66 吉祥天探し
丞相の悪事が落ち着いた後、
世の中は”吉祥天探し”で盛り上がった。
”吉祥天様がご降臨されたのは本当だった。
しかし、それが誰かはわからない”
宮廷内での犯罪よりも、
そちらのほうが人々の強い関心を引いたのだ。
みな顔を合わせると、
”自分は違う”、”あの子はどうだ”、と
推測し盛り上がっていた。
”吉祥天の条件”に当てはめながら。
吉祥天様は決して、人にも鬼にも攻撃はしない。
そしてどのような悪鬼も、吉祥天様を襲わない。
全てに対して平等であり万能の吉祥天は
特出した”能力”を有してはいない。
”能力”の件があるため、
平民たちは目を輝かせて身内を詮索し
妖魔に襲われないかどうか試すため
子どもを危ない目に合わせる親が増えてしまった。
そのため急遽、帝都のいろいろな場所に
”安全に試せる場”が用意されたのだ。
それは籠に入れられた”豆鬼”の前に立つ、というものだ。
妖魔のうち最弱といわれる”豆鬼”は
とても臆病であるため、
少しでも人が近づくと小石を投げてくるのだ。
たくさんの人々が”我こそは!”という顔で試した。
そして我が子を試す親もたくさんいたのだが。
ポンポン。
ポン…ポンポン。
誰が立っても、赤子をそっと前に置いても
”豆鬼”は小石を籠から投げつけてきたのだ。
しかし、ある日。とある下町で。
「おい! 見てみろ!
”豆鬼”が投げないぞ!」
目の前に立った少女に、”豆鬼”はじっと動かないのだ。
やがて少女は、悲し気に笑い、
手に下げた鞄から小さく奇妙な生き物を取り出した。
毒々しい緑や紫が混ざり合った色に
頭部に何本かトゲが生えている。
「なんだありゃ? ……妖魔か?!」
安全のために配置されていた武官が近づこうとすると。
片手で制しながら、少女がそれを止めたのだ。
「来てはなりません!
この子を怒らせてしまいます!
私は……大丈夫ですから」
そして彼女は、大きな瞳を潤ませて皆に語り出した。
「私は幼い頃から、妖魔に襲われたことはありません。
それどころか、とても懐かれてしまうのです」
手のひらの妖魔を撫でながら、少女は語った。
離れた場所に立っていた彼女の母親もうなずいて言う。
「この子は生まれつき、
本当に不思議な子だったのでございます。
容姿に優れており、人々に愛されたため
”魅了”の力を持っていると言われてきましたが……」
少女は切ない顔で、涙をこぼしながら言う。
「私っ、一度も”魅了”? っていうのを
使ったことがないんですっ!
ただ、皆さんが勝手に好きになってくださって……」
たしかに少女は、なかなか可愛い顔をしていた。
明るい茶色の巻き毛に、つんと突き出た赤い唇。
フリルのついた洋装をまとう姿は
”男に好かれる”という話に十分な説得力を持っていた。
少女は怯えたような、どこか甘えた声で言う。
「妖魔になつかれるとバレたら、
”お前は妖魔の仲間か”って、
みんなに嫌われちゃうと思って、今まで言えなくて」
人々はざわざわと話し始めた。
まさか……もしかすると……
見守っていた武官がカアラに尋ねる。
「上官に報告したいのですが。
お名前をお聞かせ願えますか?」
少女はとびっきりの笑顔で答えた。
「カアラと申します」
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「では、後日あらためてお話を伺います」
そう言って武官は戻っていった。
彼はすっかりカアラの”魅了”にあてられ、
「いやあ! 君で間違いないよ!
本物の吉祥天は君だったんだ!」
と公衆の面前で騒いでくれたのだ。
カアラは母親と顔を見合わせ、ほくそ笑む。
手のひらに乗せていた”妖魔”は
突起のついた紙細工を付け、
塗料を塗りたくったネズミだ。
”豆鬼”が襲ってこなかったのは、
僧家で育ったカアラの母が教えてくれたのだ。
”豆鬼”は本当に弱いため、実は”魅了”が通じる、と。
あの幽鬼に好かれてもメリットがないことから
知っていても役に立たない知識であるため、
一般的には知られていないトリビアだった。
”とりあえず、上手くいったわ”
彼女は絶対に、吉祥天にならなくてはいけないのだ。
このままではあと数カ月で、
中年の脂ぎった親父に嫁くことになってしまう。
毎日気が狂うような焦りを感じていたカアラは
吉祥天の騒ぎを知った時、
これだ! と思いついたのだ。
”吉祥天と認められれば、結婚せずに済むわ!
人々から崇拝されて、特別扱いされて。
間違いなく権力者の妃として選ばれる!”
彼女の頭の中にはレイオウが浮かんでいた。
北王門家の嫡男には、あんな地味な女より
吉祥天のほうがはるかにふさわしいではないか。
冷たくフラれただけでなく、
二度と関わるなとまで言われたのに
カアラはどうしても彼を諦めることが出来ずにいたのだ。
その日から、カアラの日常は一転した。
義父であるホフマン氏はかなり疑っていたが
”義理の娘が吉祥天かもしれない”という噂は
彼の商売に多大な利益をもたらした。
そのため、急に協力的になり、
ピーターとの話はいったん保留にしてくれた上に
いかにも彼女が吉祥天であるかのような
エピソードまで捏造してくれたのだ。
使用人や家庭教師には金を握らせて口止めし、
「いやあ、あの子が声を荒げたことなど無くてな。
もちろん人の悪口などとんでもない!」
実際には大規模な駆除作業をした後だが
「前から不思議だったんですよ。
あの子がうちに来てから、妖魔の被害がなくなって」
もちろん、””悪鬼や妖魔に襲われない姿が見たい”という
たくさんのリクエストも受けたが、
カアラは苦笑いしながら拒否したのだ。
「襲われないってわかっていても
やっぱり妖魔って怖くって……虫と一緒です。
害がない種類の昆虫でも、女の子って
見たくないし触れたくないものでしょう?」
そしてカアラは目的を達成すべく、
義父は商売のための宣伝として、
”本物の吉祥天”としての噂を
急速に広めていったのだ。
もちろん、きちんと調べられたらすぐにバレるだろう。
でもそんなことは、義父にとってはたいした問題ではないのだ。
いま稼げるぶんだけ、稼げられたら良いのだから。
後は”自分もだまされた”と言って
後妻と義理の娘を切り捨てれば良い。
しかしカアラは違った。
いつもの悪い癖が出たのだ。
それは”息を吐くように嘘をついている”うちに
それが本当のことのように自分でも思えてくる、というものだ。
”私は吉祥天よ。
魅了でモテてたわけじゃない、
誰よりも可愛いから愛されていたのよ”
さらに都合よく事実を捻じ曲げて考える。
”実際、妖魔に襲われたことなんてないもの。
そりゃあ昔、山で遊んでいた時に
妖魔が飛び掛かってきたけど……
あれはきっとアイレンを襲ったんだわ」
本当はアイレンは最後尾にいたため、
妖魔の姿すら見ていなかったのだが。
そしてカアラは、ウットリと思い出す。
”あの時、レイオウがすぐに倒してくれたんだっけ。
すばやく切り倒して、振り返って……
大丈夫か? って聞いたのよ”
正確には”大丈夫か? アイレン”だったのだが、
カアラの記憶は改ざんされている。
カアラは、追い詰められるあまり
今まで以上に現実が見えなくなっていた。
好みの対極にあるような、太って脂ぎった中年の婚約者。
大嫌いな地味女を溺愛する、地位も名誉も金もある美男子。
”そんなの、あり得ないじゃない!”
夢想に逃げるカアラの元へ、
ある日宮廷から”招待状”が届いたのだ。
「見なさい、カアラ! お呼びだしだわ!」
「おお! これはすごいぞ。
すぐに取引先に広めねば」
カアラの母と義父は大喜びしているが、
当の本人は招待状を目に浮かない顔をしている。
「どうしたの? カアラ」
母の問いかけに、カアラは不機嫌そうにつぶやいた。
「……吉祥天の条件って、もう一つあったんですって。
それを示していただきたい、って……」
義父は顔をしかめてつぶやく。
「なんだ? それは?
聞いた事がないぞ?」
「吉祥天の……証……?」
しかしカアラの母は、心当たりがあった。
彼女は幼い頃、妖魔の被害で両親を失ったが、
アイレンの母の実家である瑠璃寺家に引き取られ
一緒に育てられたのだ。
カアラの母は思い出す。
”あの大嫌いで退屈な勉強の時間……確かに教わったわ。
吉祥天にまつわる様々な事を”
「……”吉祥天は宝玉を有す”」
ぽつんとカアラの母がつぶやいた。
「宝玉? どんな玉なのだ?
ダイヤモンドか? 水晶か?」
義父がすぐさま反応する。
この分だと用意してくれそうだ、と思ったカアラは
すぐさま母親に言ったのだ。
「もちろんダイヤモンドでしょう?」
しかし母親は首を横に振ったのだ。
「宝石の類いでは無かったわ。
……ちゃんと古文書で調べましょう」
目論見が外れ、カアラはムッとしたが、
宮廷でバレては元も子もない。
本物の”吉祥天の宝玉”がどのようなものか調べて、
用意することにしよう。
もちろん。
「真っ白なドレスも必要よね、お義父様。
蓮の花のかんざしとか……ネックレスも」
美しいドレスをまとい、手に宝玉を持って。
レイオウの前にたたずめば、きっと彼は気付くだろう。
自分にふさわしいのは誰かを。
本当の美しさというものを。
そして素敵なアイディアを思いつく。
アイレンには代わりに、ピーターと結婚してもらおう。
婚約者を取り上げてしまうお詫びに、
あの脂ぎって醜い、20も年上の男を。
”私の横にはレイオウが立ち、
アイレンはあの毛むくじゃらの腕に抱かれるのね”
カアラはニタァ~と笑っていた。
母親と義父がそれに気づいてゾッとする。
まるで、邪鬼のような笑顔を見て。




