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40 私じゃない

 翌日アイレンは学校に来たとたん、

 クラスメイトたちに取り囲まれてしまった。


 昨日、ジュアンを含め数人の友人が

 門前でリオにあっていたことは聞いていたが。

 それがここまで広まってしまうとは。


「ねえねえ! リオさんだっけ?

 すごく素敵な方だったわねえ」

「幼馴染なんでしょう? 羨ましいわあ」

「ね、あの後、どんなお話をなさったの?」

「それはもちろん……結婚のお申込みよね?!」


 きゃあきゃあ騒ぐ友人たちに取り囲まれ

 アイレンは目を白黒させている。


 アイレン自身は、他人の”恋バナ”に興味が無い人間だ。


 だから”セーラン様に婚約者がいる”と

 皆が騒いでいた時も上の空だったし、

 ”私たちには関係の無いお話”と切り上げたくらいだ。


 ジュアンが疲れた顔で、アイレンに詫びる。

「騒ぐなって言っておいたんだけど。

 ……みんな、慶事だからいいじゃないって

 どんどん広まっちゃったのよね」


 アイレンは困惑しつつも、首を振る。

「いいの、正式に決まったことだし、

 どのみち伝わることですから」

 北王門家 嫡男の婚約者が決定したのだ。

 すぐに新聞などで騒がれるのは間違いないだろう。


 ちょうど居合わせたセーランが

 近くの女生徒に問いかける。

「なにか良い事でもありましたか??」

「ええ! 天満院家のアイレン様が

 ご婚約されたそうです!」


 それを聞き、セーランは喜ばしく思いつつ考える。

 あの優しくも個性的な令嬢を射止めるとは。

「お相手はどんな方なのでしょう」


 セーランがつぶやくと、側にいた一人が

 両手を組み合わせてうっとりと語り出す。


「実は私、昨日アイレンの家で勉強会をした帰り、

 その方に会ったんです!

 銀髪碧眼の、見たことも無いくらいハンサムで!」


「私も会いました! 背が高くて強そうで。

 ”リオさん”ってお名前の、幼馴染だそうです。

 もう、世界一素敵な人でした!」


 セーランはうなずきながらも心の中で思う。

 ”私の知る世界一素敵な方は、レイオウ様だわ”

 そして少し残念な気持ちになり、うつむいてしまう。


 ”私も幼い頃から顔を合わせてはいたけど、

 ついに親しく言葉を交わすことは一度も無かったわ。

 年に2,3回、会えるだけですもの”


 そんなセーランの横で、女学生がさらに言ったのだ。

「しかもその方、たくさんの贈り物を持っていらしたの!

 花束なんて”ダイヤモンド・ローズ”よ!」


「たくさんのドレス、靴、アクセサリーがあったわ。

 ミセス・フィーダのドレスでしょ?

 ロンゴルド商店のネックレスでしょ?

 ……とにかく帝都の有名店のものばかり!」


 それを聞き、セーランは驚いて顔を上げる。

 いましがた聞いた店名は、

 昨日、乳母から聞いたものばかりだ。

 どれもレイオウ様が行かれたはずの店。


 セーランの中で、不安の陰が広がっていく。


 まさか……そんな……。

 しかしそんな疑惑を必死で振り切る。

 アイレンは《《たかが》》華族なのだ。

 四天王家の妃に選ばれるはずがない。


 セーランは必死に不安を振り払い、

 授業に向けて準備を始めた。


 ーーーーーーーーーーーー


 そして放課後。


「聞いて! 校門のところに、

 ものすごくカッコ良い人がいるの!」

「見た見た! 銀髪碧眼のハンサムでしょ?」


 騒ぎ立てる女学生たちの横を、

 南王門家のアヤハ姫が走っていく。

 その姿は、鳥から変化する途中であり、

 まだ両腕が羽のままだった。


 アヤハはセーランのところにたどり着き

 彼女に向かって叫んだ。


「校門に、レイオウ様が来ているわ!

 飛んでいて見かけたの!」

 喜びに声をあげ、走り出そうとするセーランの腕を

 アヤハはしっかりとつかんで尋ねた。


「待って! ねえ、南王様にはお会いしたの?」

 アヤハは以前セーランに、

 父王に直接、自分の婚約について確認したほうがいい

 と勧めたのだ。


 すまなそうな笑みを浮かべつつ、

 セーランは首を横に振って言う。

「それが、その、ばあやが確認してくれるって……」

 アヤハの目が大きく開かれる。


 その後、焦りをにじませた表情で

 小声でセーランに言ったのだ。

「では、聞いてないのね?」


「何をかしら? ね、とにかく今は

 レイオウ様のところに行かせてちょうだい」

「待って。彼に会う前に聞いてちょうだい。

 その婚約話は、かなり疑わしいのよ」


 自分自身も不安でたまらないのに、

 それをハッキリと指摘され、

 セーランはムキになって否定する。


「そんなことありません!

 私、たくさんの花や贈り物をいただいたのよ!」

 そう言ってセーランは校門に向かって走った。


 流れるような速さで移動し、

 あっという間に校門へとたどり着く。


 そして門のところに、レイオウの姿を見つけたのだ。

 一年以上会うことも無かったその顔を。


 すがりつきたい気持ちを抑え、

 セーランはまず、身なりを整えた。


 せっせと髪を直すセーランに、アヤハは懇願する。

「いいこと? 落ち着いてお話するのよ?」

 セーランはムッとして返す。


「大丈夫ですわ。感情的になるなど、

 北王妃にはふさわしくない振る舞いですもの」

 あくまでも自分はレイオウの婚約者だと押し通すセーラン。


 そして二人は、レイオウに向かい声をかけた。

「ご無沙汰しております。北の王子レイオウ様」

「ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」


「アヤハと……セーラン?!」

 突然あらわれた四天王家の姫君たちに、

 さすがのリオも驚く。

 そしてたいして関心のない様子でつぶやいた。


「そうか、ここに通っているのか……」

 その言葉に、セーランの顔がゆがむ。

 ”ご存じだったくせに。知らないふりなんて” 


「ずいぶん長いこと、姿を隠していたと思ったら。

 聞いたわよ、羅刹を全て倒したんですって?

 父が賞賛していたわよ」

 アヤハの言葉に、セーランが驚く。


 なんという強さ。

 幼い頃から”天才”と言われていたレイオウ。

 そして久しぶりに会った彼は、

 すっかり成長し、凛々しい美丈夫へと育っていたのだ。


 ”なんて美しく、ご立派になられたことでしょう。

 やはり世界一素敵なのは、私のレイオウ様だわ”

 セーランはうっとりと彼をみつめた。


 アヤハはこの場をつつがなく終わらせるため

「では改めて後日、ご挨拶いたしますわね」

 と話を終わらせようとしたが。


 セーランは必死に話をつないだ。

「まだ大丈夫ですわよね?

 せっかく会いに来てくださったのに」


 その言葉に、レイオウは首を横に振る。

「いや、用事があって来たんだ」

 ”まあ、素直ではないのね”

 セーランは心の中でふくれる。


 アヤハはそれでも必死に抵抗する。

「あら、御用があるなら引き留めてはダメよね。

 戻りましょう、セーラン」


「ああ、また機会があれば」

 レイオウがそっけなく答え、セーランは悲しくなる。

 ”私ともう少し話したいと思わないの?

 せっかくお会いできたのよ? 私たち”


「待って、まだお礼をお伝えできていないわ」

 そしてレイオウににじり寄り、頭を下げた。

「たくさんのお花や贈り物、本当にありがとうございました」


 リオは眉を寄せて答える。

「人違いだろう。俺はどちらも送ったことが無い」

 ”アヤハの前だからって、そんな嘘をつかなくても良いのに”

 不満が顔に出ていたのか、レイオウはさらに言った。


「そもそも俺はこの一年間、極北や辺境にいたのだぞ?

 大切な人に手紙すら書けぬのに、

 ()()()()()なぞ送れると思うか?」


 それが儀礼的な品物だとはなから断定され、

 セーランはショックを受ける。


 そして追い打ちをかけるように

 レイオウははっきりと告げたのだ。

「俺にはもう、婚約者がいる。

 そのような虚偽が出回っては困るのだが」


 目を見開いて固まるセーランの代わりに

 アヤハが震える声で言う。

「まあ、ご婚約されたのね。その話は改めて……」


「どなたです? はっきりおっしゃってください!

 あなたの婚約者は、誰なのです?!」

 普段おとなしいセーランが、問い詰めるように叫んだ。


 ”お願い! 私だと言って!”


 一瞬とまどったが、レイオウは答えようとして。

 ふと視線の先に、待ち望んでいた人を見つけ、走り出す。


 アヤハもセーランも、見逃さなかった。

 今まで無表情で冷静だったレイオウの顔が

 一瞬で明るくなり、優しい笑みを浮かべたことを。


 二人が振り返って、レイオウの行く先を見ると。

 そこにはアイレンが立っていたのだ。


 レイオウを見つけ、ジュアンが驚く。

「え! 約束してたの?」

「ええ。昨日いただいたドレスのサイズを調整するために。

 でもお迎えに来てくださるとは……」


 アイレンがそう言うと、リオは照れたように言う。

「すまない、待っていられなくて。

 さあ、まずはドレスの店にいこうか?

 それともいったんどこかで

 美味しいものを食べるのも良いな」


 あの無関心で無口なレイオウが、笑ったり照れたりしている。


 愛しくてたまらぬ、というように

 アイレンの顔を覗き込み、語り掛けているではないか。


 その姿を呆然と見つめるセーランは、

 かすれた声でつぶやいた。


 ”私では、なかったの?”、と。



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