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54 アヤハの討伐

「……ここまでやるとはな。

 むしろ褒めてやりたいくらいだ」

 レイオウが口元に笑みを浮かべて言う。


 ”丞相(じょうしょう)の孫娘が吉祥天様である”との天命を

 最高位の天命師が世界に告示した。

 それ自体は喜ばしい事ではあるが。


 天命師はさらに、受け入れがたい天命を公表したのだ。

 それは”吉祥天の祖父である丞相(じょうしょう)に従え”という

 まだ在位されている天帝を無視した、強引なものだった。


 レイオウ達はそれを一蹴した後、

 ”丞相(じょうしょう)たちの悪だくみを暴くことにしたが

 そんな彼らを危惧した丞相(じょうしょう)たちは

 レイオウの愛するアイレンを、

 自分の孫娘の侍女へと任命したのだ。


「因縁をつけて拘束し、人質にするつもりなのだろう」

 クーカイが腹立たしい、といった顔で言うと

「かといって断れば、

 ”天命に対して反意あり”として拘束されるわ」

 アヤハも困惑した顔で言う。


 侍女に命じられるなど、

 本来であれば大変な名誉なのだから。


「しかも、アイレンが呼び出しを受けた日に、

 俺たち全員に任務を命じるとはな」

 レイオウは机の上に並んだ通達文書を眺めた。


 ”我が子の働きに不満があるなら今後は一切協力しない”

 という四天王からの返信を受け取った天命師は

 すぐにまた、彼らに対し”挑んだ”のだ。


 ”ではもし、彼らに実力があるというなら

 この任務を達成させよ。

 場所も見届け人もこちらが決定する。

 もし断るようなら、その実力は虚構であると

 世界中に知らしめようぞ”


「これを口実にして、私たちをアイレン様に

 付き添わせないための策なんでしょう」

 セーランが怒りを含んだ声でつぶやく。


「そうだろうな。

 アイレン殿の呼び出しは正午だが

 我らは日の出とともに出立だ」


 クーカイが言うと、アヤハも頬杖をつきながら言う。

「私は水中の敵で、逆にセーランは飛ぶ妖魔が相手だなんて」

「俺は小さな小鬼の大群だ……

 まあ一生懸命、それぞれの苦手を考えたのだろう」


「ええ、でもそれで明らかになりましたわね。

 あの方たちは、四天王家(私たち)

 ()()()()()()()()()()()、ということが」

 セーランは笑みをうかべてつぶやく。


 レイオウは皆に言う。

「まあ、先に戻った者から付き添うことにすれば良い」

 他の三人はうなずいた。


 そして心の中で全員が、

 自分が一番先に戻る、と決めていた。


 彼らにも、同世代に負けたくない気持ちがあるのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


「皆様、ご無理なさらないでね。

 ご武運をお祈りしております」

 その日の早朝、出立するレイオウたちをアイレンは見送った。


 その心は、心配とともに……疑問があったのだ。

 ”宮廷の天命師様が、皆さまの実力を怪しんだため

 この討伐を命じたと聞いたけど。

 実力などというあやふやなもの、

 どのようにして計るのでしょうか”


 普通の者にしてみれば、

 討伐対象を倒せば”実力あり”という見方になるが

 アイレンはそうではなかった。


 何故なら倒す・倒さないは一要素(いちようそ)に過ぎない。

 実力はあるからこそ”討伐せず”に”捕獲”に切り替えるケースや

 実力は無いが倒せてしまう場合もあるのだ。


 そして少し考えた後、アイレンは何かを思いついた。

 そして大急ぎで執事の元に走ったのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


「南王門家のお姫様ともなれば、

 なんとも優雅にお暮しなんでしょうなあ」

 アヤハの見届け人として着いて来た役人が

 大きなお腹をゆらしながら言う。


「いやあ、うちの娘は舞や琴だけじゃなく

 いろんな芸事を身に着けねばならなくて

 学校に行くヒマすら無いのですよ」

 別の見届け人も、嫌味な声でそれに応じる。


 つまり学校に通うアヤハを”暇人”だと断じ、

 令嬢としてやるべきこともせずに遊んでいる、

 そう言いたいのだ。


「私もそれらは学んだけど……

 そこまで時間は必要としなかったわ。

 修練を続ければきっと、お嬢様も大丈夫ですわ」

 アヤハは気にも留めず、それをあしらった。


 娘は芸事が不得手なのかと決めつけられ、

 その役人はあからさまに顔をしかめる。

 セーランならともかく、アヤハは気の強い娘なのだ。


「……ここね?」

 アヤハの狩場は比較的近くだった。

 帝都のはずれにある大きな湖で

 その深い場所に棲む”鬼ナマズ”が討伐対象だ。


 鬼ナマズはここでときおり浮上し、

 人や牛、馬を引きずり込んで溺死させて食らうのだ。

 その被害も年々増加しているらしい。


「ここまで被害が出るのに、

 今までほおっておかれたのですぞ」

 それがあたかも、四天王家の責任であるかのように言う役人。


「本当にヒドい話ね。

 こんなに帝都に近い場所なのに、

 ずっと無策だったなんて、呆れてしまうわ」


 お前らこそ何をやってたんだ、という意味を込め、

 笑顔で言い返すアヤハ。


 そして顔を赤くして怒る役人に見向きもせず、

 湖に向かって歩き出し……

 強く光ったかと思うと、美しい朱色の鳥へと変容したのだ。


 さすがの美しさに、役人たちも声をあげる。

 初めて見る南王門家の”象徴の具現”に、

 立場も役割も忘れて感嘆してしまったのだ。


 アヤハは大きく羽ばたき、湖の上を飛んだ。

 その湖上を何週かした後、

 湖面すれすれに飛び始める。


 片足の先を水面に付け、

 湖の表面に、なにか文様を描いているのだ。


「……あれは、何をしている?」

 役人がつぶやくと、控えていたアヤハの侍従が答える。

「それはもちろん、()()()()()のです」


 まさか、と思った役人が湖を見ると、

 最初はさざ波だった湖面が、

 どんどん強く波打っているではないか。

 それも、湖の真ん中を中心に。


 そしてとうとう。


 バシャン!

 大きな水音とともに、鬼ナマズが姿を現したのだ。


 その頭部は牛を丸飲みできるほど大きく、

 体には無数の突起があった。

 大きく開けた口にはギザギザの歯が生え、

 すんでのところでかわしたアヤハの下で

 ガチン!と咬み合わせている。


「うわあああ! 出たあ!」

 討伐などとは程遠い生活をしている役人たちは

 腰を抜かして座り込んでしまう。

 彼らは報告書しか読まず、

 現場に来たことなど一度も無いのだ。


 アヤハは鬼ナマズを誘うように飛ぶ。

 そしてナマズはアヤハを食おうと、

 水面から必死に飛び上がる。


 なかなか捕まらないことに業を煮やしたのか、

 鬼ナマズは水中に深く潜っていった。


 それを見た役人が馬鹿にしたように叫んだ。

「おい! 逃げたじゃないか!

 情けないぞ、やはり実力なぞ……」

 最後まで言えずに、彼は後ろに吹っ飛んだ。


「お、お、お前、なにを……」

 鳥へと変容した侍従の羽風に飛ばされたと知り、

 抗議の声をあげようとするが。


 地面に強い振動を感じて押し黙る。

 地震か? なんなんだ?

 そう思っていると。


 バッシャーーーーン!


 天に向け垂直に、鬼ナマズが姿を現したのだ。

 水中に深く潜ったのは、

 ジャンプするための勢いをつけるためだった。


 湖上に、ゴツゴツした全身を現した鬼ナマズ。

 その瞬間、それが一瞬で細かく切り裂かれ、

 さらに火に包まれたのだ。


 アヤハが周囲をものすごい速さで飛びまわり、

 そのくちばしと爪で切断したのだ。


 燃えながら崩れ落ちる鬼ナマズの断片は

 湖に落ちて消火するが、それはすでに真っ黒な消し炭だった。

 恐ろしく高温の炎に、一瞬で焼かれたということになる。


 僅かな時間で、あっという間に仕留めたのだ。

 それも、尋常ではない技量で。


 座り込んだまま声も出せない役人たちに、

 侍従が静かに言った。


「姫様はお生まれになって一度も、

 まともに誕生日を祝われたことはない。

 ご家族かご本人に、必ずや討伐が入るからだ」

 驚いて侍従を見る役人たち。


「南王門家として常に、学びと修行と討伐、

 それのみに明け暮れていらっしゃるのだ。

 学校に通うことすら、その一環なのだぞ」


 人のために生きるのなら、人を知らねばならぬ。

 市井の人々の生活を知らずに、

 彼らの人生を守ることは難しいから。


 侍従はどこか悲し気に言う。

「四天王家は皆、一途に人のために戦っている。

 そこに金も名誉もないのだ。

 ただただ、世の平安しか望んでおられぬ」


 そしてとても静かな声で告げたのだ。

「我らは皆、心からあの方たちを敬服し、

 お力になることを望んでいる。

 この命をかけて、な」


 そして憤怒のこもった低い声で言い捨てた。

「だから我が君を愚弄するものあれば、

 我らは決して許さぬ。

 あの妖魔の死にざまを覚えておくが良い、偽の為政者よ」



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