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48 カアラの策略

 セーランの件が解決はせずとも、

 ひとまず収束を見せ始めた頃。



「……本当に、大金持ちの息子のようだな」

 報告書に目を通す義父のホフマン氏に、

 カアラはウフフと笑い、笑顔でうなずく。

「たっくさんブランド品を買い込んだ上に、

 ダイヤモンド・リリーの花束……すごいでしょ?」


 リオと再会後、カアラは必死に義父を説得したのだ。

 義父が用意した結婚相手(中年の金持ち)より、

 もっとこの家の利益になる相手に求婚された、と。


 義父は始め、それを話半分で聞いていたが、

 念のため部下に調べさせたのだ。

 すると確かに最近、ものすごく金回りのよい若い男が

 帝都に出現していることがわかった。


 再婚相手であるカアラの母が言うには

 彼は名を”リオ”といい

 カアラの幼い頃からの幼馴染だそうだ。


 最近までずっと楽師をしていたが

 やっと家業を継ぐことにし、

 カアラに結婚を申し込んできた、という。


 ホフマン氏は鼻で笑う。

「フン。道楽息子か。

 まあ経営の才能などないだろうが、

 財産と人脈があるなら悪くない話だな」


「いつも8人くらいの侍従を従えていたから、

 かなり大きな家の子息に違いありませんわ」

 カアラの母がそう言うと、ホフマン氏は冷静に返す。


「で? 彼の親はなんの事業をしている?」

「そ、それはまだ内緒みたい。

 よっぽど有名な事業家なんじゃない?」

 カアラの返事を、ホフマン氏は否定しなかった。


 調査報告書にも書いてあったのだ。

 見た者が皆が口を揃えて、

 ”ただならぬ高貴さを漂わせていた”

 というほど、立派な外見だったらしい。


「まあ、直接会って問いただすとして。

 ……その男がお前に夢中というのは、本当なのだな?」

 カアラは恥ずかしそうにうなずいて言った。

「小さな頃からずっと

 ”お嫁さんになって”って言われてたの」


 そう自分で言っておいて、

 本当のことのように感じたカアラは

 真っ赤に頬を染めてうつむく。


 息を吐くように嘘が付けるカアラの妄想を

 さしもの腕利き商売人である

 ホフマン氏も見抜くことはできなかった。


「では、たくさんのプレゼントを受け取ったのだな?」

 痛いところを突かれ、カアラは急に現実に帰る。

「それは……今はまだ渡せないって」


「まあ、そうだろうな。

 プレゼントをエサにお前を釣るつもりなのだろう」

 ホフマン氏は勝手に勘違いをし、納得してしまう。


「では明日、その男を連れてこい。

 俺が見極めてやろう」

 キャア! と嬉しそうにカアラとその母が手を取りあうが。


「だがもし、その男がお前の結婚相手にそぐわなかったり

 相手に結婚する気が無い場合は……

 すぐにでもピーターの嫁になってもらうぞ」


 カアラの顔色がとたんに悪くなる。

 もしリオに断られたら、

 あんな中年の太って脂ぎった男に嫁がねばならないのだ。


 しかしカアラには自信があった。

 ”魅了”の威力を増す魔道具を手に入れたのだ。

 カアラの母が全財産をつぎ込んで買ったそれを、

 ”魅了除け”を外させたリオに使えば簡単だろう。


「これさえあれば、リオは熱烈に私を愛するわ!」

 狂おしいほどにカアラを求め、

 間違いなく結婚承諾書にサインしてくれるだろう。


 そして大急ぎで”既成事実”を作ってしまえば、

 たとえその後、()()が切れたとしても、

 後はこっちのものだ。


 カアラはポケットに入れた魔道具を手で押さえ

 ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 ーーーーーーーーーーーー


「何の用だ? 俺は急いでるのだが」

 町中を駆けずり回って、

 やっと見つけたリオに冷たく言われ、

 カアラは内心怒りながらも、笑顔で甘える。


「ね? ちょっとだけ付き合ってよぉ。

 アイレンへのプレゼント、一緒に選ぼ?」

「断る」


 リオの手首を見れば、何か魔道具らしきリングが付いている。

「ね、これって……」

 触ろうとすると払いのけられる。


 ”……間違いなく魅了除けだわ。

 これのせいで、今まで全然

 私の魅了が聞かなかったのね”


 さっさと去ろうとするリオに、

 カアラは大声で呼び止める。

「良いのかなあ? このままだと

 アイレンが危ないのになあ」


 さすがに足を止め、リオは振り返る。

「どういうことだ? 言ってみろ」


 カアラは舌なめずりしながら答える。

「うちの父は帝都で事業してるんだけど、

 いろんな噂が入って来るの。

 天満院家がやっぱり目障りらしいのよねえ。

 そうなると、狙われるのは誰か、分かるでしょ?」


 表情の無い顔で、リオは黙って聞いている。

 カアラはさも心配そうな顔を作ってつぶやく。


「コワーイ計画が立っていること、

 うちの父が知ってるみたいなんだけどなあ。

 ね、会って、聞いてみない?」


 リオは黙っていたが、そのうちフッ、と笑った。

 ”失敗か”とカアラは思ったが。

「わかった。父親のところに連れて行け」

 そう短く告げたのだ。


 ”やったわ!”

 カアラは天にも昇る気持ちで、

 リオを自宅へと案内する。


 途中、何度もポケットに手をやり、

 発動してしまおうかと考えるが、

 ”効果の持続時間”が不明なためやめておく。


 ”義父の前で、私にベタ惚れなところを見せて、

 その場で結婚同意書にサインさせないと。

 それから、すぐに私の部屋に招いて……”


 お姫様抱っこで連れて行ってもらおう。

 このたくましい腕に抱かれ、

 美しい顔を間近に見ながら。


「……ここか?」

「ええ、中に……あ、ちょっと待って!」


 入る前に、自分にメロメロにしなくてはならない。

 まずはいきなり彼の手首のリングを掴んだ。


 案外あっさりと引き抜けたため、

 カアラは素早くそれを遠くへと投げたのだ。


「……何のマネだ?」

 目を細めるリオに、カアラは

 ”最高に可愛い笑顔”を向けて言う。

「こんなもの、イラナイデショ?」


 ”魅了”の効果を何倍にも増す魔道具を作動させたのだ。

 平民が相手なら、その場で鼻血を吹き

 カアラの前にひざまづいて愛を乞うただろう。


 少し驚いた顔でカアラを見つめるリオ。

 その端正な顔を正面で見て、

 カアラはうっとりと頬を赤らめて思う。


 ”やったわ! これで両想い!

 リオと結婚できるのね、私”


「ネェ、リオォ。私ノコト、スキ?

 私ガ一番カワイイ?」

 思い切りシナを作り、唇を突き出し、

 目を潤ませながらリオへにじり寄るが。


「いや、嫌いだか?

 一番可愛いのはアイレンだな」

 勝ち誇った顔で首をかしげるカアラに、

 リオは平然と答えたのだ。


 カアラは一瞬で真顔になった後……

「どおしてよおおおお!」

 鬼の形相で叫んだ。


 リオはやれやれというように答える。

「そういうことか。

 俺には魅了など効かぬ。

 魔道具でどんなに倍増しようともな」


「嘘つきっ! ”魅了封じ”付けてたじゃない!」

 カアラは叫ぶと、リオは首を横に振った。

「あれはそんなのじゃない。

 俺の力を抑えるものだ」

 抑えていてちょうど良いのだ。()()()()の力は。


「何の騒ぎだ?」

 カアラが振り返ると、戸口に義父のホフマン氏が立っている。

 そしてリオを見てふむ、とうなずいて言う。


「お前が例の幼馴染の男か?

 カアラと結婚したいそうだな」

「違う、それは俺ではない。

 俺にはもう婚約者がいる」


 あっさりと否定され、カアラは真っ青になる。

 案の定、義父は鋭い目でカアラを睨んで言った。

「どういうことだ? カアラ」


 その後ろから出て来たカアラの母は、

 魔道具が効いてるはずだと思ったのか

「あらリオ君。あなたってずっと昔から

 カアラを好きだったのよねえ」

 と言ってしまった。


 すかさずリオは吐き捨てるように答える。

「いや、出会った時から好きだったことは一度も無い。

 むしろずっと嫌いだった。

 俺が好きなのはアイレンだけだ」


 崩れ落ちるカアラに向かって、リオは冷笑する。

「馬鹿かお前は。そもそも俺には、

 魔道具無しでも”魅了”は聞かぬ」


 その言葉に、事情を察したホフマン氏が眉をひそめた。

「呆れたな。そんなものを使って

 この男と結婚しようとしたのか」


 カアラの母が大慌てで夫に取り繕う。

「だって大金持ちの子息なんですもの。

 あなたのためにもなるかと思ったのよ」


 それ聞き、ホフマン氏は尊大な態度でリオに尋ねた。

「一応聞いておいてやろう。

 お前はどこの家の者だ?

 カアラが相手では不満のようだが、

 事業の相手としてうちはどうだ?」


 そこでやっとリオはここに来た目的を告げた。

「俺は北王門家の嫡男 レイオウだ」

 ホフマン氏だけでなく、カアラ母娘も硬直する。


 四天王家最強の、その嫡男だったとは。


 無礼な振る舞いに気付いたホフマン氏は

 大慌てで膝をついた。

 遅れてカアラの母も平伏する。


 カアラだけは、驚いた顔で見上げている。

 ”平民じゃ……無かった。

 本物の、王子様だったなんて”


 リオ、いやレイオウは淡々と言い放つ。

「母親と……牢にいる実父の代わりに

 この娘の新たな保護者になった貴殿に命じる」


 その言葉を聞き、カアラは察した。

 リオは知っていたのだ。

 実父が捕まったことも、母が再婚したことも。


「この娘を、二度と俺にもアイレンにも近づけるな。

 これは警告だ。二度目はないと思え」


 そう言い捨て、リオは去って行った。


 ぼうぜんと座り込むカアラの腕を引き上げる者がいた。

 それはピーターだった。

「歩けないのか? 腰を抜かしちまったのかい?

 なあ、ホフマン。今すぐ嫁にくれよ」


「……ああ、連れて行け。

 その代わり、絶対外には出すな」

 この娘に二度と関わりたくない、

 そう思っていたホフマン氏には渡りに船の申し出だ。


 カアラの母が絶叫する。

「お待ちくださいっ!」

「そういう約束だぞ。あの男はお前なぞ、

 目もくれぬどころか心底嫌っていたではないか」


 カアラは悔しさと怒りで真っ赤になったが、

 今はそれ以上に嫌悪が勝っていた。


 ピーターにお姫様抱っこされたのだから。


 ブクブクとした体に、毛むくじゃらの腕。

 間近に見る顔は脂ぎっていて肌荒れもすごい。


 ニタア、と笑った口はよだれが垂れていたが

 死ぬほど臭い息を吐きながらピーターは言ったのだ。

「このまま部屋まで連れて行ってあげるからなあ」


 カアラの絶叫が響き渡った。

 いつまでも、ずっとずっと。





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