表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/60

47 奪えぬ財産

 大蛇と化したセーランの姿は、

 その精神状態が顕著に表れている、

 とアイレンは推測していた。


「古文書を見るに、それはどうやら間違いなさそうだ」

 天満院家の大きなテーブルの上に、

 調査報告書を広げながら、レイオウが説明する。


 天帝の書院から借り受けた資料を読み込み、

 過去のさまざまな実例を(もと)に推察をまとめたのだ。


「”禁忌”ということもあり、

 研究する者は少なかったが

 それでも分かったことがある」


 ”象徴の具現”に失敗した記録を見るに、

 どれも例外なく、その直前に”絶望”していたのだ。


 王位継承権を失った、婚約者を亡くした、

 勝てるはずの妖魔に敗北した……等々。


 そういった時期に”発現”が重なると、

 成り損なってしまうらしい。


 東王門家の者は”龍”ではなく”蛇”に。

 南王門家の者は”鳥”ではなく”虫”に。

 西王門家の者は”獣”ではなく”軟体動物”に。


「あれ? 北王門家は?」

 ジュアンが尋ね、レイオウが

 華族になりたての彼女に説明する。


「北王門家の象徴は”玄武”という神獣なんだ。

 亀と蛇が同一体となった姿だが、

 神に属するため、俺たちにはもともと”成れない”のだ。

 だから北王門家のものは”成らず”に、力だけを発動させる」


 だから成らなくても、最初から強い。

 四天王家最強といわれるのはそのせいだ。


「はー、そうなんだ。じゃあ天帝の一族は?」

 あまりにも無邪気な問いに、アイレンまでが驚いた。

「ジュアン、天帝はね、四天王のうちの誰かが選ばれるのよ。

 先の天帝が崩御された時、代替わりするの」


 新たな天帝が天帝妃とともに選出される。

 そして残された先の天帝妃やその子どもは、

 先の天帝の出身家へと迎えられるのだ。


「そっか……当番制なんだ」

 ジュアンがつぶやき、皆は苦笑いする。

 実際はもっと政権もからんだ血なまぐさいものなのだ。


「それにしても……解せないです」

 アイレンが言う。

「そうね、どうしてこんなことが起こるのか」

 アヤハも悲し気にいうが、アイレンは首を横に振った。


「それも不可解ですが、何よりも、

 どうして”象徴になるのが正解”、

 などと定めされたのでしょう?」


 アヤハたちは意味が分からない、という顔をする。

 当たり前だろう。その家にとって”象徴”なのだから。


 それを察したアイレンが首をかしげて言う。

「成りたい、と思う気持ちの現れなのでしょうけど、

 成れなかったらダメ、というのがおかしいのです。

 目標は達せなければその人はダメ、みたいな」


「それにこの関係図だと、蛇や虫、軟体動物が

 劣るというか、ダメな生き物みたいな扱いよね。

 特に蛇よ。なんで北では神様の一部なのに、

 東では()()()なの? 完全な主観よね、それって」


 ジュアンにも指摘され、四天王家の人々は困惑する。

 彼らにとっては生まれる前から、

 ずっと引き継いできた伝統であり価値観だったから。


 レイオウは苦笑いしながら言った。

「何故だろうな。

 人はみな、特別な存在になりたがるのに、

 特別なものにされるのは嫌なのかもしれないな」


 アイレンはセーランに向き、ハッキリと告げた。

「というわけで、そのお姿は絶対に悪いことではありません。

 問題は”人に姿に戻れないのは何かと不便”

 ということでしょう」


 セーランは素直にうなずき、つぶやいた。

「この姿で絶望しないのは無理だと思ったけど

 最近はそうでもありません」


 セーラン自身が大蛇であることにも慣れ始め、

 周囲も気にしなくなっていたのだ。


 保護されている天満院家の人々は最初からだったが

 ジュアンの家の和菓子職人や、

 体の状態を見てくれる医師や獣医師など、

 彼らもごく普通に接するようになっていた。


 新しいリボンを作るために招いたデザイナーも、

 初めから大蛇の姿だと聞いていただけあって、

 全く普段通りの接客を貫いたのだ。


 それはあえて意識しないのではなく、

「この首の直径でしたら、リボンの幅はこのくらいが良いかと」

「尾の先に、ペアのリボンはいかがでしょう?」

 などと外見に則したアドバイスをしてくれた。


 気を許してきたセーランがついウッカリ

「なんでもパクパク、一口で食べちゃうの」

 などと言ってしまった時も、

 お針子が笑いながら

「私もですよー、ケーキをホールで食べちゃいます!」

 と元気に答え、大笑いしたのだ。


 そしてセーランの外見も、少しづつ変化していったのだ。


 頭頂部から背にかけて波打つような突起が付き、

 顔の形も丸くなり、口も幅が小さくなっていった。

 まん丸く青い目には、長いまつ毛も生えている。


 リボンを首に巻いたその姿は、

 大蛇というよりも手の無いトカゲのようだった。

 お洒落で、キュートな。


 そしてセーランはみんなに伝えたのだ。

「私もう一度、学校に通いたいのです」


 ーーーーーーーーーーーー


 登校初日、セーランは学校長の部屋に来ていた。

 ここに来るまでは、大きな布を被っていた。

 教室でもそのままのつもりだったのだが。


 学校長はセーランに、それを取るように告げた。

 困惑する彼女に、優しくも力強い声で言ったのだ。


「よく学校に戻る決心をしてくれましたね。

 失ったものがあるかもしれませんが、

 決して無くならないものを、

 ここで得ることができます。

 知識も教養も、誰にも奪えぬ財産なのです」


 セーランはうなずく。

 死ぬほど辛かったが、その分彼女は

 飛びぬけて優秀になったのだ。


「あなたはすでに、たくさんの”財産”をお持ちです。

 ただ成績優秀なだけではありません。

 勤勉で努力家、そして自分を律している。

 あなたは私の、この学校の誇りです」


 学校長に励まされ、セーランは廊下を進み教室に入る。

 当然、教室からは声があがった。

 しかしそれは悲鳴ではなかったのだ。


「ああ、セーラン様! お体は大丈夫ですか?」

「四天王家の方々に起こりうる事例だとお聞きしましたわ。

 人の姿に戻るのが困難になったと」


 久しぶりに病欠から復帰した生徒に対応するような、

 そんな明るさを持っている。

 なんでみんな、そんなに平静なのだろう?


「本当に”クリスタル・ストーリー”に出てくる

 女神アシュレラみたいですね!」

「ええ、白い顔に青い目ですもの」

 生徒たちに言われ、セーランはますます困惑する。


「そういう漫画があるのよ。

 女神アシュレラは、主人公を導く善良な蛇神なの。

 アイレンがそう、みんなに伝えていたからね」


 ジュアンの言葉に、セーランはすぐに気が付いた。

 あらかじめ良いイメージを

 みんなに与えてくれていたのだと。


 そして窓の外が騒がしいのでのぞいてみると

 中庭に兄のクーカイが龍の姿で居るのが見えて驚く。

 その周りには、家臣で”龍”に成れるものが揃っていた。


 アイレンがそっと、セーランの耳元で告げる。

「数日前から皆さま、この姿で学園にいらしていたんです。

 だからみんな、見慣れてしまって」


 セーランは涙をこぼした。

 みんなが私を案じ、幸せを願ってくれている。

 これ以上の幸せがあるのだろうか。


 ーーーーーーーーーーー


 そう思ったのもつかの間。


 帰宅後、セーランは自室でキリキリしていた。

「ああ、もう我慢ができません!」


 その首元には漫画があった。

 もちろん”クリスタル・ストーリー”。

 出だしから心を鷲掴みにされる面白さだったが。


 小説と異なり、漫画はページをめくるペースが速いのだ。

 シッポでテンポよくめくるのは難しい。


 ああ、もどかしいーーーーー!


 うねるような感情が体内に芽生え、

 首の途中に熱を感じる。

 ふと、見れば。


「手!?」

 そこには龍やトカゲのような腕と5本の指が生えていたのだ。

 セーランは歓喜し、アイレンを呼ぼうとするが。


 ”……続きを読んでからにしましょう”

 そう思い、新たに生えて来た手を使いながら

 どんどん漫画を読み進めたのだ。


 セーランは変わった。外見だけでなく、内面も。

 義務に支配されず、

 自己の要求を満たす意思を持てたのだ。


 ーーーーーーーーーーー


 ある晩。


 レイオウのところに、クーカイがやって来て尋ねる。

「単刀直入に聞こう。あの娘は、何者だ?」


 レイオウは顔をゆがめた。

 さすがは東王門家の嫡男。

 気付いてしまったか、と思い。


 クーカイは真っ直ぐな目で問いただす。

「そもそもセーランが変容したあの晩。

 わずか1、2時間で、あれだけの準備をしたのだ。

 いかに天満院家とはいえ、

 お金さえあれば出来ることではない。

 判断力や行動力だけでもダメだろう」


 レイオウは目を伏せたまま、視線をそらした。

 クーカイはなおも言いつのる。


「セーランの心身共における変化も同様だ。

 あれは理論に基づいたものでも、

 もちろん単なる偶然でもない。

 何か、超常的な力を感じるのだ」


 古来より、長きに渡り四天王家を苦しめて来た禁忌。

 それをあっさりと、あの娘は覆そうとしているのだ。


 レイオウはやっと口を開いた。

「俺は幼い頃から感じていた。

 アイレンが何の”能力”も持たないと知っても

 どこか違和感を感じていたのだ」


 そしてレイオウに向きなおって答える。

「しかしもう、俺には

 彼女が何者か探ることはできない」

「何故だ!?」

 そう詰め寄るクーカイに、

 レイオウは照れたように笑って返す。


「愛したからだ。彼女は何者でもない、

 というより、何者でも良いのだ。

 明るくて寛容、そして自由。

 俺にとってアイレンはそれだけだ」


 一瞬のけぞった後、クーカイはあきれ顔になり。

 肩をすくめてつぶやいた。

「まあ良かろう。ならば俺も、彼女の事を

 妹に親切にしてくれた者として扱おう」


 二人は笑い合ったが、

 後日思い知ることになるのだ。

 ……アイレンがとんでもない存在であることを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ