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57 最速・最強

 産まれたばかりの孫娘の侍女に

 アイレンを任命した丞相(じょうしょう)


 彼女を自分の手元に拘束すれば、

 最大の難敵となったレイオウや四天王家が

 大人しく従うだろう、とふんだのだ。


 アイレンが丞相(じょうしょう)の御殿に招かれたのは正午。


 その2時間前に、アヤハが天満院家にかけ込んで来て叫んだ。

「間に合った? まだ家にいるわよね?」


 その問いに、玄関へと出迎えた執事が答えた。

「はい、いらっしゃいます。

 お疲れ様でした、アヤハ様」


 アヤハは目を輝かせて言う。

「あら、では私が一番最初に戻ったのね?!」


 四天王家の4人とも、日の出とともに討伐へと出立したのだ。

 ”一番早く終えた”という自信があったアヤハは

 嬉しそうにはしゃいだが。


「いや、残念ながら君は3番だ」

 そう言って奥から出て来たのはクーカイだった。


 アヤハはすぐにガックリ肩を落としてつぶやく。

「ええ、3番?! そんなに遅かった?

 ……身支度に時間がかかってしまったからね。

 討伐はすぐに終わったのだもの」


 言い訳するようにアヤハが言うと、

 クーカイもやれやれというように首を横に振る。

「俺も瞬殺したつもりだった。

 着替えもあらかじめ用意しておいたのだ。

 それでも、2番だったよ」


「え? 2番? じゃあ1番はセーラン?」

 すっかりクーカイが1番、

 セーランが2番だと思ったのだ。


 何故ならレイオウは、あり得ないから。


 彼が向かった先は帝都からはるか離れた東北の地。

 そこには以前より”無支奇(ムシキ)”という化け物が住んでいた。

 見た目は一つ目の猿、といった感じだが、

 山のように大きく、力が強い上に俊敏(しゅんびん)だった。


 荒涼とした(けわ)しい山の奥深くであるため、

 むやみに近づく者もおらず

 今までは放置されていたのだ。


 行くだけで1日かかるような場所にいる、

 今まで誰も倒せなかった手強い鬼猿。


 それを聞いた時、レイオウ以外の三人は

 心の中で”彼が間に合うのは無理だ”と判断し

 ”アイレンのことはまかせて!”と思っていたのに。


 その予想に反し、クーカイは再び首を横に振ったのだ。

 アヤハは目を丸くして、嘘でしょ……とつぶやく。

 そして奥からそれを証明するように

 ”あり得ない人物”が現れたのだ。


 きちんと正装、美しい銀髪も整えている。

 しかし眉間にしわを寄せ、考え込むような表情だった。


「レイオウ様! ええっ、討伐は?」

 思わずアヤハが叫ぶと、

 レイオウは”終わらせた”と言い、続けて問いかけた。


「なあ、青いドレスに青い靴、

 青いネックレスに青い髪飾りというのは

 そんなにおかしい組み合わせなのか?」


 一瞬の間が開き、アヤハは大きくうなずく。

 背後から現れたアイレンのメイドが

 困惑する表情で言ったのだ。


「レイオウ様がお持ちになったものは全て青なのです。

 とても素晴らしい品々ですが……

 同時に身に着けるにはちょっと」


 アヤハは察して、ため息をついた。

 レイオウはアイレンを、

 全て自分の瞳の色で染め上げようとしているのだ。


 ”万能の天才と呼ばれるこの人も、

 ファッションセンスだけは持ってないのね”

 と、ひそかにアヤハは思った。


 しかしオロオロと気遣うメイドを可哀そうに思い、

 アヤハは頑として譲らぬレイオウに言う。

「シルバーも貴方の色でしょう?

 青だけでは足らないのでは?」


 それを聞き、彼の表情が変わった。

「そうだな、銀色も組み合わせよう」

「ええ、白やグレーの(シルク)も銀色に見えるわ」


 その言葉に、メイドが救われたような顔になる。

 そうしてレイオウとともにドレスルームに戻っていった。


「……まあ、あっちは置いておいて。

 いったいどういうことなの?」

 アヤハがクーカイに尋ねる。


 彼はふう、と息を吐いた後、

 ”レイオウの討伐”を語ったのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


「最初に集められた場所に俺が戻った時、

 レイオウの見届け人として同行した役人たちが

 泡を吹いたまま転がっていたんだ」


 大慌てでクーカイの見届け人たちが

 彼らを介抱した。

 やがて目を覚ました彼らはガタガタと震えながら

 仲間に向かって口々に叫んだのだ。


「今すぐ対応を改めるよう

 天命師さまにお伝えするのだ!」

「早く心からお詫びし、許しを願うべきだと!」


 動揺しながらも、クーカイの見届け人たちは

 彼らの肩を掴んで問いただした。

「どういうことだ? お前たちは何を見た?」


 レイオウの見届け人たちは、

 視線を下に落としたまま、真っ青な顔で言ったのだ。


(すさ)まじき強さを見た」


 そして光景を思い出したように

 ガタガタと震える自分の身を抱きながら

 うめくような声で言った。


「あの方は現れた時からすでに正装をなさっていた。

 ”行くつもりがないのか”ときいたら鼻で笑われた。

 ”ちょっと立ち寄るだけではないか。

 着替えている間が惜しい”と」


 別の見届け人が、汗を吹き出しながら言う。

「まず向かう時から度肝を抜かれた。

 あの方は我々が用意した馬車を無視して、

 我々を”舟”に乗せたのだ」


 北王門家が使う移動手段だ

 見た目は舟に見えるが。


「それはするすると浮上したかと思うと、

 ものすごい速さで移動したのだ!

 圧力で床や壁にはりついて動けぬほどに!」


 彼らはそこで、気を失ってしまったそうだ。

 目を覚ました時には現地に着いていた。


「意識を取り戻したら、あの方が笑っていたよ。

 “見届け人ならば、しかと見ておれ”と。

 慌てて俺たちが船の外を見れば……いたんだよ。

 大猿の魔物が!」


 彼らが気を失っている間に、

 すでに”無支奇(ムシキ)”と遭遇していたのだ。


 それは宮廷にとどく報告書からは

 想像も出来ないほどの恐怖だった。


 小山ほどもある巨大な猿は、

 顔の中央には一つの大きな目があった。

 大きな口にはギザギザの歯が並び、

 低い咆哮をもらしている。


 しかもそれだけではなかった。

 ムシキは多数のしもべを従えていたのだ。


 うようよと歩き回る無数の悪鬼や妖魔を見て、

 見届け人たちは激しく後悔していた。

 ”俺たちは天命師様に、使い捨てにされたのだ"

 と気付いて。


 レイオウの討伐を失敗させようと

 天命師はわざとここを選んだのだ。

 見届け人の命がどうなろうと知ったことではないし、

 全滅すればそれを北王門家の責任にできる。


 邪悪な敵は崖を這い上がり、舟に向かってくる。

 ”無支奇(ムシキ)”は舟を掴もうと、

 大きな腕を伸ばしてきた。


 彼らが悲鳴をあげる中、

 レイオウは大振りに剣を振るいながら

 舟から飛び降りた。


 強烈な光の筋が縦に走り、

 ”無支奇(ムシキ)”が真っ二つになっていく。


 そして肌が痺れるような波動が広がり

 同時に化け物たちの絶叫が響き渡った。


 しばしの間の後、おそるおそる舟の外を覗くと、

 そこいらは地獄絵図のようになっていた。


 おびただしい妖魔や悪鬼の死体が転がり、

 その中央には2つに裂けた”無支奇(ムシキ)”が

 無惨な姿で転がっていた。


 レイオウはすぐに戻って来た。

 そして舟へと飛び乗って言った。

「討伐終了だ……帰るぞ」


 ーーーーーーーーーーーー


 ……そして行きよりもさらに早い速度で

 ここに戻って来たというのだ。


「たぶん音速を超えていたのだろう。

 見届け人は全員、失神してしまったからな」

 クーカイが言うと、アヤハは疲れたようにうなずく。


 そして二人とも考え込む。

 やはりレイオウは特別なのだ。

 四天王家から見ても超人的な強さを持つ天才。


 そこに、アイレンの軽やかな声が聞こえて来た。

「お待たせしました! では参りましょう」

 出て来たアイレンを見て、二人は絶句してしまう。


 眼鏡を外したアイレンはとても可愛らしく美しかった。

 しかし着ているものは、シンプルで上品な青いワンピースに、

 サファイアの付いた銀の髪留めだけだったのだ。


 後ろからトボトボとレイオウが歩いてくる。

 見るからに意気消沈している様子だ。

 そして彼は残念そうに、つぶやく。


「もっと華やかなドレスを着たら良いのに……

 ネックレスもティアラも、イヤリングだってあるのだぞ」


「そのように着飾るような場ではありませんわ」

 アイレンはさらりとそれを否定した。


 そしてションボリするレイオウを気にも留めず、

 クーカイとアヤハに声をかけ、

 アイレンはさっさと玄関へ向かった。


「遅れることがあってはなりませんもの。

 セーラン様には申し訳ありませんが、急ぎましょう」


 その後を慌てて追いかけながら

「せめて腕輪はどうだ? 目立たぬだろう?」

 とあきらめずに言うレイオウを見ながら、

 クーカイとアヤハは苦笑いするしかなかったのだ。



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