56 二人の出会い
「化け物を倒せ! 倒した者には褒美をとらせるぞ!」
見届け人の役人たちは、賞金稼ぎに向かって怒鳴った。
彼らは横たわる鵺を見て、
役人たちに先を越された、と思って舌うちする。
「ここまで来て、手ぶらで帰れないな」
「大蛇でも賞金がもらえるだろ?」
セーランは慌てて小さな腕を振ってみせ、叫んだ。
「私、大蛇ではありません!
セーランと申します!」
大蛇が丁寧に、可愛らしい声で話すのを聞き、
賞金稼ぎたちは驚いて顔をみあわせた。
そして問いかけてくる。
「え? 何? セーランだと?」
そこに役人たちが割り込んで来て叫んだ。
「こ、こいつはあの”セイレーン”だ!」
「優し気な言葉に惑わされるな!」
役人たちが矢継ぎ早に叫んだ。
確かにこの辺りは海が近く、
女の声で惑わせる”セイレーン”も生息していた。
役人たちはそれを利用し、
賞金稼ぎたちをだましたのだ。
「こんな形のセイレーンは珍しい!
高く売れるぞ、きっと」
「賞金が出るのだ、仕留めてやろう!」
賞金稼ぎたちはセーランに向かって
いっせいに自分の得物を使用した。
ある者は弓を、ある者は槍を、刀を。
「皆さん、いけません!
落ち着いて、私の話を……」
次から次へと繰り出される攻撃を
セーランは必死に避けた。
時おり切り裂かれ血を流したが
絶対に彼らを襲うことはしなかった。
見届け人の役人たちはそれをニヤニヤと見守っていた。
”これでコイツがやられれば弱さの証明になる。
もし東王門家に責められても
賞金稼ぎが勝手に勘違いした、と言えば良いのだ”
セーランは飛び込んで逃げようと、
少しずつ海へと近づいていく。
しかし刀を振り下ろした賞金稼ぎが、
勢いあまって足をすべらせ、
崖から落ちそうになったのだ。
「あぶない!」
思わずセーランはその男の上着をパクリ、と咬み
安全な場所へと降ろした。
びっくりしてセーランを見上げる賞金稼ぎたち。
しかし後ろ側にいて、それを見ていなかった者が
巨大な斧を振りかぶって、
セーランの胴を切断しようとしていたのだ!
振り返ったセーランが悲鳴をあげる間もなく。
「天狐召喚」
どこからか声が聞こえ、一陣の風が吹き
セーランの周りの賞金稼ぎたちは全て
引き離されるように引き飛ばされた。
セーランには、何が起きていたのか見えていた。
驚きつつ、急いで声の主に尋ねる。
「今のは……あなたが?」
少し離れた高台に立った男は爽やかな笑顔で、
地面に転がる賞金稼ぎたちに言った。
「お前ら落ち着け。全員、刀を収めろ。
嫌だと言うなら面倒なことになるぞ?」
大慌てで見届け人の役人の役人が叫ぶ。
「なぜだ! この妖魔をかばうつもりか!?」
それを聞いて、男は大口を開けて笑いながら返す。
「笑わせんなよ、コイツのどこが妖魔なんだよ。
怪我を負わされても必死に耐え、
死にかけた人間を救うような妖魔がいるもんか」
そして歩きながら賞金稼ぎに言う。
「お前ら騙されてんだよ。
たぶんコイツを倒して得られる金は
汚ったねえ金だぞ」
「助けていただき、ありがとうございます」
セーランは美しい声で礼を述べ、頭を下げた。
その姿に賞金稼ぎたちは目を見張った。
「お、お前は何者だ? もしや東王門家の侍従か?」
見届け人の役人はオドオドしながら、
その男の正体を探る。
もし彼がそうだったら、自分の立場が危ういのだ。
しかし、それを聞いた男はハア? という顔で
「なんで東王門が出てくんだ?
コイツと何か、関係あるのか?」
そう言ってセーランを不思議そうに見上げた。
くせの強い茶色い髪を一つにまとめ、
行商人のような恰好をしていた。
明るく大きな茶色い瞳も、大きな口も笑っている。
”……近くで見ると、ハンサムですわね”
セーランは場違いな事を考える。
その男は明るい調子でセーランに尋ねた。
「何者なんだ? 話してみなよ」
やっと話を聞いてもらえる、と思い、
セーランは安堵しながら述べた。
「私は東王門家の青蘭と申します。
この姿は”象徴の具現”なのですが、
事情がございまして、今、
人間に戻ることができないのです」
そういってやっと、首の付け根に浮き出た
”東王門の紋章”を見せることが出来た。
こんな場所にあるため、戦闘中では気付かれないのだ。
「「「えええええっーーー!」」」
男も賞金稼ぎたちも、みんな大声をあげて驚く。
まさかの大人物であり、雲の上の存在ではないか。
「ああ、なんというご無礼を!」
「申し訳ございません!」
賞金稼ぎたちはその場にひれ伏して詫びる。
しかし男は顔をゆがめてつぶやいた。
「ってことは、つまりだ。
あの役人どもはお前らをハメて、
東王門の姫さんを討伐させようとしたってことか」
見届け人の役人は、すでにいなくなっていた。
男の登場とともに、杜撰な計画の失敗に気付き
大慌てで逃げ去って行ったのだ。
賞金稼ぎたちもそれに気づき、
悔し気に、または怒り顔で叫んだ。
「妖魔だから倒せと、確かに言っていたぞ!」
「ふざけやがって!
俺たちをだましたな!」
セーランは笑顔で、彼らをなだめる。
「皆様が欺かれ、誤解なさっていたのは
十分承知しておりますわ。
私が証言いたします、ご安心くださいな」
慈悲深い言葉にお礼を言おうと、
賞金稼ぎたちが顔を上げると、
そこに見えたのは傷だらけのセーランだった。
申し訳なさでいっぱいになっていると、
男がセーランに歩み寄り、その胴に手を伸ばして言う。
「こりゃ痛々しいな……ちょっと失礼」
そう言ってセーランの胴体に手をふれる。
生まれて初めて異性に触れられて
セーランは驚きのあまり気絶しそうになった。
しかし男がまた、唱えたのだ。
「天狐快癒」
セーランの周りに白く大きな狐が2匹現れ、
その体をスリスリとこすりつけてくる。
とたんに痛みが失せ、傷がみるみる消えていった。
おお……
賞金稼ぎから感嘆の声が漏れるが。
「助かった! アンタ、治癒の能力持ちか」
「良かったよお、本当にありがとう」
彼らは男が怪我を直したと思っているのだ。
あの白い狐の姿は見えていないようだ。
先ほど、斧で切られそうになった時にも
白狐たちがセーランの周りを回転し、
賞金稼ぎたちを吹き飛ばしてくれたのだ。
おそらく彼は神獣を使役する”能力者”なのだろう。
セーランは察した。
男は彼らに向きなおって言う。
「じゃあ、俺からの頼みだ。
これからは討伐の前に、自分の目で見て考えてくれ。
偉い人が言ったとか、みんながそう思ったとか
そんなので動かないで欲しいんだ」
うなずく賞金稼ぎたち。
しかしバツの悪そうな顔でつぶやく。
「でも、さすがに大蛇に見えたからなあ……」
それを聞き、男は意外そうな顔で言ったのだ。
「なんで大蛇が悪いもんなんだ?
俺の実家は商売をやってんだが、
この姫さん見たら家族総出で拝んじまうよ。
こんなに綺麗な姿なんだぜ?」
セーランは真っ赤になり、ぶんぶんと首を横に振る。
「わ、私なんてそんな! 怖がられて当然ですから」
そんな彼女に男はあっけらかんと言う。
「そんなことねえ。一挙手一投足……って足はねえか。
姫さんの振る舞いの一つ一つに、
その優しさがキラキラあふれてんだよ。
四天王家が民思いってのはホンモノだ」
賞金稼ぎたちもうなずき、
そして再び怒りの形相に変わる。
「あいつら、絶対許さねえ!」
「おお、見つけ次第ぶっとばしてやる!」
それを聞き、男は笑顔で首を横に振った。
「アイツらのことは気にすんな。
お前らが面倒かけることもねえよ。
……ほっといても地獄をみるさ」
不思議そうに男を見る彼ら。
そして実際に役人たちはその後、
非難され責められ、落ちぶれることになるのだ。
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時間が無いと言うこともあり、
その後セーランは大急ぎで島から戻った。
来た時に乗って船は
逃げた役人が乗り去ってしまったため、
彼女はやむなく泳いで帰ったのだ。
ただし助けてくれた男も帝都に向かうというので
彼を小舟に乗せて、セーランはそれを引っ張り
ものすごいスピードで海を渡ったのだ。
小舟から降りた男は大きく息をついて言う。
「すげえなあ! 空を行くより早えんじゃねえか?」
「ウフフ、そうでしょうか?」
海中から顔を出し、セーランが笑う。
男は温かな目でセーランに言った。
「ここでお別れだ。
ま、そのうちまた会えるかもしれねえな」
そんな社交辞令に、
セーランの胸は寂しさでいっぱいになる。
この方と、もっと話してみたかった。
裏表のない明るさに触れていたかったのに。
セーランは波間から必死で声をあげた。
「あの、お礼をしたいのです!
お名前をお聞かせ願えますか!?」
すると彼はいやいや、と片手をふって言う。
「良いって事よ、たいしたことはしてねえ。
それよか、陸に上がれるかい?
手を貸そうか?」
船場に打ち付ける波に翻弄されながら
セーランは必死に問いかける。
「あの、せめてお名前だけは!
お願いします、あの……」
溺れているかのようなその姿に
男は思わず、セーランに手を伸ばした。
セーランはその大きな手を見て
心から思ったのだ。
”この手を取りたい”、と。
そのとたん、海中でまばゆい光が放たれた。
手を伸ばしたまま目を閉じた男が、
自分の手を誰かが握っていることに気付き、
再び目を開けると。
そこには青く長い髪を垂らした
絶世の美少女がいたのだ。
男は大慌てで彼女を船着き場へと引き上げる。
大蛇へと変容した時に着ていた服のままの彼女に
自分の着ていた上着をかけてあげた。
そして人を呼ぼうと叫びかけた、その時。
「お名前ですっ!」
がしっと手をつかみ、セーランが叫んだのだ。
久しぶりに、そして再び人の姿に戻れたというのに
”そんなことはどうでも良い”といわんばかりの顔で。
「お名前を、お教えください!」
「慶春だ。
織田 慶春ってんだよ俺は!」
そのあまりの真剣さに、ジュアンの兄は思わず、
教えるつもりはなかった自分の名を叫んでしまう。
そうして、彼らは出会ったのだ。