65 ケイシュンの正体
古い書物の中で、”吉祥天の降臨”は
悪鬼や魍魎が跋扈するこの世界に
平和と安らぎをもたらす、と記されていた。
彼女がこの世に現れるのは千年に一度。
降臨後には全ての邪悪な存在を一掃される……
そう残されていたのだが。
しかし天命師はその逆である、と言ったのだ。
”世界規模での戦争の始まりになる”、と。
「不吉だと? 戦争の始まりだと?
何を根拠にそのようなことを言うのだ?」
武家の一人が腹立たしげに言い、
僧家たちもうなずいている。
丞相は疲れたような声で答えた。
「では、悪鬼や妖魔のいない世界を
お前たちは想像できるか?
ただただ平和な日々が来ると、本当に思うのか?」
レイオウはすぐさま答える。
「もちろん別の問題は起こるだろう。
人々の営みとはそういうものだ。
しかし悪鬼によって理不尽に命を奪われ、
生活を破壊される者はいなくなるのだ」
天命師はレイオウを見上げてつぶやいた。
「お前たちの仕事が無くなるぞ?
崇め奉る者も、たくさんの財も失うのだ」
アヤハが怒りを含む声で言い返す。
「元より討伐で財など得ていないわよ!
むしろ討伐費用を捻出するために、
たくさんの事業を並行して行っているんだから!」
クーカイは天命師を見ながら鼻で笑って言う。
「そんなことも知らずに、
我らによく挑めたものだな」
天命師は彼らを睨みつけて言う。
「ふん、ずいぶんと余裕のあることだ。
さまざまなものを”有している”今だからこそ
そんなことを言えるのだ。
失った後、どんなに後悔しても戻らぬからな」
丞相は最後に、
四天王や僧家、武家、高位華族の面々に謎をかけた。
「なあ、なぜ吉祥天は千年ごとに現れる?
彼女が現れたら悪鬼や妖魔が消滅するのに、
なぜまた復活してくるのだろうな?」
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丞相たちが引っ立てられ、
その場がいったん解散となった後。
「で……お前は何者だ」
クーカイが恐ろしい顔で慶春を睨みつけながら言う。
「お兄様っ! この方は私を助けてくれたのです!
それにさっきも見て……」
セーランが間に入り、必死に抗議するが、
それを無視してクーカイは慶春に問い続ける。
「織田館の菓子屋……
ジュアン嬢の兄上だということは知っている。
しかし問題は出自ではない。
いま、何をしているかだ」
きょとんとした顔で聞いていたケイシュンは、
首の後ろをポリポリかきながら答えた。
「俺か? 俺は見ての通り”憑き物使い”だよ」
その言葉にアヤハを顔をしかめセーランは目を輝かせる。
「”憑き物”って……狐や犬、蛇とかの霊よね」
「まあ! 動物霊さんと仲良しなんですのね!」
その反応に、少し困惑しながらケイシュンは答える。
「仲良しっつか……どうしても懐かれるんだよ。
俺に甘えてくる奴は、もう二度と悪い事はしねえから
何も心配すること無いんだけどさ」
「珍しい”能力”だな。聞いた事が無い。
その力は生まれ持ったものか?」
レイオウが彼に尋ねると、ケイシュンは笑って否定する。
「いやー、いろいろあってさ。
長い旅の間で身に着けた技能っつか、
気が付くとそういう体質になっていた、というか」
ケイシュンは妹のジュアンと同じく、
元々は平民の出であり”能力”は持っていなかった。
しかし家を出て、諸国を旅するうちに、
動物好きが度を越えて高じ、気が付くと
高位の動物霊を扱えるようになっていたそうだ。
「まあ! 何て素敵!」
無邪気に笑うセーラン。
ケイシュンはそうでもねえよ、
と笑顔で謙遜しつつ、話を続けた。
「んで、西王門の殿様に口説かれてさ。
俺もあの人たちが気に入ったし、
あそこの家門でお勤めすることになったんだよ」
クーカイもアヤハも絶句してしまう。
西王門家の当主は”黒虎”を具現する、
かなりの強者であり、クセが強いお方だ。
あの人に気に入られるなんて、相当のものだろう。
「そ、そうか。ではここには任務で……
ああ、そういうことか」
クーカイは問いかけ、途中で気が付いた。
レイオウもうなずいて言う。
「天帝妃さまに呼ばれたのだな?」
ケイシュンは少し困惑した顔になる。
しかし四天王相手に秘密にするのも無意味と思い
ゆっくりと語り出した。
「まずは西王門家の殿様が、妹である天帝妃様に
極秘で文を出したのが始まりだ」
今の天帝は西王門家から輩出された方であり、
天帝妃はその幼馴染だった。
そのため西王門家のみ、
他の四天王よりも帝都に出入りする機会が多かった。
だから”宮廷の異変”にもいち早く気付いたのだ。
ケイシュンは残念そうに言う。
「しかし、天帝妃を通じて返された天帝のお言葉は
”黙して流れに任せよ”だったそうだ」
つまり”他の四天王には言わず、事態を見守れ”。
天帝はそう命じたのだ。
しかし。
「ご存じの通り、西王門家は”財”を司る家門だ。
元々経済の動きに敏感な家柄だもんで
すぐに異常な金の流れを察知したんだよ」
丞相が最北で”天衣翡翠”を掘り当て
それを資金源にしていることも。
「ただの金もうけって感じじゃなかったからな。
殿様はもう一回、天帝妃様に書をしたためたんだ。
”これ以上黙って見守るのは
四天王としての責務を放棄することになる”と」
するとやっと、天帝妃は本音を告げたのだ。
この紫禁城で、孤立無援になっていること。
天帝の身が本当に案じられること。
そして、宮廷がどんどん薄黒くなっていくことを。
「それでまあ、俺が遣わされたってわけよ。
他の西王門家の奴は面が割れてるからな。
俺ならバレねえってことで」
気さくに笑うケイシュンに、レイオウは尋ねる。
「このような大任を任されるということは、
西王によほど信頼されているのだな」
するとケイシュンは明るく笑いながら
とんでもないことを言ったのだ。
「信頼というより武者修行させて鍛えたいんだろうな。
”お前にはいろいろ学んでもらう”だとさ。
帰ったら今度は王院でのお勉強が待ってんだよ」
その言葉に、四天王たちは言葉を無くす。
ケイシュンはあまり分かっていないようだが、
王院で学ぶということは、王族の扱いということだ。
詳しく聞けば、ケイシュンはあの国で急速に位をあげ、
まもなく太尉になるそうだ。
西王門家は他の四天王家と年代がずれており、
嫡男は30代で孫はまだ生まれたばかりだ。
つまりレイオウ達と同年代がおらず、
”実戦”を行う年代がぽっかり空いていることになる。
西王の孫が成長するまで、
主だった任務を背負う者が必要だった。
ケイシュンはその”中継ぎ”に選ばれたのだろう。
レイオウは納得し、クーカイは感心していた。
セーランは彼に関する情報が続々と知れて
かなりご機嫌な様子を見せている。
そしてアヤハはひそかに、心を悩ませていた。
”うーん、地位としては悪くないけど。
お堅い東王門はどう思うかしら”
身分違いの恋を成就させるのは
とても大変なことを身をもって知っていたからだ。
”しかも今のところ、
セーランの片思いのようだし”
今度こそ幸せになって欲しい。
そう願うあまり、アヤハは一人で考え込むのだった。
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後日、事態を早々に収束すべく、
迅速に裁きが下されることとなった。
もちろん丞相の娘と孫娘は
利用されただけということで無罪だ。
しかし丞相の娘は高慢に振る舞い
人々の不興を買ってしまったことと、
買い物のし過ぎでかなり多くの財を減らしてしまった。
そのため、あの家は急速に廃れることになるが、
もともとの蓄えが大きいこともあり、
つつましく暮らすには問題ないだろう。
そして丞相と天命師は免職され、
無期限で幽閉されることになった。
国家転覆を目論んだともいえるような犯行だが、
死罪にならなかったのは、
ほかならぬ天帝が許したのだ。
天帝妃を介し、
天帝が彼らに対して告げたお言葉は。
”長きに渡りご苦労であった。
余はそなたの謀の全てが、
私欲によるものではないと信じている”。
それを聞き、皆が思ったのだ。
たとえ長きに渡り病に伏していようとも、
以前と変わりなく、
強く、優しい天帝様なのだ、と。




