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【完結】吉祥天姫~地味な無能令嬢と馬鹿にしてますが、実は完全無敵のラッキーガールです。嫌がらせは全部跳ね返し、最強のイケメンに溺愛されてます~   作者: enth
第三章

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79 アイレンの正体

 このような有事に対し、

 何も出来ない自分の無力さを嘆くジュアンに

 アイレンは笑顔で返したのだ。


 ”自分たちのような者こそ頑張る時だ”、と。


 アイレンは真っ直ぐな瞳で言った。

「確かに私たちは問題に対し、

 直接それを解決する能力は持っていないわ。

 でもね、何か困難なことが起きた時、

 問題解決と同じくらい大切なことがあると思うの」


 ジュアンは首をかしげる。

 争いにしろ、病気にしろ、何かしら問題が起きた時、

 それを解決するのが一番大切なことではないのか?


 アイレンは少し悲し気に笑いながら言う。

「もちろん、トラブルを解決すべく尽力するのは必要だけど。

 世の中、問題なんてたくさんあるし、

 決着が付かないケースもあるでしょう?

 解決が全てだとしたら、私たちずっと不幸なままだわ」


 ジュアンはだんだん理解し、その顔に明るさが戻る。

「問題解消の対処とは別に、

 私たちが出来ることがあるってことね?」


 アイレンはうなずき、親友の手を取って外に向かう。

「さあ、始めましょう。

 動かなければ始まらないわ」


 ーーーーーーーーーーーー


 そこからアイレンは、いつもの尋常ならぬ行動力を見せた。

 まずは問題に直接対応している人を支援するには。


「ねえ、恐怖が悪鬼を生み出し、

 妬みや恨みが妖魔を作り出すというなら。

 逆の感情はどうなのかしら?」


 そう思ったアイレンは、

 人々の恐怖を薄れさせる策を提案したのだ。


 それは天満院のあらゆる伝手を使い

 四天王や武家の活躍だけでなく

 餓者髑髏(がしゃどくろ)と対峙しているレイオウ達の戦いも

 きちんと世間に伝える、というものだった。


 今起きていることを正しく知らしめることで、

 ”敵は倒せる、自分たちはきっと勝つ”という希望を与えるのだ。


「余計に恐怖を覚える者もいるのではないか?」

 そう心配する者もいたが、

 敵の恐ろしい姿や凄惨な戦いを見せるわけではない。


 どのような敵を、どうやって倒したか、

 そういった事実を積み重ねていくのだ。


 そして同時に僧家が浄化し破邪で守ってくれていることも

 ”妖魔の侵入率1パーセント以下”

 ”除霊した悪鬼の数 数百”といった

 具体的なデータとして数字で(あらわ)した。


 もちろん同時に被害状況もきちんと伝える。

 妖魔や悪鬼の特性を知り、

 身を守る方法や発見時の対処法など

 みなが知識として蓄えておけるように。


 対処法や万が一の時の救済処置があることを知れば

 人々の不安はだいぶ和らぐことになる。


 それは、またたく間に効果を出していった。


 人々の間に、恐怖や不安が安堵に代わり、

 さらには感謝や希望の気持ちが増えたのだ。


 不安や恐怖に負けないこと、

 自分やみんなの暮らしを維持することが

 今回の危機に対する最大の”対処法”と知り、

 冷静にかつ前向きに事態をとらえる者が増えていく。


 行動開始から数時間。

 それはあり得ない、奇跡のような展開だった。


 ……そして。


 天帝の部屋では、真っ暗に染まりつつあった地系図に

 だんだんと光が広がっていった。

 それをじっと見つめていた天帝は、

 やがて起き上がり、側にいる天帝妃に声をかけたのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


「いまだにカアラを吸収しないのは何故だ?」

 レイオウは餓者髑髏(がしゃどくろ)を切り刻み

 シュウシュウと音を立てて浄化させながらつぶやく。


 カアラを包んだ肉包はぶよんぶよんと動くばかりで

 まったく切ることは出来なかったが、

 それ以外の部分はあっという間に消滅していった。


 とはいえ時間が過ぎれば、

 それはどんどん増殖し、再び無数の遺体が姿を現すのだが。


「まあ、この中にカアラが?!」

 その声を聞き、さすがのレイオウも目を見開いて振り向く。

「アイレン!? 何故ここに!」


 餓者髑髏(がしゃどくろ)が上陸したこの危険な小島にアイレンが来ているのだ。

 レイオウはすぐに、アイレンの横に立つ八部衆を睨みつけて声を荒げる。

「常に最も安全な場で守れと言ったはずだ!」


 怒るレイオウを前に、”琵琶”も”太鼓”も申し訳なさそうな顔をしたが

 それを遮るように前に出て、アイレンは口をとがらせて言った。


「私がそう決めて、天満院家の船を使ってきたのよ。

 彼らはもう、何度も止めたわ。

 でもね、”行かせてくれないなら結婚なんてできない”って脅したの」


 悪戯っぽい顔でとんでもないことをいうアイレンに、

 レイオウは激しく動揺し、その両肩を掴んで問いただす。

「な、なんでそのようなことを言う!」


 アイレンは笑顔で、レイオウの頬に手を伸ばした。

「私は貴方と共に生きると決めました。

 ”安全なところで、何もしなくて良い。一人で戦える”

 以前、貴方はそう言っていたけど、

 それは私にとって幸せではないの。

 貴方が戦っている時は、私も一緒に戦います」


 反論しようとして、レイオウは父と母の言葉を思い出した。


「討伐は俺だけで充分。

 だから俺の”(つがい)”に能力は不要だ」

 と言い切ったレイオウに、父王は苦笑いで答えたのだ。


「お前のその望み、我が許したとしても

 絶対にそれを許さぬ者が現れることを予言しておこう」


 そして母である北王妃に対し

「俺の代では、妻である妃に戦いなどさせるものか!」

 と言ったのに、それを否定されたのだ。


「私は北王様と共に戦えて嬉しかった。

 愛する者の役に立ちたい、

 守りたいと思う方が自然でしょう?」


 そして父も”かすり傷すら負わせたくない”と

 必死に母の出征を止めたが、

 母の意思の方が強かったと言っていた。


 黙り込むレイオウに、”琵琶”が静かに言った。

「アイレン様にもし、身の危険が及ぶようでしたら

 すぐに引き返すつもりではありました」

 その言葉の意味を知り、再び驚愕するレイオウ。


 つまり、ここに来るまで

 危険なことは()()()()起きなかったということだ。


 ”太鼓”も崇拝するような目でアイレンを見ながら告げる。

「鬼も妖魔も平伏し、道を開けたのです。

 そうです……間違いございません。」

 レイオウは、両肩をつかんだままアイレンを見つめた


 この小島には餓者髑髏(がしゃどくろ)に呼び寄せられた

 たくさんの悪鬼や妖魔が溢れていた。

 それらに遭遇しつつも、彼らが畏まって通したということは。


「アイレン。やはり君は……」


 吉祥天なのか。

 そう言いかけた時。


 アイレンの視線が餓者髑髏(がしゃどくろ)へと移った。

 会話をしている間に、その体はだいぶ増殖され

 見上げるほどの巨大な”遺体の塊”と化している。


 その上方には相変わらず、

 ”心臓”として大きな(こぶ)が付いていた。


 しかしアイレンは恐れることもなく、

 困惑したような顔でつぶやいた。

「中でカアラが苦しんでいるわ……」


 レイオウが両肩の手を外すと、

 アイレンはゆっくり餓者髑髏(がしゃどくろ)へと近づく。

 そして呼び掛けるように言ったのだ。

「カアラを返してくださらない?」


 ぶよんぶよんと伸縮を繰り返していた”心臓”は

 急にその動きをピタッと止めた。


 そしてブブブブブ……と細かく振動した後。

 パシャン! とはじけたのだ。


 赤黒い臓腑のようなものと一緒に、

 カアラが落ちてくるのが見えた。


 ”太鼓”がすぐに風圧でそれを受け止め

 落下の衝撃を和らげる。

 ”琵琶”がすぐに駆け寄り、

 ドロドロのカアラの様子を確認しながら言う。

「……ご無事ですわ。今、回復いたします」


 やがてカアラがうめき声をあげた後、意識を取り戻す。

「……あれ……私……化け物に潰されて……」

 そう言いながらゆっくりと上体を起こした。


 ”琵琶”が優しい声で彼女に説明する。

「もう大丈夫です。無事に救助されましたわ」

 その横に立つ”太鼓”も不思議そうに言う。

「取り込まれる前で良かったな。

 ……何故(なにゆえ)、吸収に時間がかかったのかは分からんが」


 するとカアラを支えていた”琵琶”が何かに気付いた。

「あら、何か手の中に握ってらっしゃるの?

 ……まあ、それって」


 カアラが手の平を開くと、中には丸い石が入っていた。

 それはカアラが吉祥天になりすますために、

 ピーターにねだったソープストーンだった。


 婚約指輪の予算で購入されたことを理由に

 これが婚約指輪になる、と聞かされ

 怒り、絶望したカアラだったが。


「とてつもなく深い愛を感じますわ。

 これを貴女に贈った方は、

 心の底から貴女を愛していらっしゃるのね」


 レイオウが納得が言ったようにつぶやいた。

「”愛情”か。それならば、吸収されにくかった理由もわかる。

 この餓者髑髏(がしゃどくろ)には最も相容れぬものだからな」


 餓者髑髏(がしゃどくろ)は、カアラの深い(ごう)に惹かれ取り込んだが

 その中に”愛情”が隠されていたため、

 なかなか吸収することができなかったのだ。


 手の平の石を、カアラはぼうぜんと見つめていた。

 カアラを守ったのはこの石とピーターだった。


 経緯や理由はどうであれ、

 ピーターはこれに愛を込めてカアラに贈ったのであり

 今もその気持ちに変わりはないのだ。


 言葉が出ないカアラに、アイレンが言った。

「本当に素敵ね、カアラ。

 この世のどんな宝石よりも価値があるわね。

 それを贈られた貴方を心から羨ましいと思うわ」


 それは、カアラがずっとずっと聞きたかった言葉だった。

 アイレンに自分を一番だと認め、羨ましがって欲しかった。


 そしてその言葉をやっと聞けたことで気付いたのだ。


 アイレンと張り合う無意味さを。

 彼女に羨望されたとしても

 自分はちっとも満足などできないことも。


 声をあげて泣くカアラを見ながら、

 アイレンは心配そうに見ていた。

 そんな彼女を横目で見ながら、レイオウは思った。


 彼女が何者であるか、という話は後で良い。

 今はこの餓者髑髏(がしゃどくろ)を倒すのが先だ。



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