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51 帝都に巣食うもの

 最高位の天命師はなんと、

 ”今後は丞相(じょうしょう)家が世を治める”と暗に宣言した。

 しかしレイオウは天命がどうあれ、

 これまで通り天帝、

 すなわち”世の理”に従う、とそれを退けたのだ。


 大広間を出て、どんどん先を進むレイオウ。

 その背に、クーカイが声をかける。

「ずいぶんと強気に出たな。確信があるのか?」


 皆に認められる天帝の右腕であり、

 吉祥天の祖父である丞相(じょうしょう)に盾突いたのだ。

 ただで済むはずがない。


 レイオウは振り返り、少し笑いながら聞き返す。

「お前たちこそ、さしたる根拠も持たぬのに

 俺とともに来るとは。ずいぶんと大胆ではないか」


 それを聞き、アヤハは美しい顔をゆがめ口を尖らす。

「だって、何かおかしいのよ。

 吉祥天様がご降臨されたのは本当に吉事よ?

 でも、それを過剰に崇め奉り、

 万人をひれ伏させようとするのはおかしいわ」


 その通りだった。

 最高位の天命師は異常なまでに、

 吉祥天の価値をとてつもなく高めていた。

 まだ、何もしていないというのに。


 ”直感”を大切にする南王門家のアヤハだけでなく、

 本来保守的な性格のセーランも首をかしげながら言う。


「四天王家も世界や人々を守りますが、

 むやみに平伏させることなどあり得ません。

 平和以外の何をお求めなの? と勘繰ってしまいますわ」


 しかし慌てて、恥ずかしそうに言う。

「まあ、私もこの間までは、選ばれた一門であることを

 過剰に誇っていたけど……情けないことに」

 あの身勝手で傲慢な乳母による洗脳のせいなのだが、

 セーランは悲しくなってうつむいてしまう。


 慰めるように、クーカイが言った。

「別にそれで誰かを虐げたわけでもあるまい。

 今は皆と、心から仲良くしているのだ、気にするな」

 レイオウもアヤハもうなずく。


 そしてクーカイは不快そうに続けた。

「それにしてもあの天命師。なんと不遜なことを。

 天帝のおわす紫禁城で、あのようなことを述べるとは」

 これからは丞相(じょうしょう)がこの世の頂点となった、

 などと言うのは、反逆と捉えられてもおかしくないだろう。


 レイオウは眉をひそめてうなずく。

「ここまで官僚を増長させたのは、

 年々さらに増加している悪鬼や妖魔の被害と

 長きに渡る天帝のご不調だろうな。

 まさか国政まで、我らが監視せねばならなかったとは」


 世界各地で魔物が荒れ狂っているため、

 四天王家や武家はその討伐に追われている日々だ。

 帝都に来て、(まつりごと)に口を出しているヒマなどあり得ない。


 そしてここ10年以上、

 天帝は病に倒れ、伏したままだ。

 病名は明らかにされず、

 紫禁城の奥から出てこなくなって久しい。


 レイオウ達が考え込みながらも進むうち、

 天帝妃に示された離宮へとたどり着いた。


 門番はあらかじめ話を聞いていたようで

 すぐにレイオウたちを通してくれた。


 離宮に入り、厳重に警備された客間へと入る。

 そこには、長い髪を高く結い上げ、

 壮麗な衣装をまとった美しい貴婦人が座っていた。


「ご無沙汰しております。天帝妃様」

 4人は頭を下げると、彼女も立ち上がりそれを受けた。


「みな、ずいぶんと立派におなりになったこと。

 次代の四天王家は安泰ですわね」

 と、鈴を転がすような美声でつぶやく。


 そして片膝をついてかしこまるレイオウ達に

 大きな大理石のテーブルを指し示し、

 椅子に座るようにうながす。


 彼らが座ると、天帝妃は近くの侍女に合図を送る。

 侍女たちはうなずき、テーブルの上に

 お茶やお菓子を並べ始めた。


「あら……この和菓子」

 ジュアンの店の上生菓子をみつけ、

 セーランが思わず、うれしそうにつぶやいてしまう。


 天帝妃はニッコリ笑い、うなずいた。

「ここ数年で最も好ましく思いましたわ。

 陰惨とした日々の、救いになっております」


 そして天帝妃は長いまつげを伏せ、

 帝都の現状を嘆いたのだ。

「我が君が病に倒れてしばらくの間は、

 皆は必死にその欠落を埋めようと努力してくださいました。

 しかし、おそらく気付いたのでしょう」


 そこで皮肉な笑みを口元に浮かべ、悲し気に言った。

「”天帝などいなくとも、自分たちだけで事足りる”、と」


 それを聞き、忠誠心の深いクーカイが立ち上がって怒る。

「もしあの者たちがそんな愚考とも浅慮ともつかぬものを

 持っているようなら、我らが許してはおきませぬ!」


 天帝妃は悲し気に首を横に振った。

「軍務と(まつりごと)は交えてはなりません。

 いま、実際に治世を行っているのは彼らなのです。

 そして四天王家の方々の責務は魔物の討伐。

 もし互いに介入すれば、争いは避けられません」

 温厚で儚げな天帝妃は弱々しくうつむいてしまう。


「そのくせ、四天王家(こっち)にはいろいろ命じて

 こき使ってくるのよね。

 しかも、”やって当たり前”って態度で。

 自分たちは安全なところでノホホンとしてるくせに」

 アヤハはいまいましそうにつぶやいた。


「それでも……彼らは感謝はせずとも

 あなた方を十分に恐れておりますわ。

 だからこそ、少しでも(まつりごと)に口を出されたなら、

 全力であらがってくるに違いありません」

 天帝妃は不安そうに言う。

 国の乱れを案じているのだ。


 しかし、レイオウは彼女にはっきりと告げた。

「問題ありません。内務に干渉するなら反発されますが

 あくまでも軍務として対応すれば良いのです」


「どういうこと?」

 首をかしげるセーランたちに

 レイオウは語り出した。


「俺はこの一年間、極北に居た。

 調査だけでなく、ダルアーグで起きた革命にも

 巻き込まれていたのだが……」


「ああ、あの独裁者の圧政に苦しんでいた国か。

 なかなか民主化できず国民は苦しんでいたが……

 目立った助力もせずに、よく覆すことができたな?」

 クーカイが驚いたように尋ねる。


 レイオウの力を持ってすれば、大統領の軍隊など秒殺だが

 あくまでもあの国の人々自身が、

 勝利を勝ち取らなくてはならない。

 手助けのさじ加減が難しく、どうしても時間がかかったのだ。


 レイオウはうなずき、何か言いかけて周囲を見渡す。

 その様子を見て、天帝妃は淡く笑って言う。

「……大丈夫ですわ。この部屋は私の”能力”で封じております」

 つまり、発言が外に漏れる心配はない、ということだ。


 レイオウは向き直り、話を続けた。

「あの国の民主化がひどく難航していたのは、

 大統領に経済的、そして軍事的に

 力を貸す者がいたからです」


「えっ? 商売目的の武器商人とか?」

 アヤハが尋ねると、レイオウは首を横に振る。

 そして天帝妃に向かって問いかける。


「妃殿下。もはや国の乱れを捨ておけません。

 この先起こるのは争いではなく是正です。

 このままでは全てが、あの男に簒奪(さんだつ)されてしまうでしょう」


 天帝妃はそれを聞き、やはり……と眉を寄せる。

 薄々感じてはいたが、認めるのは恐ろしかったのだろう。


「俺と八部衆が調査を進めたところ。

 ダルアーグの大統領を手助けし、

 国民の圧政や鎖国状態を維持させた者をつき止めました。

 その者の名は、晩国寺 凡範(ホンファン)


 予期していたこととはいえ、全員が息を飲んだ。


 レイオウが口にしたその名は……

 この帝都の、丞相(じょうしょう)のものだったのだ。


 レイオウは立ち上がって言う。

「我ら四天王の責務は悪鬼、妖魔の討伐。

 そして天帝の手足となり、世の平定を目指すこと」

 クーカイ、アヤハ、セーランも力強くうなずく。


 レイオウは天帝妃に宣言する。

「我が”破邪顕正の剣”にて、

 帝都に蔓延(はびこ)る魔物を封じてみせましょう」


 その名が出て、悲観的な天帝妃の顔が初めて明るくなる。

 他の三人も、その名を聞いた丞相(せいしょう)や天命師が

 真っ青な顔で押し黙ったことを思い出した。


 北王門家に伝わる国宝、”破邪顕正の剣”。

 才ある者のみが扱える破邪の(つるぎ)だ。


 邪悪なものを打ち破り、

 正しい道理を明らかにする力を有し、

 これまで数多の不正を打破して正義を示してきたのだ。


 なんとレイオウは子どもの頃に”剣”に認めれており

 父よりそれを譲り受けていた。


「おお! あの剣を用いれば!」

 クーカイが興奮気味に言い、セーランもうなずく。


 アヤハも期待に満ちた顔でレイオウに尋ねた。

「ねえ、いまどこにあるの? その剣」


 レイオウは少し考えて、やがて答えた。

「ああ、あれは今、アイレンが持っている。

 俺が北へ旅立つ時、小さくしお守りとして持たせた」


 一瞬の沈黙の後。


「「「えええええーーーーー」」」


 クーカイたちの絶叫が、客間に響き渡ったのだ。



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