41 突きつけられる現実
「ドレスに合わせたネックレスも選びにいこう。
店で気に入ったものがあれば、すぐに言ってくれ。
予約したレストランまで時間はあるから
ゆっくり選ぶと良い」
優しい笑顔でアイレンに語り掛けるレイオウをみて
アヤハもセーランも信じられない気持ちだった。
四天王家の子女として、
幼い頃から年に数回は集められ、
互いに親交を深めてきたが。
北王門家のレイオウに関しては
男子とばかり話すだけで、
姫君たちにはそっけない対応だった。
それは恥ずかしがっている、というより
心底興味がない様子だったのだ。
アヤハがぼうせんとしたまま、うっかりつぶやく。
「あんなに笑い、よく語るレイオウ様なんて。
……初めて見たわ」
そして近くの女学生たちも騒いでいる。
「どちらの方かしら。本当に素敵な方」
「素晴らしくお綺麗で、凛々しくて。
きっとどこかの高貴な方だわ!」
その言葉を聞き、セーランはカッとなる。
”そうよ! この方は、四天王家最強の、
北王門家の御嫡男なのよ!
あなた方のような平民には手の届かぬ存在ですわ!”
あの選民思想に囚われた乳母に育てられたのだ。
セーランもまた、心の中では天帝と四天王家以外を
別の次元のものだと考えていたのだ。
もちろん心根は優しい娘だ。
しかし身分差に対しては理解が不十分であり、
平民に対する優しさは、
野生のリスやウサギに対するような
慈悲や親切心に過ぎなかった。
もし彼らが歯向かい、
自分の立場を脅かすようなら
一転して”駆除”や”攻撃”に変わるレベルの、浅い愛情だ。
セーランは、アイレンのことを睨みつけながら思う。
”華族程度の者が妃に選ばれるなど
あってはならないはずなのに!
なんとずうずうしい!”
制止するアヤハを振り切り、
セーランはレイオウに詰め寄る。
「レイオウ様。ご自分のお立場をお忘れでしょうか!」
いきなり怒り出したセーランに、レイオウは困惑する。
すると察しの良い女生徒が気付いてつぶやいた。
「レイオウ様って、セーラン様の婚約者の名前よね?
北王門家の御嫡男の」
それ聞き、レイオウは眉をよせて言う。
「確かに俺は北王門家 嫡男の怜王だが
セーランとの婚約など結んではいないぞ。
俺は幼い頃から、妻はアイレンだと決めていたからな」
あまりにもはっきりと告げたその言葉に、
セーランやアヤハだけでなく、
周囲の者はみな絶句してしまう。
「えええ! どこかの事業主の息子かと思ったら、
まさか四天王家だったの!」
さすがのジュアンもひっくり返りそうになって驚く。
セーランは眉をつりあげて抗議する。
「それは嘘です! 私はもう2年も前に、
婚約が調ったと乳母から聞きましたわ!
たくさんの花や贈り物をいただきましたもの!」
「だから俺は一度たりとも贈ってはいないと言っている」
レイオウが怒りを含む声で答えると、
騒ぎを聞きつけ控えていた侍従が声をあげた。
「恐れながら、私めは財務を預かっておりますが、
そのような用途の支出はまったくございません!」
しかも追いかけて来たセーランの侍従まで
困惑しながら言ったのだ。
「確かに、帝都の外から品物が届いたことなど、
ここ数年一度もございませんね……」
セーランは真っ青になる。
つまりあの花や品物は、帝都内から届いたということだ。
「レイオウ様から届きましたよ」
と乳母から手渡されるだけだったので
まったく気付かずにいたのだ。
”じゃあ誰なの? 誰が私に?
私の好きな花や、好みそうな品物を?”
混乱し、動揺するセーランに、
「ともかく、俺の妃はこのアイレンと決定した」
レイオウは短く告げた。
セーランは反射的に叫んでしまう。
「身分が違いましょう!
北王様がお許しになりませんわ!」
するとレイオウは笑って答えた。
「父も母も北王門家のものは皆、とっくに承知している。
むしろ”早く連れてこい”と言われているからな」
悔しさで歯をくいしばるセーラン。
あごをあげ、高慢な口調で言い放つ。
「他の四天王家が認めませんわ!
そのような下賤の娘なぞ、我らの仲間とは認めません!」
悲し気な目でアヤハが言った。
「南王も、西王も容認しているそうよ。
”北王門家の嫡男が華族の娘を迎える”って話。
……私も最初は信じられなかったけど、
他人がとやかく言う問題ではないわ」
「嘘ですわ!」
セーランは短い悲鳴をあげた。
だからアヤハは、すぐに確かめるように言ったのだ。
真相を明らかにするためにも。
「どうして自分の都合が悪いことは
確かめもせずに嘘だと言うの?
信じたい事だけ信じてしまったくせに」
アヤハはつい、責める口調で言ってしまう。
そもそも南王門家の特性は”自主自律”だ。
自由闊達ではあるが、その責任も己が負う。
他人に言われるがまま動くセーランを理解できないのだ。
黙り込むセーランに、
アヤハが残念そうに続ける。
「他国の者から否定されても、
貴方は信じそうになかったもの。
だからこそ、自分自身で明らかにして欲しかったわ」
実際、レイオウに会う前にアヤハが疑惑を伝えた時も
セーランはろくに聞きもせずに否定したのだ。
ショックに震えるセーランに、
レイオウは冷たく言い切った。
「どのみち、俺の結婚に対し、
俺は誰の許可も必要としていない」
セーランは目の前のレイオウを改めて見る。
なんと凛々しく、美しい方だろう。
幼い頃から数回しかお会いできず、
言葉を交わしたことなどほとんどなかったが。
それでも二年前、”妃として選ばれた”と聞いた時は
天にも昇るほど嬉しかったのだ。
何故ならレイオウ様のことを、
いつも乳母が絶賛していたから。
”飛びぬけた才能に恵まれ、誰よりもお強くて。
まだ幼いのにあれだけ美しい子なのだから、
大きくなったらどんな美丈夫になることでしょう。
勉学にも秀でていて、家柄も天帝に次ぐ北王門家。
それに……”
乳母は言ったのだ。
”ここだけの話、天帝の資質をお持ちだそうですわ。
成人した暁には、天帝に選ばれるのも
間違いないでしょうね”
セーランは唇をかみしめる。
”私は北王門の王妃どころか、
天帝妃の座まで奪われたのだ。
この、華族の娘に!”
怒りと嫉妬のあまり、
セーランは彼女らしからぬ皮肉めいた口調で言った。
「まあ、レイオウ様はご存じありませんのね?」
そして侮蔑をにじませ、吐き捨てるように叫んだ。
「この娘は”無能”です! 役立たずですわ!
何の”能力”も持って生まれなかったのです!
この者などに、北王妃が務まるわけはありません!」
アイレンは一瞬、悲しそうな顔をした。
それは自分の”能力”が無いことではなく、
あの優しいセーランがこんなことを叫ぶまで
追い詰められていることを察しだのだ。
「お前は”能力”があっても愚かだな。
幼馴染だと言ったろう。
そんなことはとっくに知っている」
リオは事も無げに毒を吐く。
何故ならリオもアイレンも、他の者たちも
セーランが乳母に騙されていたことはもちろん
北王妃になるために今まで、
厳しい訓練や指導を受けていたことなど
全く知らないのだ。
だから傍から見れば、華族や平民を卑下し
ただただ北王妃の地位に固執しているように見える。
そのためレイオウはハッキリさせるため、
セーランに対し冷酷な目をして告げたのだ。
「そんなことは百も承知だ。
だから俺は、全ての鬼や妖魔を独りで倒す実力を身に着けた。
俺の妃に”能力”など必要ない。戦いになぞ出すものか。
アイレンは安全な場所でのんびり過ごせば良いのだ」
セーランは目を見開き、かすれた声で問いかける。
「なんの、”能力”も必要ない、ですって?
でも知識や教養だって……」
レイオウは肩をすくめる。
「そんなもの。アイレンが学びたければ学べば良いし、
興味があるなら身に着ければ良い、それだけだ。
アイレンはただ、在れば良い」
完璧と言われる私ではなく、
なんの”能力”を持たぬこの娘が選ばれたなんて。
じゃあ、私の今までの努力は?
今まで彼の妃にふさわしい人間になるために
乳母による地獄のような指導を受けてきたのに。
学問においては常に1番でなくてはならない。
琴や舞踊、詩の朗読といった芸事も一流であるべき。
最強の一族へ迎えられるのだ。
主力となるべく際立って武力にも優れ……。
それだけではない。
対人関係にも神経をすり減らした。
人に弱みを見せてはならない。
誰からも好かれ、尊敬されるように振る舞え。
どのような場面でも美しくあれ。
必死で努力を続けるセーランに
乳母は妥協を許さず、常に”最高”を求めた。
あんなに頑張ったのに!
あんなに辛かったのに!
”北王妃になるために
必死に身に着けたものは
全て不要で、無駄だったのね”
そう思ったセーランは絶望し、壊れたのだ。