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46 まだ物語の途中

”象徴の具現”に失敗し、”龍”に成るはずが

 ”蛇”へと変容してしまったセーラン。


 彼女は今、部屋の中央でうつむいていた。

 その青い目には涙があふれ、

 時おりシャックリを挙げている。


 部屋に入って来たアイレンとジュアンがそれを見て

 思わず()()()()()()()なる。

「……やっぱり、()()は泣けますわよね」

「うん、私もバケツ一杯泣いたわー」


 彼女たちの声に、ぐるり!と鎌首を向け、

 セーランは切ない声で叫ぶ。

「なんという悲恋でしょう!

 このようなすれ違い、耐えられませんわ!」


 その首元には、数冊の本が置いてあった。

 世界中の少女の心を鷲掴みにした

 超ベストセラー恋愛小説だ。


「ええ、世界中の読者がそう思ったんです。だから……」

 アイレンはうなずき、背後から一冊取り出して言う。


 セーランの目が輝いた。

「それって!」

「その物語の続編ですわ」


 セーランは短い悲鳴をあげ、

 器用にシッポの先で挟み、それを受け取ると

 すぐに読み出したのだ。


 アイレンやジュアンに振り向きもせず、

 シッポの先でせっせとページをめくりながら。


「夕食は、遅くなりそうですね」

「まあ良いんじゃない?

 真夜中のごはんって妙においしいし」

 そんなことを言いながら、二人は部屋を出て行く。


 次に部屋に入る時にもおそらく

 セーランは泣いているだろう。

 でも今度はうれし泣きだ。


 何故ならそれは、ハッピーエンドで終わるのだから。


 ーーーーーーーーーーーー


 あの後、アイレンの家に保護され、

 セーランが暖かい湯に浸かる間、

 大急ぎでこの客間を用意したのだ。


「何か希望はある? セーラン」

「まずはゆっくり寝たいんじゃない?」

「お話もたくさん聞かせてください。

 今まで不満も弱音も吐けなかったことでしょう」

 アヤハ、ジュアン、アイレンが次々と問いかけた時。


 湯上がりでほんのりピンクに染まったセーランは

 首をかしげたまま考え込んでしまった。


 レイオウが慰めるように言う。

「あまりにも強く自我を押さえられていたのだ。

 何がしたいか問われ、困惑しても無理はない」


 クーカイも悲し気に気遣う。

「思いつく限り言うが良い。

 俺が全て用意してあげよう。

 菓子が良いか? それとも楽師を呼ぼうか?

 舞台が見たければ、必ずや席を用意しよう」


 以前彼女が好きだったものを思い出しながら、

 必死にセーランを慰める兄の姿に、

 セーランは涙を流して言う。


「今の私には、そのお言葉こそが何よりの褒美です。

 兄さまは、私の好きなことを

 ちゃんと覚えていてくださった。

 これ以上、嬉しいことはございません」


「うーん、幸せの()()()()が低すぎる!

 この状態から、”こら! 我儘だぞ!”なんて、

 言われるくらいにするには……」

 ジュアンが腕組みして考え込む。


 アイレンは笑って、皆に言ったのだ。

「ではまず、一般的な娯楽を全て楽しんでみましょう!」


 ーーーーーーーーーーーー


 次の日から、ぐっすり眠ったセーランの元に、

 さまざまな”娯楽”が持ち込まれるようになる。


 朝食は天満院家のシェフが用意した

 ふわふわのパンケーキにクリームやフルーツを添えたもの。

「まあ可愛い!」

 セーランは首を左右に傾け、それを眺めた後。

 パクリと一口で食べて目をつむる。


「……卵とバターの風味が美味しい!」

「お口に会いましたか?

 ではどんどんご用意いたしますね」

 そう答えたのはアイレンではなく、当のシェフだ。


 大蛇という姿にも関わらず、恐れることなく接している。

 それはアイレンの友人ということだけでなく、

 今のセーランからは”可愛らしさ”しか感じられないのだ。


 朝食が終わるころ、

 アヤハがたくさんの遊具を持って現れた。

「ね? これ、覚えている?

 私たち、これでたくさん遊んだでしょ」

 それは”羽根突き(バドミントン)”のようなものから

 雅やかな絵が描かれた”カード”までいろいろだった。


 セーランはラケットを尾の先をくるりと丸めて持ち、

 感慨深げにつぶやく。

「……懐かしいわ。日が沈むまで遊んだわね」


 そうして中庭で三人で打ち合って遊んだり、

 室内でカードゲームを楽しんだ。


 昼食の最中、レイオウがたくさんの書物を抱えて立ち寄った。

「”象徴の具現”について書かれた古文書だ。

 これを元に、どんどん探っていこうと思う」


「そんな貴重なもの、どのようにして?」

 目を丸くしたアヤハが尋ねると、

 レイオウは事も無げに答えた。

「もちろん紫禁城の書院だ」

 天帝のおわす城の、天帝のための書庫から。

 それを聞いたセーランとアヤハは硬直してしまう。


「お借りしたものですのね?

 うっかり醤油をたらしたら大変ですわ」

 判っているのかいないのか、

 アイレンが呑気な声で言う。


 レイオウは笑って、三人の娘たちに言う。

「俺と八部衆で中身を精査する。

 君たちは引き続き、娯楽にいそしんでくれ」

「ありがとうございます、レイオウ様」


 食後は何をしようかと話すうちに、

 セーランの口から少しずつ、

 今までの辛かったことが語られた。


 常に一番、もしくは最高を求められたこと。

 上手く出来たとて、不満な顔をされたこと。

 美味しいものも、可愛い服も禁止。


「”レイオウ様から届いた”と、

 ごくたまに菓子や宝飾品を渡されるんです。

 普段は完全に禁じられていたからこそ

 本当に嬉しく思ったのですが……」


「それがあの方の作戦だったんですね。

 頑張らなくては得られない、そう思わせるための」

「それに”レイオウ様以外からはそれが得られない”

 という誤った認識をさせるためでもあったわね」

 アイレンとアヤハが憤慨しながら言う。


 すると戸口からもっと激怒する声が聞こえた。

「本当に最低な奴、あの女!

 もう何回も頭の中で、後ろ回し蹴りを食らわせたけど

 まだ全っ然たりないわね!」


 そしてジュアンは鬼の形相のまま

 四天王家の姫君や華族の令嬢には言えない罵詈雑言を

 次から次へと繰り出していく。


「嘘つきにもほどがあるわ!

 しかも必ずバレる頭の悪い嘘!

 地獄でハリセンボン(魚)を丸飲みして

 お腹の中でプクー! って膨れろ!」


 手に持っていた大きな荷物をテーブルに置くが

 その口は止まらない。


「何が”局”(つぼね)よ。馬っ鹿みたい。

 働くのが嫌な、グータラ侍女が言い出しそうなことよね。

 仕事が出来ない奴ほどサボりたがるのよ、全く。

 アイツに、うちの小豆を永遠に数える仕事をさせてやろうか……

 いや、穢れるな、うちの極上小豆が」


 周囲の者が、当事者以上に激しく怒ると、

 本人は逆に冷静になることがある。

 セーランもそうだったらしく、

 苦笑いを見せながら、ジュアンをなだめた。


「ありがとうございます。

 でも、私も悪いところがあったの」

「……あの女の悪事が帝都の面積なら、

 セーラン様のは和三盆の粉末1粒です」


 最高級の砂糖に例えられ、セーランたちは吹き出す。

 そんな彼女たちに、ジュアンも笑みを浮かべて荷をほどいた。

「今日、来るのが遅くなったのは、

 和菓子屋(うち)の腕利きに作ってもらってたからなの」


 中から出て来たのは、

 やや大きめに作られた上生菓子だった。

「すごいわ! なんて美しいの!」

「これが天帝妃の愛した御菓子ね!」


 うっとりと大喜びするセーランとアヤハに、

 ジュアンは腰に手を当て自慢げに答える。

「見た目だけじゃあございません。

 そりゃもう、絶品でございます」


 まだおやつには早いが、

 今すぐ食べたい、という気持ちは抑えられない。

 メイドにお茶を頼み、四人はテーブルを囲んだ。


 ずらりと並んだ芸術品のような品々を見ながら

 誰がどれを食べるか明るい声で騒いでいると。


「遅くなってすまない!

 セーランはどこだ?」

 クーカイが案内してきた侍従を押しのけて部屋に入ってきた。


 そしてセーランを見つけると安堵し、気遣って尋ねる。

「体調はどうだ? 苦しいところはないか?」

「ええ、大丈夫ですわ。

 今はどれにするか決めるのが悩ましいだけです」

 と、尾の先で上生菓子を指し示した。


 クーカイは一瞬驚いたが、すぐに破顔する。

 そして連れて来た者たちに、

 荷物を運び入れるように指示した。


 彼らが持ってきた包みは

 帝都でも有名なブティックのものだった。

 大蛇のセーランにドレスは着れないが……。


 次々と出される中身を見て、セーランが叫んだ。

「まあ、お兄様これって!」

「お前が好きそうな色や生地だろう?」


 それは全て、長く幅の太いリボンだった。

 艶やかな白い絹や、水色のサテン。

 可愛らしいフルーツの柄や、可憐な小花のものまである。


 セーランはひとつひとつを嬉しそうに見ていたが、

 淡いピンクのオーガンジーのものを

 ひときわ気に入った様子だった。


「結んでみましょうか?」

 というアイレンの問いに、

 セーランは恥ずかしそうにうなずく。


 アイレンはそれを両手で引き上げ、

 全身をつかってチョウチョ結びにした。

「色味がぴったりだわ! とても綺麗」

 アヤハが言う通り、白い頭部と胴体に、

 淡いラベンダーの鱗を持つセーランにピッタリだった。


 ジュアンも深くうなずきながら言う。

「誰が見ても神聖で尊いです。

 金運プラス恋愛運、って感じの」

「えええ、私にそんな力はありません」

 焦ったようにセーランが言い、皆が笑った。


 そして兄も交えて上生菓子を楽しみ、

 みんなでおしゃべりを楽しんだ。


 夕食後には、アイレンが楽しめそうな本を用意した。


 その中から、セーランはひと昔前に

 大人気だった恋愛小説を選んだ。

「みんなが話題にしていて、すごく読んでみたかったの」


 そしてハマりにハマり、冒頭のとおりとなったのだ。


 一日中読み、夜に続編まで読み終えたセーランは、

 主人公たちの幸せな結末にうれし涙をこぼしながら言う。

「物語って、本が終わっても続くのね」


 自分の人生(物語)もまた、まだまだ途中なのだ。

 幸せな結末に書き換えることができるかもしれない。


 そう思い、セーランは明るい気持ちで眠りについた。



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