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38 ほころび始める乳母の嘘

「まあ! レイオウ様は帝都にいらっしゃるの?」

 セーランの乳母は思わず声をあげる。


 ”実は婚約者ではない”とバレる前に、

 セーランを直接、レイオウの元に送り届けるのだ。

 それも夜間の自室に。


 それを周りに流布することで

 周囲から固めてやろうと思ったのだが。


 ”あの単純なお姫様のことだ。

 レイオウ様が会いたがってると言えば、

 のこのこ向かいに違いない”


 追い詰められていた乳母は

 そんな杜撰(すさん)な計画を立て、

 北王門家の伝令を呼びつけたのだが。


「はい。レイオウ様は現在、

 この帝都にいらっしゃいます」

 あっさりと居場所を返され、乳母は驚いて尋ねる。

「どのような御用でいらっしゃいましたの?

 何か天帝からお声がかかったのかしら」


 それにも伝令はあっさりと答えた。

「いえ、極めて私的な都合だとお聞きしております」

 乳母は眉をひそめる。

 あの質実剛健で無愛想、

 色事どころか遊興にすら興味の無い王子が

 私的な用事だなんて。


「今日はどちらにいらっしゃるの?」

 とにかく居場所を特定させようと尋ねると

 伝令はさすがに首をひねりながらつぶやく。


「いえ……詳しい予定は私などにはわかりかねますが。

 昨日お会いした時には、

 さまざまな品物の御調達をしなくてはならないと

 帝都の有名なお店の場所をお尋ねになりました」


「あら、どの店かしら?」

 乳母はあくまでも世間話を装って聞き出す。


 伝令もたいした話ではないと思ったのか、

 スラスラとお店の名前をあげたのだ。

「ミセス・フィーダのお店や、ロンゴルド商店とか……」


 次々と出てくる名前はどれも、

 超有名で高級なドレスや宝飾品の店舗だった。


 それを聞いて乳母は思わず吹きだしてしまう。

 ”全部、女性のためのお店ばかりじゃない!

 そこで買い込むということは……

 ふふっ、あんなに断っておいて、

 実はセーラン様に興味をお持ちだったのね!”


 天帝と四天王の一族は、互いに婚姻を結んできた。

 華族や武家など、最初から眼中にないのだ。


 そして今、帝都にいる四天王家の姫は2人。

 しかし南王門家のアヤハ姫にはすでに婚約者がいる。

 つまり、どう考えてもセーランが相手に違いない。


 乳母はそう考えて、どっと力が抜けていくのを感じた。

 ”なあんだ、全てが私の思う通りに運んでいるのね”


 そして嬉しさを隠しきれない顔で伝令に告げる。

「そうでしたら、ご無理は言えませんわ。

 大人しくお待ちすることにいたします」


 伝令は驚いて思わず言葉を返す。

「えっ?! 良いのですか?」

 何度手紙を届けようと、今まで一度たりとも、

 レイオウが東王門家の姫を訪れたことはないのだ。

 どんなに待ったとて、無駄になってしまうのだが。


 困惑する伝令を気にせず、乳母は上機嫌でうなずく。

「……承知いたしました。それでは」

 そして去って行く伝令を、

 乳母はニヤニヤと見送ったのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


 しかしその後すぐ、セーランは偶然にも

 乳母の元から去って行く北王門の伝令を見つけたのだ。

 ”あれは! 北王門の方だわ!”


「おまちください! あのっ!」

 セーランは思わず走り出し、

 必死に彼を呼び止めた。


 東王門家の姫の姫に対し、

 片膝をついて平伏する伝令に、

 セーランは問いかける。


「あ、貴方、もしかして

 レイオウ様からの手紙を持ってきてくださったの?」

 彼は首を横に振った。


「いえ、東王門家よりお呼び出し仕ったのみです」

 こちらから呼び出しただけだと知り

 意気消沈してしまうセーラン。


 しかし彼女は気をとりなおし、伝令に笑顔を見せた。

「今はお忙しい時期なのかしら?」

 すると伝令もにこやかに返す。

「いえいえ! 討伐において素晴らしい成果をあげられ

 今はゆっくりとされていらっしゃいます」


「え、あら、そうなの?」

 いつも忙しさを理由にお会いできないということだったのに。

 何故、会いに来てはくださらないのだろう。


 ちょっと悲しくなったセーランは伝令に頼んだ。

「あの、ではレイオウ様にいただいた

 お花や贈り物のお礼を直接お伝えしたいので、

 お伺いしてもよろしいでしょうか」


 彼女がそういうと、伝令は首をかしげる。

「えっ?! お花や贈り物ですか?」

 セーランは当たり前、という顔でうなずいて言う。


「あなたが運んでくれたのでは?

 いつもこちらからの手紙を渡すときに、

 代わりに持ってきてくださると乳母から聞いたわ」


 すると伝令は不思議そうな顔で答える。

「いえ? 一度も運んだことはございませんが」

「あら、では別の人なのかしら?」


 しかし伝令はあろうことか首を振ったのだ。

「東王門家の姫君とのやり取りは、

 全て私めが任されております。

 レイオウ様()()()書簡は……二年前の年賀が最後かと。

 品物につきましては、そもそもレイオウ様は

 それ自体を禁じておられますので」


「え? えっ、それはどういうこと?」

 セーランは動揺し、彼に詰め寄って尋ねる。


 伝令は控えつつも丁寧に答えた。

「レイオウ様は御嫡男であらせられますが、

 いまだご婚約の儀が整っておりません。

 そのため、どの国に対しても誤解を招かぬよう

 贈物を含む一切のやり取りを控えておられます故」


 セーランは混乱しつつも言う。

「ま、まあ正式には決まって……公表されてはいませんが。

 で、でも、私は別では無いの?」


 使者は申し訳なさそうな顔をし、頭を下げて言った。

「大変申し訳ございませんが、例外はございません。

 東王門の方々も、それはご存じのはずですが……」

 最後は困惑したような声だった。


 去って行く使者を呆然と見ながら、セーランは思った。

 ”では、今までの花や贈り物は、

 いったい誰から届いていたというの?”


 絶対に誰にも出さないはず……それなのに。


 彼女は他人を疑うということを知らなかった。

 まさか乳母が、私利私欲のために

 ”北王門家 嫡男の妻”をエサに、

 セーランを厳しく育て上げたとは夢にも思わないのだ。


 それでも不安は拭えず、すぐに乳母の元へと急いだ。

 伝令と会って話したことを伝えると、

 乳母は露骨に顔をゆがめた。


「レイオウさまは誰にも、花や贈り物をなさらないって」

 そう訴えてくるセーランに対し、

 乳母は内心、舌打ちをしつつ、

 すぐに平静を装って返した。


「それは当たり前です。正規の伝令を使わずに

 ごく近しい者を使って届けられるのですから」

「まあ! では、先ほどの方ではなく、

 やはり別の者が届けてくださっていたのね!」


 乳母はうなずき、そしてニヤリと笑って言う。

「でも、もうじき、レイオウ様がじきじきに

 たくさんの品を携えていらっしゃいますわ」

「ええっ! まさかそんな」

 真っ赤な顔で恥じらうセーランに

 乳母は冷やかすように言ったのだ。


「あの伝令から、今しがた聞いたんです。

 レイオウ様が帝都の、いろんなお店で

 令嬢が喜びそうなものをご用意されていた、って」


 それを聞いたセーランは喜びで倒れそうになる。

 品物よりも、直接むこうから会いに来てくださる、

 それが何よりも嬉しかったのだ。


 これまでの死ぬほどの努力、

 遊ぶことも休むこともままならぬ生活が

 一気に報われたような気持ちになった。


 乳母はニヤニヤしながらつぶやく。

「あの仏頂面で沈着冷静な方が、

 どのような顔で選ぶのか、

 見てみたいものですわね? 姫様」

「まあ、そんなことを言って!」


 フフフ、と笑い合う乳母とセーラン。

 そして二人は、大急ぎでドレスを選びだした。

 彼がここに訪れた時、できるだけ綺麗でいたいから。


 ”レイオウ様にお会いできる!

 そしてやっと、正式な婚約者として認められるのね!”

 時おり涙ぐみながらセーランは支度を進めた。


 強い思い込みによる勘違いをしたまま、

 セーランは深くて暗い穴に落ちていこうとしていたのだ。



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