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39 再会

 カアラを振り切った後、リオはアイレンの家へと向かった。

 門前にはついたが、約束の時間にはかなり早い。

 

 リオが馬車を降り、門を見上げていると。


 いきなり門が開き、中からぞろぞろと女学生たちが出てきた。

 そして大きな花束を抱えるリオを見つけ、

 全員が動けなくなる。


 美しい銀髪に、整った顔の中の大きな青い瞳。

 美形だがたくましく凛々しいその姿から

 目が離せなくなったのだ。


 するとその中の一人がつぶやいた。

「もしかして……リオ?」

 突然名を呼ばれ、リオがそちらを見ると。


 女の子たちの中に、ジュアンもいたのだ。

「ああ、アイレンと仲が良かった、あの……」

「アハハ、ジュアンよ。覚えてないわよね。

 ……でもそんなことより。

 あの子は弱音なんて吐かないけど、

 時々すごく寂しそうだったのよ?」


 ジュアンは笑いながらも、責めるように言う。

 リオは口元に笑みを浮かべ、うなずきながら回想する。

 ”そうだったな。この子はカアラとは違い

 アイレンの本当の友だちだったな”


「遅くなってすまない。

 迎えに来るには、準備が必要だったんだ」

 リオの言葉に、ジュアンは肩をすくめて答える。


「でしょうね。でも経過報告が

 あっても良かったんじゃない?

 ……どうしてプロセスをひた隠しにして

 事後報告したがる男の人って多いのかしら」


「そりゃあそうですよ。中途半端な結果など

 見せたくありませんよね? 若」

 後ろにいた侍従が代わりに答える。


「あら? あなた。確か楽団の……」

「お久しぶりです、お嬢さん。その節はどうも」


 リオにリングを渡してもらうために

 この”太鼓”に預けようとしたのだが、

 ツグロによって盗まれた後だったのだ。


「あの後、アイレンのシグネットリング、

 ちゃんと見つかったんですよ」

「そりゃあ良かった」

 そう言って二人がリオを見ると、

 彼は気恥ずかしそうにうなずいた。


 アイレンが婚約の証であるシグネットリングを

 自分に渡そうとしていたことは聞いていた。


 だからこそ、今日、この場に居るのだ。


 リオは北のダルアーグでの最終日、

 アイレンの両親に”いつかアイレンを迎えに行く”、

 と伝えた時のことを思い出す。


 もちろんアイレンの父の返事は。


「そうか。ではその時が来たら、

 遠慮なく拒否させていただこう」

「あなた!」

「父上っ!」


 妻と息子に責められつつも、アイレンの父は笑って言う。

「可愛い娘の求婚者など、

 すぐに受け入れるわけにはいかないからな。

 たとえ相手が誠実な信頼できる男でも、だ」


 苦笑いするリオに、アイレンの父は優しい目で告げた。

「その日を待っているよ。早く私に反対させて欲しい。

 アイレンに責められ、泣かれて……

 そして私が折れるところまでが、一連の流れだ」


 だから今日は、その約束の日だ。


 今までを振り返り、感慨深げにうつむくリオに、

 ジュアンは強い口調で言った。

「何やってるの? 早く会いに行きなさいよ!

 これ以上、アイレンを待たせないでちょうだい」


 さすがのリオも焦った顔で言い訳する。

「約束の時間には早いんだ。それに。

 荷物を降ろすのに時間がかかるから」

「え? 荷物?」

 ジュアンが馬車を見ると、

 中から次々と贈り物が運び出されていくのが見えた。


 まさかあれ全部?……とつぶやくジュアンの耳に

「嘘でしょ?! 本物のダイヤモンド・ローズ?!」

 という仲間の女学生の叫び声が聞こえた。


 リオが抱える花束が、超高級品だと気付いたのだ。

 女学生全員が両手を口に当て、驚愕している。


 呆れ果てたジュアンがリオに言う。

「……あの贈り物の山も、当然アイレンに、よね」


 リオは照れたように笑い、

 女学生たちはめまいを起こしそうになる。


 こんな素敵な方に、たくさんの贈り物を捧げられた上

 アイレンは求婚されるのだ。

 羨ましいという気持ちを超越し、感動的な気持ちになる。


 常に冷静なジュアンは、たしなめるように言う。

「アイレンのこと、分かってるはずよ?

 贈り物で心が動く子じゃないって。

 それよりも、ちゃんと連絡してあげて欲しかったわ。

 ご両親の事故でとても不安だったでしょうに」


「わかってる。俺が贈りたいから用意しただけだ。

 それにアイレンをもう二度と独りにはしない」

 美形の告白に、女学生たちは歓声をあげる。


 ジュアンはやっと笑ってうなずいた。

「そう、それなら良かったわ。

 ……おかえりなさい、リオ。ご無事でなによりです」


 そしてありがたい仏像を眺めるように立ち尽くす友人たちを

 ひっぱりながら帰っていった。


 そんなジュアンを見送った後、

 リオはすぐに門へと踏み出した。

「若! お荷物は……」

「すまない、先へ行く。後で持ってきてくれ」


 ジュアンのいうとおり、アイレンが最も望む事が

 1秒でも早く”会うこと”ならば。


 門番に早めの来訪を詫び、中に入れてもらう。

 どんどん先に進んで行き、

 玄関にある大きな両開きのドアの前に立った。


 立ち止まって息を吸い込んでいると。

「……リオ?」


 かすれるような声が聞こえてきた。この声は!


 リオが横を向くと、中庭にアイレンと庭師が立っていた。

「……アイレン!」

 そう短く叫んだ後。

 リオは激しく後悔した。

 この花束も後で届けてもらえば良かった、と。


「すまないが持っていてくれ!」

 花束を庭師に向かって渡し、アイレンを抱きしめる。


 夕暮れの庭園。


 そこには、とんでもなく高価な花束を持って慌てる庭師と

 念願の再会を果たした二人がいた。


 ーーーーーーーーーーーー


「……まさかお父様たちとご一緒だったなんて」

 興奮冷めやらぬ表情で、アイレンがつぶやく。


 応接間にはアイレンの両親と弟である善翔(ゼント)

 リオとその侍従である元・楽団の者たちが揃っていた。


 感激の再会後、すぐにアイレンの父が帰宅し、

 彼らから船の沈没後からの真相を、

 アイレンは聞かせてもらったのだ。


 アイレンは改めて礼を述べた。

「リオ、皆さん。私の家族を助けてくださって

 本当にありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ色々助けて頂きました」

 元・楽頭が笑いながら言う。

 かなり高度な”能力者”であるアイレンの両親は

 とても力になったのだ。


 ひとしきり感謝を告げ合った後。


 仕切りなおすように、リオが話し始めた。

「では、天満院様へ改めてお願いいたします。

 こちらのご息女 天満院愛蓮(アイレン)様を……」


 ここまではアイレンも、アイレンの両親も予期していた。

 リオが正式な結婚の申し込みをしに来たことも、

 ちゃんと理解していたのだが。


 知らなかったことが、一つだけあった。

 それはリオの正体だった。


 しばしの沈黙の後、思い切ったようにリオが宣言する。

「アイレン様を、北王門家 嫡男である我の妃として迎えたい」


 わざと仏頂面を作っていたアイレンの父が真顔に変わった。

 嬉しそうな笑顔を見せていた母から笑みが消えた。

 憧れていた人が兄になる、と

 興奮気味の弟は口をポカンと開けた。


 そして、アイレンは。

「北王門……家? リオは……北の、四天王家の」

 驚く彼女に、リオの侍従がうなずき答えた。


「はい。この方の正式な御名(おんな)は、

 北王門 怜王(レイオウ)様とおっしゃいます。

 北王門家の御嫡男であらせられます」


 天帝配下の武将において最強の家門の、その嫡男。

 彼に嫁ぐということは”北の王妃になる”ということだ。


 沈黙が流れた。


 ”四天王家”からのいかなる申し込みに対しても、

 高位といえど一華族に過ぎない天満院家には

 拒否する権限などあるわけがない。

 求婚が一転、”下命”ととらえられても仕方ないのだ。


 リオは唇をかむ。

 今までアイレンの家族は、

 自分が平民のフリをしていたころから

 丁寧に、礼節を持って接してくれていた。


 しかし今後はどうだろう。

 彼が天帝に次ぐ一門だと分かり、

 過剰にひれ伏し、畏怖されてしまうのだろうか。

 ……他の人々のように。


 すると彼の耳にホワン、とした声が聞こえた。

「まあ。だから北にいる時期が一番長かったのね」

 アイレンがひとり、合点がいったようにつぶやく。


 するとアイレンの母も、困惑した声でアイレンに尋ねる。

「……思った以上に遠くに嫁いでしまうのね。

 あなた寒がりだけど、大丈夫?」

「ええ、最初から寒いと分かっていれば準備はできますもの。

 いきなり気温が下がった日が困りものなんですわ」

「そうね、レストランで冷え過ぎの時も」


 のんびりと寒さ対策について語る母娘を

 リオやその侍従はあっけに取られて見ている。


「すごい! あの”八部衆”を従える北王門家でしょ!

 うわあ、カッコいいなあ!」

 ゼントは”武神”と讃えられる一門に対し、

 全く違った意味で興奮している。


「あ、ああ。ここにいる者がその、八部衆なんだ」

「うわあああああ!」

 リオの言葉に、ゼントの興奮は最高潮に達する。


 彼らはそれぞれ楽器の奏者に扮していたが、

 北王門家の誇る精鋭部隊、”八部衆”だったのだ。


 ”龍笛”と”(こと)”を北に残し

 ”(しょう)”、”篳篥(ひちりき)”、”琵琶”、”太鼓”、”(つつみ)

 そして”楽頭”がリオの護衛として、常に同行していた。


 無邪気に大喜びするゼントに対し。

「……駄目です。お断りいたします」

 アイレンの父が真顔のままで言い放ったのだ。


 一瞬で凍り付くリオと八部衆。


 ”琵琶”が慌てて懇願するように言う。

「あの、若様は必死で……」

 それをアイレンの父は片手で制し、アイレンを見た。


 するとアイレンはうなずき、かなり棒読みで答える。

「ひどいわ、どうしてですの」


 しかしアイレンの父はなおも言い切る。

「いや、許さん」


 アイレンはハンカチを取り出し、目に当てた。

「では、泣きます!」

 と宣言をして。


 泣く仕草をするアイレンを見て八部衆は慌てたが、

 リオはもう判っていた。


 アイレンの父が断り、アイレンがそれを非難して泣く。

 約束通り、これが”一連の流れ”なのだ。


 リオは確信していた。

 天満院家はずっと変わらない。

 自分が何者であっても、どのような運命でも。


 彼は改めて、天満院家の人々に申し込んだ。

「どうか、家族として迎え入れていただけませんか」


 そしてリオは、アイレンの父が笑顔でうなずくのを見た。



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