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第1章_第2節

二人の体はそのままで半空中に留まっている。天雲の一本の腕は、自分と姫という二人分の体重を支えている。歯を食いしばって耐えているが、下方にいる追手たちの標的に他ならない。一人の兵士が手にしたクロスボウはすでに天雲に狙いを定めている。その引き金が引かれようとしたところに、メイド服を着た浅い金髪の少女が手を伸ばして立ちはだかり、兵士の射撃を止めさせた。

そのメイドと目が合い、天雲は彼女の目つきから明らかな憤怒を感じ取った。彼女はきっと自分の命を救おうとしたわけではないが、その攻撃が姫を傷つけることを心配したにすぎないのだろう。

幸いにも災難から逃れることができたと同時に天雲の耳元にはドスンと音が響く。リザックに引っ張り上げられて屋上に打ち付けられる。天雲は屋上の縁から下を見下ろしたが、クロスボウを抱えた兵士が人波をかき分ける様子は見えたものの、兵士を止めたあのメイド服の少女の姿は、もうどこにも見当たらない。

「天雲、早くして!」

リザックに呼ばれた天雲は、今はそんなことを考えている場合ではないと意識し、少し取り乱した様子の姫を再び抱き上げ、また走り出す。リザックが突き破った窓を乗り越え、いささか広々とした部屋の中に入る。彼らを捕えようとする兵士と庶民はすでに部屋のドアを破っており、飢えた獣のように彼らへ飛びかかろうとする。天雲はこの状況を見て素早く木箱のひとつを蹴り倒した。重い木箱に当たった人々はまるでドミノ倒しのように階段から落ちていき、二人は機に乗じ、素早く窓から跳び出し、屋上に戻る。

数メートルの垂直落下は二人にとっては何のことでもなく、適切な受け身によって落下の衝撃を相殺する。追手も一緒に跳び下りたが、例外なく、皆てんやわんやに転倒していく。兵士達は武器の使い方は学んだだろうが、こんな訓練を受けたことはないだろう。

天雲たちは今都市のどこにいるかは分からなかったが、確かに外れに移動してきていることはわかった。屋上にいる限り、十分な優位性を持っていられる。しかし、追手が多すぎる。まるで蜂の巣をつついたようで、街のすみずみから現れ、二人の後を追いかけてくる。

この複雑な足元であっても二人は速度を緩めることはない。リザックは前方で誘導していき、二人は遠すぎない距離を確保し続けている。まるで猫のように軽く、素早く、がむしゃらに追手を振り払おうとしている。

賢明な兵士は二人の前に回り込んで立ちはだかり、跳び出したリザックがまだ着地しないところに大柄な兵士が飛びかかる。リザックはコートの中に隠した腕をぐっと振り、鋭いフライングナイフが手から離れて飛び出す。それは鎧の保護がない兵士の太腿上に直接に刺さり、兵士は痛みに悲鳴を上げて地に倒れた。

リザックは身を屈めて剣を避け、兵士の胸を殴打し、地に倒す。このわずか一撃により背の高い戦士は地に伏し、起き上がることができなくなった。行く手を阻む騎士も庶民も武器を持っており、その体格はリザックより遥かに大きかったが、リザックの前ではあたかも人肉サンドバッグであり、瞬く間に一撃を受けては地に伏し、意識を失ってしまう者もいた。天雲に抱えられた姫はその様子を信じられないとばかりに目を見張った。

目の前を阻む一陣を倒せば、街道の向かいにある屋上ではまたひとしきり騒がれている様子がこちらへ伝わった。前列にいるクロスボウを持った騎士と弓矢を手にした庶民はすでにこちらを狙っている。二人はいい的にならないように引き続き奔走する。特殊な編みを施されたリザックの上着は機関砲すら通さないため、あまりにも心配する必要はないが、天雲はそのようないいものを身に着けていないし、その上に懐に抱えたお姫様の安否に気を配らなくてはならない。

彼女の上半身は鎧に覆われており、明るく磨かれた板が彼女の肩、腕や胸、その上手の甲まで覆われているにもかかわらず、彼女の腹部から下は無防備に曝されている。追撃の騎士のように全身を鎧で覆っている訳でなく、短いスカートを履いているのみであった。その鎧は実戦用というよりは式典用のように見受けられ、こういった状況下では心許ない。

天雲はやや体を横にして、できる限り抱えた姫を庇う。弓矢が次々と空を裂く音が耳元すぐ近くで鳴り響き、人を不安にさせるようなその音は背後の壁からも反響する。庶民の中にはきっと狩猟民族出身の者も少なからずいるだろうし、彼らが元々狙っていたような猛獣は人間よりも遥かに素早いだろう。それを思えば一矢くらいは食らってしまうかもしれない。

「ああ!」

心をむしゃくしゃさせながらも天雲はがむしゃらに走り続けていたが、不意に足元が絡み、屋上を踏み抜いて落下してしまった。

「天雲!」

まずは天井裏に落ちてから転げ落ちていき、その部屋の二階に辿り着く。最後の一刻で姿勢を正すことが出来たので、幸いにも天雲がクッション代わりになり、姫には何の怪我もなかった。が、天雲自身は盛大に転んでしまった。

リザックは屋上に空いた穴からちらりとこちらを伺い、そして直ちに他の経路から天雲を追う。この家には幸いには追手は少なく、ただの民家の居間だったことが伺えた。この家族は昼食を楽しんでいたが、天井を突き破ってきた天雲からそれを邪魔されてしまったのである。

「おお……お姫様、あなた多分、五十キロはありますね…」

「え?! あのう…」

転落のために二人の体は重なり、天雲の両手は姫の背中と腰に回ったままであった。二人の顔はこの時点にほんのわずかに迫っており、天雲は姫の呼吸すら感じ取ることができた。少しでも頭を上がればぶつかってしまいそうな距離である。天雲の冗談めかした一言で姫は慌てふためき、その焦りが頬に紅を添え、その顔を更に可愛らしく見せた。


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