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59 冤罪失敗

 吉祥天を産んだ丞相(じょうしょう)の娘は尊大となり、

 かつての学友に対して高慢に振る舞っていたが。


「なっ! なんですって?!

 あの翡翠の宝玉が盗まれたなんて!」

 丞相(じょうしょう)の娘は乳母に子を預け

 大急ぎで部屋を出て行った。

 困惑顔の夫人3人も一緒についていく。


 全員が贈り物の部屋へと戻り、祭壇を確認すると

 確かに、供えてあった勾玉が消えていたのだ。

「本当だわ! 無くなっている!」

 丞相(じょうしょう)の娘が悲鳴に近い声で叫ぶ。


 入り口にはアイレンとこの家の使用人たちが

 不安げな顔でこちらを見ていた。


「お父様にお知らせしなくては!」

 そう言って丞相(じょうしょう)の娘は出て行った。


 入れ違いに、荷物を置くように指示したあの侍女と

 侍従長が一緒に駆けて混んでくる。


 そして入り口に立つアイレンに厳しい顔で尋ねる。

「貴女が独りでこの部屋に残された時、

 誰かこの部屋へ入って来ましたか?」


 アイレンは即座に首を振って答えた。

「いいえ、()()()()()()()()()()でしたら

 誰も入っていません……でも」

「ではおかしいではありませんか!

 皆さん、勾玉を盗ったのは誰だと思われます?」


 丞相(じょうしょう)の娘の友人たちは、

 困惑しながらも首をかしげて言う。

「どうして盗ったと決めつけていらっしゃるの?

 祭壇のどこかに落ちているかもしれませんわ」

「吉祥天様への贈り物を

 盗るような者がいるとは思えませんのに」


 最初から"窃盗”だと決めつけていることを指摘され

 侍従長は一瞬戸惑ったが、

 アイレンを見ながらさらに追及したのだ。

「貴女がこの部屋で独りでいた時に失せたのです。

 それでも何もご存じないと言い張るおつもりですか?」


 アイレンは気色ばむこともなく丁寧に答える。

「いいえ、それは違います。

 私がこの部屋を出た後に失せたのですわ」


「はあ!? この部屋に居なかったのですか!?」

 目論見がはずれ、侍従長と侍女は驚いて固まる。


「ええ、あの後すぐにここから出ましたから。

 だから見張りの方にお願いして、

 部屋に鍵をかけていただいたのです」


 アイレンの言葉に、廊下にいた見張りの男が叫んだ。

「はいっ! その通りです!

 その時にはまだ、勾玉はありましたっ!」


 自分が盗んだのではない、とばかりに

 見張りの男ははっきりと宣言する。

 アイレンは彼にうなずき、言ったのだ。

「だから、私が独りでいたわずかな時間……

 まあ1,2秒ですが、どなたも入室されませんでしたわ」


 どのみち、鍵をかける時にはあったのだ。

 これではアイレンに罪を着せることが

 できないではないか。


「この部屋でお待ちくださいと言いましたわよね?

 何故、部屋を出たのです?」

 逆切れした侍女は金切り声でアイレンを責め立てた。


 すると後方から、冷たく厳しい声が響いた。

「何のつもりだ? そして何様だ?

 まさかこの家の者は

 アイレンを監禁するつもりであったか?」


 突然現れたレイオウに睨みつけながら言われ、

 侍女は息を飲んで黙り込む。


 部屋にはぞろぞろと、たくさんの者が集まってくる。

 大切な勾玉が盗まれたと聞き、

 使用人だけでなく居合わせた客人まで集まって来たのだ。


 侍従長も侍女も、後には引けぬと態度を硬化させた。

 そしてアイレンを、さらに問いただしてくる。

「では、どこにいたというのです?」


 侍女の言葉に返事をしたのは、アイレンでは無かった。

「僕だ! 僕が連れて出たのだ!

 アイレンは泥棒なんてしていない!」

「し、秀宝(しゅうほう)さま?!」


 侍従長は驚いて叫んだ。

 全力で否定したのは、この家の嫡男だったのだ。


 その後ろに立つ彼の乳母もうなずいて言う。

「その通りです。私たちがずっとご一緒していましたわ。

 この方がお一人になることなど一度もございません」


「な、なぜ……」

 激しく狼狽する侍女に、

 乳母は優し気な目でアイレンを見ながら言った。


「この方はね、秀宝(しゅうほう)様にも

 お祝いをお持ちくださったのです。

 ”お兄様になったお祝いです”って」


 アイレンは今回生まれた赤子だけでなく、

 兄弟にも贈り物を用意したのだ。


 家族も世間も”吉祥天のご降臨”で大騒ぎしている。

 それならばなおさら、

 他の子どもが寂しくないか気がかりだったのだ。


 案の定、贈り物を手渡された秀宝(しゅうほう)

 飛び跳ねて歓喜した。

 誰もが彼の存在を忘れる中、

 アイレンだけは彼に精密な馬車の玩具を

 プレゼントしてくれたのだ。


 秀宝(しゅうほう)の乳母は、

 侍女たちを見据え、威厳のある声で言い放つ。


「この家の嫡男である秀宝(しゅうほう)様がお連れしたのです。

 ついこの間、この家に来たばかりのお前たちのほうが

 上だと言い出すおつもりなのですか?」


「……そうか、そういうことか」

 レイオウは納得してうなずいている。

 この侍従長と侍女は、アイレンを陥れるためだけに

 天命師たちがこの家に派遣した者なのだ。


 脂汗を垂らし、沈黙していた侍従長。

 侍女も必死の形相で彼を見ていた。


 やがて侍従長は”最後の手段”とばかりに言い放った。

「では失礼ながら、皆さまのお荷物を調べさせていただく!

 拒否する権利は、どなたにもございません!」


 そして全員を部屋から退避させ

 連れて来た部下たちに言い渡す。


 レイオウ達は退出を拒否したが、

 それはあっさりと承諾された。

 3人が見守る中、手荷物の中身を調べている。


「……あったぞ!」


 使用人の一人が叫び、その横の男も大声を出した。

「勾玉がありました! このバッグの中にです!」


 その叫びを聞き、廊下で待っていた人々が

 ふたたび部屋に入ってきて尋ねた。

「どこにあったのです?」


 侍従長は勝ち誇った顔で、

 アイレンをにらみつけながら言った。

「天満院どの。貴女の手荷物より、

 それが見つかりましたぞ」

「えっ? 私の?」


 ええーーーっ!

 驚きの声があがり、部屋中が大騒ぎになった。


 大慌てでアヤハがかばってくれる。

「そんな! 偶然、転がり落ちて入ったとか……」

 それを鼻で笑いながら、侍従長は答える。


「こんなに離れた場所に置いてあったのに?

 勾玉が勝手に飛び込んだとでもおっしゃいますか?」


 そしてアイレンを睨みつけ、大声で怒鳴った。

「絶対に偶然などではない!

 この勾玉は盗まれたのだ!

 自分のものにせんと、

 貴女が自分の鞄に入れたのだろう!」

 そう言って、バッグを前へと突きつける。


 それをレイオウがかばおうとするのを制し

 アイレンは落ち着いた声で言ったのだ。

「そのバッグは私のバッグではありません」


 沈黙ののち、侍従長は侮蔑の表情で言う。

「この期に及んでそのような言い訳を……」

「ええ、アイレン様のバッグではありませんわ。

 ……それは私のものです」


 そう言ったのは、丞相(じょうしょう)の娘の友人だった。

 その横で他の二人もうなずいている。


「えっ! 嘘でしょう!

 だって、そのバッグは貴女が持っていたじゃない!」

 混乱する侍女に、アイレンは説明する。

「手荷物が多かったので、持って差し上げただけですわ」


 その時、丞相(じょうしょう)の娘が部屋に戻って来た。

「見つかったんですって?

 どこにありましたの?」


「母上! あの方のバッグから見つかりました!」

 息子である秀宝(しゅうほう)が叫んだ。

 アイレンは犯人ではない、と言いたいだけだが、

 指を差された夫人の顔面は蒼白になる。


 それを聞いた丞相(じょうしょう)の娘は

 怒り狂って責め立てる。

「まあ! あなた、なんてことを!

 盗みを働くなんて情けない!

 そんなに私が妬ましかったの?」


「そんなわけないでしょう!

 だいたい、私はずっと貴女と一緒にいたのですよ!」

 犯人にされた夫人は真っ赤になって反論する。


 そして怒りのあまり叫んだのだ。

「よくも誇り高き名家の私を罪人扱いしてくれたわね!

 絶対に許さないわ! 明らかにしましょう!」


 それを聞き、慌てたのは侍女と侍従長だ。

「お、お待ちください。何かの間違いかと……」


 夫人はオロオロする彼らを睨みつけて言い返す。

「”偶然入ることなんてあり得ない”と貴方が言ったのよ。

 このまま解散してしまえば、

 皆の嫌疑は私に向いたままですわ。

 必ずや真相をつき止めましょう! 今すぐに!」


 そういって警察を呼ぼうとする夫人を

 侍従長たちは必死で押し留めているが。


「このままでは名誉に関わりますわ!」

 そう夫人が叫んだ時、

 落ち着いた声が返って来たのだ。


「ではぜひ、お任せくださいな」


 皆が部屋の入り口を見ると、

 そこには青く長い髪の美少女が立っていた。


「……セーランっ!?」

「まあ! あなた、いつの間に!」

 人間の姿に戻った彼女を見たクーカイたちが声をあげるが

 それを片手で制して、セーランは続けた。


「せっかくのお祝いに遅れて申し訳ございません。

 私、東王門 青蘭(セーラン)と申します」


 あぜんと見ている人々に挨拶した後、

 セーランは彼女の後ろに立つ、

 警備の制服をまとった男たちを見ながら言ったのだ。


「本日()()()()、私を警護する者たちは

 ”指紋を鑑定できる能力”と、

 ”自白を導く能力”を有しておりますの」


 レイオウは思わず吹きだしそうになる。

 ……そんな偶然、あってたまるか、と。



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