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43 荒れ狂う大蛇

 ”北王門家の嫡男との婚約が調いましたわ!。

 だから彼にふさわしい妃になれるよう

 姫様はもっと精進しなくてはなりませぬ”


 二年前、乳母にそう告げられた日から。


 セーランは勉学や教養だけでなく、

 戦闘能力や見た目の美しさまで

 常に”最高”を求められ続けたのだ。


 当然、遊ぶ暇など一日たりともなかった。

 夜の就寝時間でさえ、

「寝相が悪いなどあり得ません」

 と緊張を強いられるくらいだ。


 だが実際は婚約など調っておらず

 乳母がついた”嘘”に過ぎなかった。


 それでも乳母はセーランが実力を身に着け

 良い評判が広まりさえすれば、

 おのずと北王門家との婚姻は決まるだろう、

 などと安易に思い込んでいたのだ。


 しかし何度、乳母がひそかに

 ”セーランとの婚姻を勧める書状”を送ろうと

 北王門家からははっきりと断られるのだ。

 検討の余地すらないくらい、完全に。


 焦った乳母はますます

 セーランに厳しく当たっていった。

 ”もっと賢く、もっと美しく、もっと強くなれ”、と。


 セーランはそれに答えようと、必死に努力した

 それが東王門家のためであり、

 自分のためだと信じたから。


 何よりも、その辛い日々は必ず報われると信じて。


 だが今日初めて、レイオウと対峙したことにより

 それが全部、嘘だったとわかったのだ。


 レイオウに毅然とした態度で拒否されたうえに

 自分の婚約者は最初からアイレンだったと告げられ

 しかも”能力”など不要、と言い切られたのだ。


 ショックでふらつきつつも、

 アヤハを振り切って帰宅し、

 よくよく考えてみれば。


「姫様は北王妃、私は”北の(つぼね)”になるのです!

 それが東王門家のためですわ!」


「今は辛くとも、北王妃になれば思うがままですわ。

 私も”局”(つぼね)としてお支えしますよ」


「姫様がその程度であれば、私まで軽んじられ、

 ”局”(つぼね)の地位を賜るのが難しくなります」


 雲が晴れるように、洗脳が溶けていった。

 ”全部全部、乳母(自分)のためだったんじゃない!”

 全ては乳母の私欲による計画だったと気付いたのだ。


 支えを失い、信じていたものに裏切られ、

 セーランは自我を失った。


 そして怒り狂い、殺意と絶望のあまり

 東王門家の象徴である”龍”には具現せず、

 彼らがもっとも禁忌とする”蛇”となってしまったのだ。


 黒のまだら模様のある、毒々しい紫の(うろこ)

 真っ赤な目はすでに爬虫類のそれだ。

 平べったい頭部からは舌がチロチロ出ている。


 そして大蛇(セーラン)は口を大きく開け、

 乳母へと飛び掛かったのだ。

「ぎゃあああああああああ!」


 飛び掛かってくる大蛇(セーラン)は、

 まだ変容したばかりということもあり

 動く速さはそれほどでもなかった。


 そのため、大きな口を開いて乳母へと飛び掛かったが、

 すんでのところで避けることが出来たのだ。


 しかし乳母は腰を抜かしたまま立つことが出来ない。

「た、助けてっ!

 わ、私は、ひ、姫様のために!」


 その言葉に、大蛇は再び大きく口を開き叫んだ。

「この大嘘つきめ!」

 その声はセーランのままであった。


 乳母は這いずりまわりながら逃げようとする。

「お許しくださいっ! 嫌っーー許してえ!

 ()()()に食われるううう!」

 大蛇がもう一度、乳母へと飛び掛かろうとした時。


 ガシャーーーーン!


 窓ガラスが割れ、朱色の美しい鳥が飛び込んできたのだ。

 そして目隠しをするように大蛇の目前を飛びまわる。


 その鳥は若い娘の声で叫んだ。

「やめて! セーラン! 殺してはダメ!

 私だって憎くてたまらないけど……

 この女は、正当に罰しなくてはいけないわ!」


 それは南王門家のアヤハの声だった。


 レイオウに会い、事実を知ったセーランが

 さぞかし落ち込んでいるだろうと思い、

 励ましにきたのだが。


 まさか、こんなことになってしまったとは。


 大蛇(セーラン)は鎌首を振り、(アヤハ)を打ち払おうとする。

 そして絶叫するように叫んだのだ。


「貴女に何がわかる?! 愛する者と婚約が認められ、

 そしてその姿! 無事に”象徴”を”具現”できたじゃない!

 それも……そんな美しい鳥の姿に!」


 アヤハの婚約者は、同族である南王門家の者だ。

 彼女は自分の守護騎士と両想いになったのだ。


 一族内で結婚するメリットは少なく、

 しかも相手は下位の階級の者だったが

 自由な気性の彼らはあっさりとそれを許したのだ。


「ああ! セーラン! なんてこと」

 アヤハの両目は涙にぬれていた。

 大蛇となったセーランの姿を見て、

 最悪の事態が起きたことを理解したのだ。


 そして床に転がる乳母に向かって叫んだ。

「全てはお前のせいだ! 絶対に許さぬ!

 南王門の名にかけて地獄の業火で焼き尽くしてやる!」


「違うのですー! 誤解なのですぅ!

 私は一生懸命やったのですが、姫様があ」

 乳母は頭を抱えて泣き叫ぶ。


「あああ何でも私のせいにするのねえええ!」

 大蛇(セーラン)は絶叫し、乳母めがけて激しく頭を打ち付け、

 たたき潰そうとする。

 その衝撃で床に亀裂が入り、崩れそうになっていく。


 ギリギリのところでアヤハが

 くちばしでくわえて窓から飛び去った。


「待ちなさい!」

 大蛇も窓から長い体をうねらせ出て行く。

 突然現れた大蛇の姿に、誰かの悲鳴が上がった。


 大蛇は壁を這いずり、そのままベランダへと降りる。

 邸宅の外壁を頭部や尾を狂ったように振り回して

 どんどん叩き壊していった。


 東王門家の豪奢な建物は見る間に崩壊していく。


 庭の片隅に乳母を降ろすと、アヤハは手早く兵に命じた。

「この者を拘束し、隠しなさい。

 絶対に逃してはなりません」


 そして窓という窓を叩き割る大蛇に向きなおるが。


 化け物だあああ!

 きゃあああ! 大蛇よ!

 なんて恐ろしいの! こっちに来ないでえ!


 遠くからメイドや侍従が叫ぶ声が聞こえる。

 あれがまさか、あの美しく気高い彼らの(あるじ)だとは

 夢にも思わないのだろう。


「なんでこんなことに……

 可哀そうな、セーラン!」

 アヤハは悲しみで胸が潰れそうになる。


 王家のものにとって”成り損なう”のが最も禁忌なのだ。

 龍に変化できないなら、まだ良かった。

 臣下に降嫁する、という道が残されていたから。


 しかし”異形”になってしまった者の末路は。


「どうしよう。私にはセーランを……」

 アヤハは必死に人々を避難させるのが精いっぱいだった。


 飛び回る朱色の鳥(アヤハ)を見つけ、大蛇が突進してくる。

「あの女を出せええ!」


「待って! セーラン!

 もうここにはいないわ!」

 アヤハは落ち着かせようと叫ぶが、

 それは逆効果だった。


「おのれ、外に逃がしたか!」

 そして大蛇は邸宅の周囲をめぐる高い塀に向かって行く。

 この塀を壊され、外に出てしまったら。


 外は住宅街。四天王家が守るべき人々を、

 セーランは傷つけてしまうかもしれないのだ。

「やめて! セーラン! お願い!」


 アヤハの叫びもむなしく、大蛇は鎌首を振りかぶり。


 それが外壁にぶつかる前に、

 大蛇は大きく後ろへ吹き飛んだのだ。

 そしてそのまま、破壊された邸宅まで飛んでいき、

 体をぶつけて意識を失う。


「今の……何?」

 あまりの速さ、桁違いのパワー。

 ”風圧”のみであの大蛇を吹き飛ばしたのだ。


 アヤハの背後に、誰かが降り立った。

「遅くなった……あれは、セーランか」

 振り向くとそこには、レイオウが立っていた。

 眉をしかめ、大蛇を見つめている。


 アヤハはうなずき、手短に説明する。

「セーランはニ年もの間、”貴方と婚約した”と

 乳母に騙され、過酷な指導を受けていたのよ。

 いつも頑張り過ぎて疲れ果てていたわ」


「やはり、アイレンの予想通りか」

 あの後、アイレンはレイオウに訴えたのだ。

 ”セーラン様は、そう教えられていただけなのでは?

  嘘をおっしゃる方ではありませんもの”


 レイオウは苦し気な顔でうつむく。

「そうと知っていたら、もう少し言葉を選んだのだが」


 アヤハは首を横に振る。

「あの時のセーランはアイレンを(おとし)め、

 地位に固執しているかのようだったわ。

 そもそも確認しなかったのは彼女自身の責任よ」


 以前、ちゃんと忠告したにも関わらず。

 セーランは現実から目を背けたのだ。


 そう言いつつも、アヤハは唇を噛む。

 幼い頃から素直で真面目で、

 頑張り屋さんだったセーラン。


 それが、あんな風になってしまうとは。


 意識を取り戻した大蛇は、首を左右に振った後、

 辺りを見渡している。

 自分を吹き飛ばした相手を探しているのだ。


「会話は出来るのか?」

「ええ、でも……」

「まずは説得してみよう」

 そう言って、レイオウが大蛇へと足を踏み出すと。


「それには及ばぬ」

 冷徹な声が”上”から聞こえる。


 レイオウたちが見上げると、

 バッサバッサと大きな羽を羽ばたかせ、

 立派な青い飛竜の姿があった。


 レイオウは風に髪をなびかせながらつぶやく。

「もう来たのか……空槐(クーカイ)


 アヤハが”偽の婚約事件”を東王門家に伝えたため

 嫡男である空槐(クーカイ)が文字通り”飛んで”来たのだが。


 飛竜はその目はずっと大蛇を見ていた。

 恐怖と、怒りと、そして絶望の色に染まった瞳で。



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