77 ”能力”の有無
「やはり、倒し難いという伝承は本当であったか」
飛龍へと変化したクーカイは
息を切らせながらつぶやく。
クーカイが追いかけた一部はこの島の海岸へ落ちた。
そしてものすごい勢いで増殖を繰り返し、
あっという間に元の大きさの半分くらいになったのだ。
どんな攻撃もある程度の効果はあるが、
完全に滅することは出来ないでいた。
一度に全ての遺体を攻撃・浄化するなど
単身の身では至難の業なのだ。
「……しかし、必ず倒してみせようぞ」
”心臓”のある本体へ向かおうとするそれの前に
クーカイは立ちふさがった。
そして天に向かって吠えると、
たちまち雷鳴が響き渡り、
光の雨のように餓者髑髏の塊へと降り注いだ。
そしてその体に向かって青い炎を吐き出す。
たまらず餓者髑髏の死体たちは叫び声をあげる。
さらには真っ黒な炭と化した餓者髑髏の塊を
頑丈な龍の尾を持って叩き潰す。
粉々になったのを確認しながら、
クーカイは荒く息をしながらつぶやいた。
「……やったか?」
しかし。
残骸の中央に残されたわずかな部分が、
ブクブクと泡立つように膨れ上がってくる。
それはあっという間に何体かの死体へと姿を変えた。
クーカイはさすがに悔し気に顔をゆがめた。
また、再生してしまうのか。
”俺には、レイオウほどの能力は無い、ということか”
唇をかみしめるクーカイ。
しかし。
クーカイは己を奮い立たせて立ち上がる。
「何度でも倒そうぞ! この身が果てるまで!」
そうしてもう一度、攻撃しようとした時。
「皆の者! 一斉に弓を引け!」
手練れの戦士たちが放つ矢が、
餓者髑髏に突き刺さっていく。
クーカイが振り返ると、
そこには武家の兵たちが乗った船が見えた。
先ほどのクーカイの”光の雨”を見て、
こちらに船を進めてきたのだ。
舟の上に行き、クーカイは叫んだ。
「解毒できぬ者は船から降りるな!
こやつの毒素は想像以上に強い!」
船上で頭である八幡守当主が
クーカイを見上げながらうなずいて言う。
「策あらばご指示を、東王門様。
我らは弓矢と槍、そのほか飛び道具を有しております」
クーカイはうなずき、彼に命じた。
「我のみでは圧倒的に”浄化”が足らぬ。
そのため、攻撃だけでなく穢れを払う効果を持つ
焙烙火矢を用いて欲しい」
そして他の兵たちに告げた。
「やみくもに攻撃しても矢と体力の無駄になる。
目の良いものを前に出し、必ず死体の頭を狙え。
一撃で仕留められるよう努めるのだ」
そして手短に、それぞれの兵に任務を与えた。
「では、いくぞ!」
クーカイは飛び、すでに元の大きさへと戻った
餓者髑髏へ向かって行く。
そしてもう一度、全ての攻撃を浴びせたのだ。
だが今回は、船からの援護があった。
破魔の力を持つ焙烙火矢が放たれ
霧雨のように浄化の作用を持つ水が降り注ぐ。
どんなに小さな魔物も逃すまいと、
破邪の香料が大量に撒かれていった。
「見ろ! 白く変わっていくぞ!」
今までと違い、粉々になった餓者髑髏は
シュウシュウという音を立てながら分解されていく。
そして最後にはきらめく光の粒となって天に昇って行った。
破壊とともに浄化されたことで、
無数の使者たちは成仏していったのだ。
全ての力を出し切ったクーカイが、
よろけながらも船上の兵たちを労いに向かう。
その姿を見て、兵たちは片膝をついて迎えた。
「よくがんばってくれた。深く御礼申し上げる」
クーカイの言葉に、八幡守の当主は頭を下げたまま答える。
「東王門の王子とともに戦える誉れ、
我らにとっては何よりの褒美でございます」
お世辞だと思い戸惑うクーカイに、他の武将もうなずく。
「かねてより、東王門の王子は特出して用兵に優れ、
また兵を守るお心が強い、と噂になっておりました」
その通りだ、という顔で兵たちもうなずいている。
確かに、レイオウは孤高の存在だ。
側に置くのも八部衆のみと限定しており、
大きな軍隊に指示を出したりはしない。
だから戦場において兵士たちが
信じ頼るのはクーカイのほうだったのだ。
クーカイは口元をほころばせる。
これまで、レイオウの才能を認めつつ、
やはり悔しかったのだ。
龍という神に近い存在であるに関わらず
二番目に甘んじていることを
心のどこかで恥じ、不満に思っていた。
そして、常に自分の力不足を責め、
がむしゃらな精進を欠かさなかったのだが。
”でも、俺には俺の才能があったのだな。
まだまだ上を目指さねばならないと思っていたが、
この力はすでに充分に足り得ていたのだ”
クーカイは、”能力”の高さ、低さに
翻弄されていた日々から解放されたのだ。
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アヤハは傷だらけになって戦っていた。
「もう! 切っても焼いても復活するんだから!」
飛んでいった餓者髑髏の一部は
大きな木に突き刺さった後、
毒素をまき散らせながらその木を枯らし
周囲に広がる草原までを腐敗した土地に変えていった。
それを食い止めるために、
アヤハは餓者髑髏ごと、
広域を”清廉なる炎”で焼き切らねばならなかったのだ。
プスプスと煙をあげていたその塊は
またもや徐々に元に戻っていったのだ。
「もう! 何回目よ!」
言いながらも、アヤハは理解していた。
自分には、あの塊を全て滅するほどの力はないことを。
今の彼女には、ふたたび毒素を吐き出させないように
何度でも燃やすことしかできなかった。
息を切らしながら、思わず涙ぐむアヤハ。
”能力なんて要らなかった。
普通の家に生まれたかった”
自分が飛びぬけて強いことが誇らしかったのは
小さなころまでだった。
父である南王や母、そして臣下たちが
素晴らしい! と褒めてくれるのが嬉しくて
つい頑張り、出来る限りの力を見せたものだ。
しかし成長するにつれ、だんだん苦しくなっていく。
最も大変だったのが、結婚を意識した時だ。
アヤハの婚約者は、同族である南王門家の者だ。
自分につけられた守護騎士と
彼女は恋に落ちたのだ。
一族内で結婚するメリットは少なく、
しかも相手は下位の階級の者。
自主自律をモットーにする彼らはあっさりと許可したが、
それには多大な責任も伴ったのだ。
つまり、アヤハが他の四天王家と婚姻を結んだ場合と同等の
戦果やコネクションを自力で得なくてはならない。
そのため、愛する彼は休む間もなく世界を”飛び”まわっている。
確かな実績を残し、他の四天王と人脈を作る。
アヤハが他の王門に嫁いで得られるメリットを
彼は作り出そうとしているのだ。
”せっかく婚約したけど、ずっと会ってない。
普通に誕生日を家族で祝って、
イベントの日は恋人と過ごせる。
そういう普通が欲しかったなあ”
そんな事を思いながらも、体は動いた。
長年の厳しい鍛錬の成果だろう。
魔物が再生しきったところを、
また業火で包み込むために空へと羽ばたいた。
”諦めちゃダメ。今度は真上から焼いてみよう”
そして、下を見て驚いた。
「……お墓があったのね」
木々の先には、美しい花畑に囲まれて、
いくつかのお墓があったのだ。
「良かった、あそこに被害が出る前で」
誰かの大事な人が眠る、大切な場所なのだ。
花畑は規則正しく並んでおり、
手入れもされているところを見ると
この墓の主の家族は、定期的にこの小島を訪れているのだろう。
かつては人が住んでいたという、この島。
無人となった今でも、誰かの思い出は残っているのだ。
”良かった。私に力があって”
アヤハは改めて思った。
”能力あるからこそ、大事なものを守れる。
誰かが嘆き悲しむのを
少しでも減らすことができるのね。
こんな初歩的なこと、忘れちゃうなんてね”
そして、下方にある餓者髑髏を見下ろす。
すっかり元の大きさへと復活し、
今にも毒素を噴出しようとうごめいていた。
アヤハは攻撃を繰り出そうと強く羽ばたくが。
「痛っ!」
何度も酷使したため、翼に激痛が走った。
それでも大きく息を吸い込んで、
再び羽を動かそうとした、その時。
日差しがいきなり陰り、驚いて上を見ると。
そこには茶色と黒の、大きな鷹の翼が見えたのだ。
アヤハは驚きで声も出なかった。
”まさか! どうして? ここに?”
心の声に答えるように、穏やかな声が聞こえる。
それはアヤハがずっと聞きたかった声だった。
「南方の悪鬼は俺が全て滅した。
四天王家の各将軍の信頼を得ることも出来た。
後は最も大事な仕事……君を守ることだ」
「あら、守るだなんて不要だわ。
まあどうしてもというなら
一緒に戦ってあげてもいいけど?」
涙ぐみ鼻声になりつつも、
アヤハはツンとすまして言い返す。
彼にはずっと、今まで通り、
”気が強くて生意気”でいたいのだ。
好きな人に対してのみ、
ツンデレの極みのような彼女が
よくもまあ無事に婚約できたものだが、
ひとえに彼が極めて寛容であり、
包容力のある男だからだろう。
彼が居れば安心だ。アヤハは安堵していた。
南王門の守護騎士の中で最も実力を有しており、
攻撃力は王家に勝るとも劣らないと言われている男だ。
「……では姫様。俺が総攻撃をかけるので、
姫様は浄化に集中してください」
雄々しい翼をはためかせて言う婚約者に
アヤハはうなずきかけて、言い直させた。
二人の時は、姫君でなく、
名前で呼ぶ約束をしたのだから。




