55 東王門家の兄妹
「おやおや、東王門家の御嫡男ともあろうお方が
鎧も魔道具もつけずにいらっしゃるとは。
いやあ、丈夫でうらやましい」
わざと驚いたような声で、
クーカイの見届け人として着いて来た役人が言う。
「”龍”のごとき強さだとか。
さぞかし怪力をお持ちなのでしょうな。
私たちはなんせ、頭脳を使う仕事をしておりますから
無駄な力は必要ないのですよ」
別の見届け人がニヤニヤ笑いながら、
自分の頭を指さして言う。
まるでクーカイが体力と丈夫さだけが取り柄の
”脳筋”であるかのような言われようだ。
確かにクーカイは長身だが、母親似の顔は美しく、
長く青い髪は一つに後ろでまとめていて
優美で雅やかな姿であるにも関わらず。
主に対する暴言を聞いた南王門家の侍従は
怒りを隠さず、遠回しに脅したが、
常に冷静な東王門の侍従たちの顔色は
まったく変わらなかった。
当然クーカイも無表情のまま、周囲を見渡している。
彼が指名された地は帝都をはるか南に進んだ山村で
ここ数年、小さな邪鬼が群れで住み着き、
畑だけでなく家の中まで入ってきて
ひどく荒らされている場所だった。
「貴殿らが頭脳を使って、この有様か。
……嘆かわしいな」
眼下に広がる荒れ果てた畑や、
うち捨てられた廃屋を見てクーカイがつぶやく。
それを聞き侍従がハッと顔を上げ、主を見た。
「これまでは人命にかかわる被害が出なかったのだ。
そんな場所は後回しで良いだろう。
我々は常に忙しいのだ!」
ムッとした役人が言い返す。
「被害届や嘆願書は読んだのであろう?」
淡々と問うクーカイに、役人は当然だ、とうなずいて言う。
「やれ農作物がダメになっただの、
家に入り込み悪さをするから住めなくなっただの、
そんな程度の被害ばかりだったぞ」
クーカイは頭を振り、静かにつぶやく。
「つまり貴殿らは、
それを知っていて放置したということか」
非難されたことに腹を立て、役人たちは口々に叫んだ。
「その程度の被害で、帝都の役人が動けるか!」
「良いか? 戦うしか能がない奴にはわからんだろうが、
世の中にはもっと処理しなくてはならないことが
数多く存在するのだぞ!」
「そうだそうだ! この世界の経済を動かしているのは
帝都で働く我々なのだ!」
さすがにクーカイもフッ、と笑いをもらしてしまう。
その後ろで侍従は少し後ずさり、小さく縮こまっていた。
彼らは理解しているからだ……主が激怒していることを。
「この程度の被害というが、
丹精込めて育てたものが
全て台無しになる辛さが貴殿らに解かるか?
住み慣れた家を泣く泣く離れる悲しみが」
クーカイは苦し気に問いてくる。
そして片手を上げ遠方を指し示して語り出す。
この帝都南方における生産量、ここ数年の減少値、
それがもたらす市場への影響。
そしてこの地に住んでいた人がどこに流れたか、
移動したことによる他国との軋轢、
さらには人材流出による将来予測される不安点など。
役人たちは初め、不快そうな顔をしつつも
”それなりに学んでいるのか”と思い聞いていたが
クーカイ、いや四天王家がそれらに対し、
経済的な支援や社会問題の解決なども行っていると知り、
困惑した顔に変わっていった。
それだけではない。
四天王家は諸国と密接に連携していると知り
役人たちの顔色が悪くなっていく。
世界の人々が、利害の調整を依頼するのも、
法や政策について助言を求めるのも、
相手は四天王家だったのだ。
……宮廷に、ではなく。
クーカイは皮肉な笑みを浮かべつつ言い放つ。
「我々は討伐などの任務を行いつつ、
貴殿らの不始末の尻拭いもしているのだ。
さて、宮廷の役人の存在意義とは何なのだろうな」
「貴様! 無礼なっ!」
そう言って掴みかかろうとする役人。
しかし彼がクーカイに触れることはなかった。
ゴオオオオオオ……
ものすごい爆風とともに、
クーカイが”象徴の具現”化したのだ。
役人たちは吹き飛び、辺りに転がった。
ようやく顔を上げた時に見たのは。
巨大な青い飛龍だった。
うわうわうわ、と腰を抜かしたまま逃げようとする役人に、
侍従たちがあざ笑いながら告げる。
「……先ほど”龍のごとき強さ”と申したな?
愚かな奴よ、わが主は本物の”龍”なのだ。
その強さはお前たちの想像など軽く超えるわ」
クーカイは羽ばたき、空高く舞い上がる。
そしてこの地の上空で、大きく吠えたのだ。
グオオオオオ……
その声に、いたるところからワラワラと
小さいが醜い邪鬼が現れてくる。
グオオ…… グオオオオオ……
クーカイの声は遥か彼方まで響いていく。
邪鬼たちは地上に出てくるが
それぞれが耳を塞ぎ、のたうち回っていた。
役人は怯えながらも気付いた。
この声自体が、悪しきものに対する攻撃なのだ、と。
そして、空にはいつしか黒雲が立ち込めていた。
そこからたくさんの雷が、邪気をめがけて降り注ぐ。
「すごい……光の雨だ!」
役人のひとりが思わず叫んだ。
雷光は地面に届いたとたんに広がり
あっという間に邪鬼を消滅していく。
それが単なる雷でないのは
邪鬼の側にある農作物の残りや
歩き回っていた野犬などの動物が無事であるからだ。
広大な地に溢れ出た邪鬼が、
あっという間に消えていく……
”細かく動き、逃げ隠れする小さな敵など
強大な力を持つとされる東王門は戦いづらいだろう”
安直な考えで、この邪鬼の群れをあてがったのだが。
龍族の力を見誤っていたのだ。
彼らのそれは、ただのパワーではなく、
能力としての力だった。
ぼうぜんとそれを役人たちは見ているだけだったが
黒雲が晴れ、日差しを感じ、やっと我に返った。
よろよろと立ち上がって見れば。
眼下に広がる大地は、なぜか洗われたように輝き
すっかり生まれ変わっていたのだ。
「討伐終了だな」
すでに人へと戻ったクーカイの声に、
見届け人たちは返事すらできなかった。
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「……これでよろしいでしょうか」
目の前に転がる妖鳥を見下ろし、
セーランがにこやかに言う。
見届け人たちは絶句したまま動けなかった。
セーランが連れてこられたのは、
帝都の西側にある小島だった。
この島に”鵺”に似た不気味な妖鳥が住み着き
人々を恐怖に陥れている、との報があったのは先月だ。
比較的新しい事例であり、
とりあえず宮廷は賞金稼ぎに討伐を任せていたのだが。
ここを選んだ理由は、
”大蛇に飛ぶ妖魔は倒せまい”という予想と
島に連れてこれば容易には戻れないからだ。
”絶対に四天王には天満院の付き添いをさせるな”と
天命師に命じられていたから。
それなのに。
到着後すぐに、大蛇を獲物ととらえた鵺が攻撃してきたのだ。
セーランは向かってくる鵺を尾で打ち払った。
強烈な打撃を受け、転がった鵺は恐怖を感じたのか
逃げようと真上に飛び上がったのだ。
「おい! どうする! 追わないのか!?」
大蛇のセーランに追うことが無理とわかりつつ、
見届け人の役人は叫んだ。
セーランは首をかしげて答える。
「ええ、追いません」
すると鬼の首を取ったように、
別の役人が嬉々として言い放った。
「では、討伐失敗ということだな?
ああ、なんと情けな……」
ドサッ!
彼は最後まで言えなかった。
すぐ横に、鵺の死体が落ちて来たから。
「ぎゃあああああああ!」
役人は叫んでその場を離れる。
ほかの役人もガタガタと震えていた。
「……し、死んでる!」
恐る恐る近づいて見れば、
鵺の心臓を貫いて、長い長い”棒”が突き刺さっていた。
その”棒”は徐々に柔らかくなり……”縄”へと戻っていく。
「どういうことだ!」
「なぜ縄で、妖魔を貫くことが出来るのだ!?」
驚く役人たちに、セーランは言った。
「私の”能力”ですから」
ひも状のものを自由自在に操る能力。
セーランはひも状のもの動きや形状だけでなく、
強度も変化させることができた。
だから鵺が向かってきた瞬間に首に縄を絡め、
首から胸を突き刺すように”動かした”のだ。
なんという恐ろしい”能力”。
こんなの暗殺に使われたらたまったものではない。
馬鹿にしていた見届け人たちは
急にセーランが恐ろしくなった。
さっきまで神聖な雰囲気すら醸し出していたその姿が
急に凶悪な大蛇に見えてきたのだ。
「これ、どうしましょう?」
鵺の死体を眺めていたセーランが振り返ると。
「うわあああ! 化け物が出たあ!」
「大蛇だぞ! 大蛇とお役人が戦っている!」
それは遠くから駆けてきた賞金稼ぎたちだった。
鵺の討伐に来た彼らは大蛇を見つけて
彼女も討伐対象である妖魔のたぐいだと
勘違いしてしまったのだ。
「あ、違います! 私、東王門家の……」
セーランが言いかけた時。
信じられない声が響いたのだ。
「そうだ! お前たち!
こやつには破格の懸賞金がかかっておるぞ!」
「早くこの化け物を倒すのだ!」
見届け人たちがセーランを裏切ったのだ。