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7 後悔と焦り

「何が”帝都の警視に捜査を頼む”、だ!

 くだらない脅しをしおって」

 素野原氏は自宅のソファでふんぞり返りながらつぶやく。


「まったくですわ。

 ツグロが盗んだ証拠は、何もないんですもの」

 母も不満そうな顔で同意する。


 しかしツグロ自身は、

 ”どうしてこんなことに……”と思い、

 部屋の隅で震えていた。


 両親が言う通り、あのシグネットリングは

 ツグロが自分の”能力”を使って盗んだのだ。


 彼の能力とは

 ”短い時間、狭い範囲で

 目にも留まらぬ速さで動くことができる”

 というものだ。


 幼い頃から両親と兄に、

 ”くだらない”だの”情けない”と言われてきたため

 ツグロは常に強い劣等感を抱えて生きてきた。


 そんなアイレンとその家族、

 そして彼らの周囲の華族は

 ”つまらない能力などではない”

 ”きっと生かせることがある”

 ”能力が人間の全てではない”

 などと優しく励ましてくれていた。


 しかしそんな言葉は、ツグロには届かなかった。

 ”どうせアイレンが無能だから、そんなことを言うのだろう”

 くらいに考えて、卑屈な笑みを浮かべるだけだったのだ。


 だから”自分の能力を生かして”、

 あの時アイレンからシグネットリングを奪ったのだ。


 アイレンがジュアンに、

 自分のシグネットリングを見せていた。

 あれを持ち歩いていることに驚いたが、

 千載一遇のチャンスだ! と即座にひらめいた。


 説得するふりをして両肩に手を置き、

 それを下にすべらせるついでに、鞄から取り出す。

 そしてすぐに自分のポケットにしまい込んだ。


 ものすごく緊張したが、とてもうまくいった。

 離れた場所で取り出して見た時、

 初めて自分が素晴らしい力を持った人物だと思えたのだ。


 明日になったらアイレンのところへ行こう。

 きっと無くしたことを嘆いているはずだ。


 そして数日頃合いをみて、見つけたことを報告しよう。

「毎日ずっと、必死で探していたんだ!」

 そう言いながら。


 アイレンはきっと感激し、

 深く感謝してくれるだろう。


 そのタイミングでロマンチックに花束を捧げて、

「君にはこれを。

 指輪はこのまま、僕が持っていても良いかな?」

 と尋ねるつもりだったのだ。


 当初の計画では、その程度のものだった。


 しかし帰宅した日の夕食時、

 両親と兄がいつものようにツグロを

 ”出来損ないの不要物”と侮辱した時、

 我慢できずに叫んでしまったのだ。


「そんなこと言ってもいいんですか?

 僕は将来、天満院家の者になるんです!

 そうしたらこんな家……」

「あーはっは! 何を言い出すかと思えば!」

 兄が遮るように言い、両親も大笑いをしたのだ。


 怒りに我を忘れたツグロは、

 テーブルの上にケースを出した。


「……それは……まさか」

「アイレンのシグネットリングです!」


 黙り込む三人を前に、ツグロはそれを見つめながら

 ”明日のプロポーズは絶対に成功させてないと”

 と思いつめていた。


「……これ、どうしたの?」

 ケースを開いて見ていた母がポツリと言う。

 もらったんだ、と言いたかったが

 さすがにすぐにバレるだろう。

 ツグロは言葉が出てこず、視線をそらした。


「もらう、ということはあり得ないな」

「確かに、そうだな」

 兄の言葉にツグロがビクッと肩を震わせると、

 追い打ちをかけるように父も断定する。


 さらに母は、口元にふっと笑みを浮かべて

 バカにしたような口調でつぶやいた。

「あの子、ツグロなんてまるで眼中になかったもの。

 昔も、今もね」


 長い沈黙の後。


 父がゆっくりとツグロに向きなおって言ったのだ。

「……確かに、お前は出来損ないではなかったようだな」

 いきなり褒められ、ツグロは困惑してしまう。


「そうね。褒めてあげても良いわ」

 母も含み笑いでうなずく。

 その目は異様に輝いていた。


「初めて役に立ったな、お前の能力が」

 兄の言葉に、ツグロは全てバレていることを察した。


 全力で否定したかったが、

 混乱する頭では何も思いつかず、

 出てきた言葉は情けないことに

「ひ、拾ったんだ! ホントなんだ!」

 というものだった。


 そんなツグロを相手にもせず、

 他の三人はいきなり相談を始めたのだ。


「拾ったお礼に結婚して、などと言っても

 ダメでしょうね……」

 母に自分の甘い考えを叩き切られ、

 ツグロは泣きそうな気持で何も言えなくなる。


「そりゃ断られるに決まってるだろう。

 もっと手堅く迫るのだ」


 彼らは考えた。

 手に入れるのは大変困難であり、命がけだったこと。

 そのためには、崖の途中で落ちていたことにしなくては。


「あの娘は、どこに向かっていたのだ?」

「リオの楽団が滞在していた宿です」

 ツグロが答えると、兄が嬉しそうに叫んだ。

「ちょうどいいじゃないか。

 つり橋の所に、かなり険しいガケがあるだろう」


 そうして場所が定まり、どんどん計画は進んで行く。


 ”大けがをしてまでシグネットリングを取り戻した”

 そんな風に、まずは情に訴えかけてみる。


 それでもダメだった時は、

 あの道徳観念が強すぎる偽善者ぶった一家に対し

 ”恩知らずの恥知らず!”

 だと責め立て、義理を果たすように促す。


 それでもまだ、言うことを聞かないなら。

 ”指輪の返還を拒否する”


 従わないと、この指輪を失うことになる。

 そう脅すのだ。


 4人でウキウキと、そう取り決めたのに。


 何一つ、上手く行かなかったのだ!


 そもそもアイレンはあの道を通ってなどいなかった。

 誰かが拾って投げ捨てるには、

 ”見つけた”と言ってしまったタイミングまでの時間が無さすぎる。

 すぐに追いかけた……なんて言わなきゃ良かった。


 それに、”警察に届け出”ってなんだよ。

 遺失物扱いにするなんて。


 ”拾った”と言ってしまった以上、

 提出に応じなくてはならなくなったのだ。


 そもそもなんで、すぐに警察があの家に来たんだ?

 いつもは見回りで不在がちのくせに。


 帰り際、たまたま近くに居て良かった、なんて話してたな。

 アイレンはいっつも、運が良いんだよな……。



 それに対して、僕はなんて不運なんだ。


 ツグロはそう思いながら、

 憤慨し、文句をダラダラ言っている両親を横目で見る。


 今の状況を、父も母もわかっていないのだ。

 あの人たちは他人を馬鹿にしすぎているから。


 ツグロは、あの時のことを思い出す。

 アイレンに対し、

「なんの”能力”もない君はしょせん無力だ」

 と言い、従わせようとした時。


 ものすごい力で後ろに吹き飛ばされ

 床に転がってしまったのだ。


 自分を見下ろしながら、アイレンの父がつぶやいた。

「アイレンに”能力”が無くとも、

 そのアイレンを多くの”能力者”が守っていることを忘れるな」


 そして冷たい声で、素野原夫妻に向かって宣告した。


「今回の件は、紛失の時点から詳細な調査をしてもらう。

 もちろん最高と言われるレベルの”能力”を使って」

 ツグロの両親は不満の声をあげようとするが、

 アイレンの父の厳しい目を見て、尻込みしてしまった。


 そして今度はツグロに告げる。

「君には調査に協力してもらうことになる。

 この部屋での会話はすでに記録してある。

 昨日から今日まで、どう過ごしていたかも

 話してもらおうか。

 今後、捜査状況との違いがあれば、

 厳しく追及されることになるだろう」


 ツグロは恐怖でめまいを起こしそうになる。

 さっきと証言を変えるわけにはいかない。


 しかしちょっと調べれば、

 昨日の午後は友だちの家で集まって遊んでいたことが

 バレてしまうだろう。


 矛盾点を次々に追及され、厳しい尋問を受けるのだ。

 それだけじゃない。

 真実を自白させることのできる能力者だっているし

 過去の出来事を映像として再現できる者だっている。


 ツグロは、アイレンの父の言葉を思い出す。

 ”能力を犯罪に使った華族の成れの果ては 恐ろしいものだ”


 自分もおそらく、とんでもない罰を受けるのだろう。

 しかし共犯となった両親も、ただでは済まないはずだ。


「どうした? ツグロ」

 ツグロが暗い目で自分たちを見ていることに気付いた父が、

 片眉をあげて声をかける。


「……でも、もし。僕が捕まったら……」

 そう言いかけたツグロに、

 父は片手をふって笑った。

「まあ、そうなっても気にするな」


 母も、どうでも良いというように肩をすくめて言う。

「そうよ。そうなったらもう、仕方ないじゃない」

 あまりにも諦めのよい態度に、ツグロは驚いた後。

 すぐに気が付いて戦慄する。


 父がニヤリと笑って言ったのだ。

「その時は、こう言えばいいのだ。

 ”私は知らなかった! 

 我が子を信じていただけだ”ってな」


 不正がバレたら、ツグロを切り捨てるだけ。


 彼らにとっては最初から最後まで、

 利用できないものは我が子でも

 ”出来損ないの不要物”だったのだ。



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