らかなシルクのようだった。姫の顔の赤みはまた幾分と激しくなる。
「こんなにもご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。お姫様、私も准将殿もこんな状況にはさせたくなかったのに、どういうわけかも、知らないけど……あなた様の都をこんなにしてしまってすみませんでした。でも、我々がここを離れるのを、手助けしていただけませんか」
天雲の優しげな表情と言葉に直面して姫の顔はすっかり赤面してしまった。いささか尋常ではない表情を浮かべた彼女は、言いかけた言葉を呑み込み、おざなりに頷いた。
「はい……」
「まったく……元々は状況がはっきりとわからないし、その上にこんな事態に巻き込まれたし、俺たちは一体どんな場所に来てしまったんだか……」
すでに対話を十分に終えたと判断した天雲は、もう一度窓際へ移動し、外を警戒した。部屋の隅に座っていた姫も身を起こし、ゆっくりと天雲の傍らへ歩いてきた。
「天雲さん、ちょっとあなたにお話ししたいことがあるの」
「うん? 何ですか?」
天雲が振り向いた途端、腹部に重い一撃を感じた。力の大きさはまるで弾丸のようであり、天雲の視界には金髪の少女が映る。うめき声以外に声を立てることもできずに、倒れ込んで気を失ってしまう。
「天雲、状況は似たり寄ったりなのよ、我々は急いで……」
ちょうどその時偵察から戻ったリザックがドアを開ければ、そこに見えたのは気絶した天雲と、その側に立つ金髪の姫だった。先ほどのことを思い出し、リザックは素早く拳銃を取り出して姫を狙う。しかし意外にも相手の方がリザックよりも早く、銃を構ええるよりも先に、一筋の金色の光線が彼女の体を貫いた。
自分の体なのに制御を失ったようだ。リザックは必死にもがくが、どうにもならないままに、全身の力は失われている。両目で目先の姫を睨むことしかままならず、リザックの身体は倒れ込んでしまい、意識は果てしない暗闇の中に深く沈んでいった。
「まったく……これほどの大騒ぎになってあなたたちが去ったのなら、私だって困ってしまいますわ」
「それに、私はあなたたちに興味を持ちました。」
意識を失った二人を覗き込み、彼女はそっとつぶやいたのだった。




