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8 常に一番でいたいのに

 シグネットリング紛失の件については、

 いったん保留となった。


 話を進めようとした矢先、

 天満院家に衝撃のニュースが飛び込んだからだ。


善翔(ゼント)の病気が治るの?!」

 アイレンは喜びのあまり叫んでしまう。


 それを聞き、アイレンの母は微笑みつつ、

 慎重な面持ちで答える。

「治したことがある医師が見つかったそうよ」


 アイレンには、善翔(ゼント)という年の離れた弟がいる。

 まだ6歳だが、生まれてずっと寝たきりに近い状態で

 さまざまな医師に診てもらったが皆、

 大人になるのは難しいだろう、という厳しい診断だった。


 だからツグロだけでなく、

 心無い者は彼をこの家の後継者とは考えておらず

 アイレンの夫がこの天満家を継ぐのだと思っているのだ。


 しかしアイレンたち家族は、一度も諦めたことはなかった。

 全ての能力者に相談し、さらには辺境の地まで

 この病気を良く知る者や、治療法を探し続けてきた。


 アイレンの父もうなずいて言う。

「その医師はかなりご高齢で、歩くのも難しいとのことだ。

 善翔(ゼント)を連れて行き、

 見ていただくことにしよう」


「その方は、どちらにいらっしゃるの?」

 目を輝かせて尋ねるアイレンに、父は答えた。


「極北だ。氷に包まれた、あの地に住んでいるそうだ」


 ーーーーーーーーーーーー


 天満院家が移動の準備に大わらわになっている最中。


 事態が停滞しているのを良いことに、

 少しでも自分たちにとって有利に事が運ぶよう

 素野原夫妻は必死にウワサのタネをまき散らすことにした。


 ”ツグロは”許嫁(いいなずけ)のような存在”であるアイレンのために

 崖に落ちていた指輪を必死に取った。

 それを届け、改めて求婚したのに、

 我儘(わがまま)に育ったアイレンは

 ツグロの愛をもっと試すようなことばかり言って

 なかなか話が進まなくて困っている”


 というような、事実とは程遠いものだった。


 それでもあまり親しくない華族などは

「まあ、それはお困りですねえ」

「若い娘はよく愛情を示して欲しがりますからなあ。

 ツグロくんも大変だ」

 などと返し、素野原夫妻を上機嫌にさせてくれる。


 素野原夫妻が根回しとして、

 ”非はアイレンにあること、二人は結ばれるべきであること”

 を広めていった。


 そしてその話はついに、

 幼馴染の一人であるカアラの耳にも入ったのだ。


 華族の令嬢たちが集ったお茶会で、

 最初にその話を聞いた時。

「へえ。 ツグロがアイレンに結婚を申し込んだの」

 カアラはその程度の感想だった。


 家柄も低く、能力もたいしたことのないツグロなど

 結婚相手どころか好意を抱いたことすらなかったから。


「……まあ、お似合いですわね」

 可憐に微笑みながらそう言ったが、これは本音だ。

 馬鹿にしているアイレンの相手としては

 ツグロくらいがピッタリだろう、と思ったのだ。


 それなのに華族令嬢の一人が発した言葉をきっかけに

 カアラの心中は一転してしまった。


「ツグロ様はずっとアイレン様がお好きだったそうですわね。

 彼のお母様が、うちの母にお話しされていましたわ。

 ”幼い頃からアイレン様が一番可愛くて素敵な子だった”って」


 はあ? あの地味なアイレンが?

 一番可愛いのはいつだって私だったわよ。

 カアラは心の中で毒づいた。


 すると別の令嬢がいきなり、

 気遣うようにカアラに尋ねてきたのだ。

「カアラさん、お寂しいことでしょう?

 幼馴染三人組のうち、お二人が結ばれるなんて」


 カアラが何か答えるまえに、

 他の令嬢が哀れむような目で言う。

「ツグロ様がお選びになったのはアイレン様だったけど

 カアラ様にもいつかきっと、

 どなたか素敵な方がお声をかけてくださるわ」


 何を言い出したの?

 まるで私が、ツグロに選ばれなかったみたいじゃない。

 まるで私が、アイレンよりも劣っているみたいじゃない!


 カアラは皆の言葉や微笑みに隠された悪意に気付く。

 ”みんな、私のことを哂っているのだわ!”


 その通りだった。

 この令嬢たちはみな、普段からカアラの

 ”私が一番可愛くて、みんなに愛されている”

 というアピールにうんざりしていたのだ。


 それはそうだろう。


 誰かが恋を打ち明けると、

 次の会ではカアラは必ず

「申し訳ないけど、あの方に観劇に誘われましたの、私」

 と、”彼が好きなのは自分”だとアピール。


 婚約者が無口で話が続かない、と誰かが愚痴れば

「あらそうかしら?

 あの方、私にはいつも”可愛い可愛い”ってうるさくて。

 たくさん褒めてくれますけど?」

 と嫌なマウントを取ってくる。


 令嬢に人気の子息も、警備に配属された騎士も

 感じの良い売り子の少年まで

 カアラは自分の能力である”魅了”を使い

 すぐに取り入って、彼らからの賞賛を引き出していたのだ。


 ただし、彼女の”魅了”は”一瞬強く惹かれる”のみで

 ほとんど継続性はなかった。

 だから”誘った事実”や”褒める言葉”を引き出せても

 本気で好きになってもらうことなど皆無だったのだが。


 その優越感を得たいがための承認欲求は、

 他の令嬢の恨みを買ったり、苛立たせるのに十分だった。 


 だからこの機会に令嬢たちは

 彼女に”選ばれなかった”という事実を突き付け、

 自分が常に誰よりも異性に愛されているという

 彼女自身の認識を改めさせようとしていたのだ。


 クスクス笑う彼女たちを見ながら、

 カアラの頭に血がのぼる。


 ”ツグロ程度の男、どうでも良い!”と叫びたかったが

 今この状況で言っても負け犬の遠吠えだし

 その程度の男にすら選ばれなかったのね、

 と指摘されるのがオチだ。


 必死に気を取り直して、カアラは答えた。

「彼は昔から、欲が低いと言うか、

 高望みはしない人でしたから。

 自分の家柄や能力に見合ったお相手を選んだのでしょう」


 しかしすぐに令嬢から反論されてしまう。

「まあ! 身の程をわきまえた者が、

 天満院家の娘に求婚なんてしませんわ!」


 カアラは”だから財産狙いでしょ!”と言おうとして

 先ほど自分が”彼は欲が低い”と言ってしまったことを思い出す。


 言葉に詰まったカアラに対し、

 年長の令嬢がまとめるというより、

 止めを刺すように言った。

「まあまあ皆様、残されたカアラ様が、

 良縁に恵まれることを皆でお祈りいたしましょう」


 ーーーーーーーーーーーー


「何が選ばれなかったほう、よ!」

 カアラは自分の部屋で物を投げ、荒れていた。


 ツグロはつくづく、どうでも良い男だ。

 しかしそれでも、自分の周りの男は全て

 自分を可愛いと褒め、チヤホヤするべきなのに。


 ”好きな人にだけ愛されたい”

 そう思う人間もいるだろうが、

 カアラは真逆のタイプだった。


 ハンサムや家柄が良い者はもちろんだが、

 どんなに身分が低くても不細工でも

 全ての異性に高い関心を持ってもらうことに

 自分の価値を見出していた。


 ツグロはまず、自分に申し込むべきだった。

 そうしたらちゃんと、丁寧に断るから。

 その(あと)仕方なく、アイレンに求婚すれば良かったのだ。


 このままで済ませるわけにはいかない。


 令嬢たちを見返すためにも、

 ツグロたちの結婚をなんとか壊さなくては。


 実際はそんな話、まったく存在していないにも関わらず

 カアラは固く決意したのだった。


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