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37 帝都へ

「迎える準備は整った。

 やっとアイレンに会えるのか」

 レイオウ、いやリオは帝都を訪れていた。


 天満院家が拠点を帝都に戻したことを知り

 ここまでアイレンに会いに来たのだ。


 全ての討伐対象を、自分ひとりで滅することで

 自分の妻には”能力”など必要無い、

 ということを一族に証明してみせたのだ。


 全ては、アイレンを妻に迎えるために。


 しかし彼女の家に行く前に、寄るところがあった。

 それは帝都でも大きな花屋だった。


 リオが店先に立つと、中から店員が出て来て言う。

「いらっしゃいませ! ブーケをお作り……」

 店員の娘は、リオに見惚れてしまい、

 何も言えずに固まってしまう。


 さらさらの銀の髪、大きな青い瞳。

 女性的な美貌であるにも関わらず、

 その体躯はしっかりしていて男らしい。


「はい、大きな花束をひとつ

 作っていただきたいのですが」

 リオが依頼すると、店員は声を震わせながら尋ねる。

「お花の種類や、色味でご希望はございますか?」


 必死にメモを取る店員に、リオは希望を伝えた。

 色、イメージ、そして。


「この花をメインに、できるだけ多く使って

 作っていただきたいのです」

 彼がガラスケースの中の花を指さしたため、

 店員は軽く飛び上がった。

 そして大急ぎで店長を呼びに行ったのだ。


 花束が出来上がるのを待つ間、

 リオはなんとなく周囲の街並みを見渡していた。

 自分の周りに、遠巻きにしながらも

 女の子たちが集まってきているのに困惑しながら。


 すると、その時。

「……リオ? リオなの?!」


 聞いたことがある声に振り向くと、

 振り向くと、そこにはカアラが立っていたのだ。


「ああ、カアラか。久しぶりだな。

 元気そうで何よりだ」

 リオは無表情のままそう言って、また前を向く。


 カアラは前へと回り込み、リオの顔を覗き込んだ。

「ちょっと! それだけ?

 私に会いたかったとか……」

 カアラはそれ以上言えなかった。


 間近で久しぶりに見る幼馴染は

 いっそう凛々しく魅力的になっていたのだ。


 背が伸び、すっかり青年となったリオは

 少年ぽさが消え、一人前の男になっていた。

 ますます美しく凛々しく、

 全ての女性が振り返るほどだ。


 カアラも頬を染めたまま凝視している。

 ”すっごくカッコいいじゃない! 

 こんなに素敵な人、華族にだっていないわ!”


 そしてどんどん欲が膨らんでくる。

 いつもの、身勝手な欲望が。


 ”この人を隣にいつも侍らせる事が出来たら

 私は街中の女の子の憧れを

 一身に集めることが出来るわ”


 実際、今の時点でも、このハンサムな青年と

 仲良く話をしているカアラには

 嫉妬と羨望の視線が集まっているのだ。


 ”それにアイレンだって、リオが好きだったはず。

 今度こそ悔しがらせることができるかもしれない”


 さまざまなメリットを思いつくが、

 実のところカアラは

 元からリオが好きだったのだ。


 しかし彼を平民だと思っているため

 無理やり対象から外していたが、

 昔から惹かれていたのは彼だけだ。


 カアラはさっそく自慢げに言う。

「うち、帝都でもかなりのお金持ちになったのよ」

 母が再婚したとは言わない。

 芋づる式に、父親が逮捕されたことがバレるから。


「……そうか良かったな」

 リオは興味ない、という風に棒読みで返事をする。

 カアラは自分に関心を持たせようと、

 彼の腕を引っ張りながら言う。


「ねえ、私がスポンサーになってあげようか?」

 カアラの手を振りほどいて、

 一歩離れながらリオが尋ねる。

「何のだ?」


 カアラはウフフと笑って答える。

「もちろん、あなたの楽団の、よ。

 もっと良い衣装も用意してあげられるし、

 専用の劇場だって買ってあげられるわ!」


 そんなことを言いながら、心の中でカアラは計算する。


 実は義理の父親から、結婚を勧められているのだ。

 相手は義父の事業の提携相手である中年男性だ。


 当然カアラは断固拒否したが、

 カアラの母親は味方になってはくれなかった。

「ごめんなさい……お見合いの時に、

 ”カアラを嫁がせても良い”って言っちゃったのよ」


 両手を合わせて詫びるカアラの母に、カアラは激昂した。

「ひどいわ! お母様!」

「だって、あんな中年の男だとは思わなかったのよ!

 大金持ちの商家の子息だっていうから!」


 親子喧嘩をする二人を前に、義理の父は言い放った。

「カアラよ、そのためにお前にマナー講師をつけたのだ。

 シャーサ、結婚の時の契約は守ってもらおう」


 この義父にとっては、結婚も事業の一環に過ぎない。

 だからカアラはカアラの母が持つ”資産”として扱われたのだ。


 カアラはそれを思い出しながら、必死に考える。

 ”あんな気色の悪いブタ親父に嫁ぐなんて、

 ぜえったい我慢できないけど、

 楽団のスポンサーになってもらうことを条件にOKしよう。

 そうすれば、リオを私の、私だけの情夫にできるわ!”


 カアラにとっては完璧な計画だったが。


 リオは顔さえ向けず、あっさりと断った。

「断る。というより、俺たちはもう楽団は辞めたんだ」

「えええー! うそでしょお!」

 ひっくり返らんばかりに驚くカアラ。


 そして我が事のように焦りながら聞いてくる。

「じゃあ、どうするの? どうやって食べていくの?」


 リオはめんどくさそうに黙ったが、

 何も言わないままだと離れそうにもないため

 しぶしぶ答えた。

「……家を継ぐ。元からその予定だった。

 わかったら、さっさと帰れ。

 これ以上のことは、お前には関係の無い話だ」


「関係の無い話って……そんなこと無いわよ!

 ねえ、何の商売? それとも農業とか、畜産?」


 言ってもしつこく食い下がってるか、

 と呆れながら、リオは不快そうに顔を背けて無視する。


 すると店の奥から、花束が歩いてきたのだ。

「お、お待たせしましたー!」

「きゃあ! なんなの!?」

 カアラが悲鳴をあげて後ずさる。


 抱えている店長が隠れるほどの、巨大な花束。


 それは淡い水色やピンクの光をキラキラと放つ、

 最も高価で貴重な”ダイヤモンド・ローズ”が

 ふんだんに使われていたのだ。


 ”花の宝石”の異名を持つその花は、

 1本だけでもドレスが買えるほどの値段だった。


 リオはお礼を言いつつ、店長からその花束を受け取った。

 そして満足そうに眺める。

 カアラはそれに手を伸ばして甘えた声を出す。


「すっごおおい! 綺麗ねえ。

 それ、どうするの? 私にくれるの?」


「くだらない冗談はよせ。

 お前はその辺の草でも抜いてろ」

 リオはそう言って、さっさと背を向けて歩き出す。

「ちょっと、リオ! どこに……」


 それを無視してリオは、

 離れて止まっていた馬車に手を挙げる。

 御者はうなずき、こちらへと歩みを進めてきた。


 近くまで来ると、リオはさっさと乗り込もうとする。

 するとカアラはその前を割り込んで、

 どさくさに紛れて乗り込もうとしたのだ。


「わあ! すごいじゃない!」

 馬車の中には、所狭しと贈り物が置かれていたのだ。

 数えきれないほどのプレゼントに、

 カアラは目を丸くし、入り口で足を止めた。


 美しく包装されたそれらは、

 一目見てわかるほど高級品で

 バッグや靴、装飾品だけでなく、

 めずらしいお菓子や果物もたくさん並んでいた。


 カアラが夢のような光景に見とれていると。

 急に襟足を掴まれ、引き下ろされる。

「さっさと降りろ」

「ちょっと何すんのよレディに!

 これだから平民の男は!」


 それを聞き、リオは少し口元をほころばせながら

 馬車に乗り込んでいき、ドアを閉める。


 カアラは窓から叫んだ。

「ねえ、リオ! 私も乗せてよ!」

「ダメだ。これから用事がある」

「ぐすんぐすん、足が痛いの」

「そうか、ではお大事に」


 御者が小窓からリオに尋ねる。

「出発いたします」

「ああ、天満院家へ急いでくれ。

 この花を早く渡したいからな」


 最後に聞き捨てならない言葉が聞こえ

 カアラは一瞬で頭に血がのぼる。

「リオ! あなた、まさかっ!」


 カアラの声も空しく、馬車は走り出す。


 遠ざかっていくその姿を見ながらカアラは怒り狂う。

 華族に対して無礼なことを!

 たかが平民のくせに……!

 そこまで思って気が付く。


 ”平民なら、私の能力である”魅了”は防げないはず。

 ということは、高価な魔道具を持っているのね”


 そこでカアラが出した結論は。

 ”リオって実は、ものすごい金持ちの息子なのね。

 それなら義父を説得できるわ!

 彼と結婚も出来て、一石二鳥よね”


 ついさっきまで真っ赤な顔で激怒していた娘が

 フヒヒヒ……と不気味な笑いを浮かべているのだ。


 遠巻きに彼女を見ていた人々は、

 見てはいけないもののように、足早に去って行く。


 それにすら気付かず、カアラは笑い続けていた。




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