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30 落ちて消え去る

「どうしてこんなことに……」

 カアラの母が呆然とつぶやいた。


 ここ数日、工場の取引先が次々と

 契約の終了を宣言したのだ。


 始めは、出荷物を購入してくれていた卸問屋。

 その次は、材料を売ってくれた資材業者。

 そして工場の職人が引き抜かれ、

 出入りする弁当屋まで来なくなったのだ。


「分かりきったことを。

 全てはカアラのせいだ」

 カアラの父がうめくように言う。


 あの祝賀会でカアラは、盛大にやらかしたのだ。

 ただドレスコードに反しただけでなく、

 主催した八幡守家の、

 しかもその日の主役に無礼を振る舞ったのだ。


 さらにカアラは、アイレンを貶めるために、

 中流華族たちを騙して利用しようとし

 八幡守家の娘に真実を露呈され、厳しく咎められたのだ。


 しかし工場がつぶれたのは、そのせいではなかった。


「お前のせいで俺たちまで、

 八幡守家の不興を買ったのだぞ!」

 と、利用されかけた青年たちを激怒させたためだ。


 青年たちの家は、小端館家(カアラたち)よりも家格がずっと上だった。


 彼らは報復と、八幡守家と天満院家(アイレン)に対し

 ”自分たちは小端館家とは何のつながりもなく、

 むしろ敵対している”

 とアピールするために、

 ”小端館家とは、今後一切、取引をするな”

 と、配下の事業者たちに指令を出したのだ。


 そうして次々と契約が切られ、

 とうとう閉鎖せざるを得なくなったのだ。


「私のせいだって言うの?

 あのドレスを作るのも着ていくのも、

 大賛成してくれたじゃないっ!」

 カアラは歯を剥きだして父親に怒鳴った。


 しかしそれを、母親が泣き声で言い返したのだ。

「でもドレスコードに反しているとわかってから

 私は何度も”着替えましょう”って言ったのよ?

 アイレンに頼んで、茶色のドレスを借りましょうって!

 それなのに、あなたが

 ”このままでいい”って言い張ったのよ!」


 確かにその通りだった。

 ムキになってしまったのもあるが、

 皆の前に出てみて、不評だったら着替えれば良い、

 そう思っただけなのだ。


 それがあんな、取り返しのつかないことになるなんて。


 母親はグダグダと愚痴り続ける。

「”道化”と言われたくらいで逆上してしまうなんて。

 せめて可愛らしく泣けば、

 あの方々も許してくださったでしょうに……」


 図星をさされ、カアラはぐっと詰まってしまう。

 ”知らなかったんです”とシクシク泣けば

 あの紳士な方々は、むしろ気を使ってくださっただろう。


 そして別室へと案内され、

 茶色のドレスを着せてくれて、

 泣かせたお詫びだといって

 エスコートしてくださって。


 ”それをきっかけに親しくなったはずよ!”

 カアラは悔しさのあまり髪をかきむしった。


 その後にしても、カアラは何度も

 やり直す機会を得ていたのだ。


 アイレンを貶めようとさえしなければ

 中流華族の青年とも知り合いくらいにはなれたろう。


「なんで、こんなことに!」

 カアラが母親と同じことを言うと

 同じようにカアラの父がその答えを告げる。


「全てはお前のせいだ、カアラ。

 お前のワガママで我が家は破滅するのだ!」


「違う、ワガママなんかじゃない!

 だってアイレンが……」

 カアラはそこまで言って気が付いた。


 アイレンが幸せなのが許せなかった。

 カアラはいつも、アイレンの不幸を願っていたのだ。


 アイレンから家を奪おうとして、カアラは住む場所を失った。

 アイレンから学びの場を奪おうとして、

 カアラが学べぬ場に通うことになった。


 婚約者(ツグロ)を奪ったつもりが、

 別に婚約者でも何でもなかった上に、

 自分の方が彼に見捨てられ突き放されたのだ。


 ”私がいつも一番で、特別な存在でいたいのに!”


 だから犯罪にまで手を染めて、

 アイレンの友だちに嫌がらせしたのだ。

 カアラがそこまで思い出した時。


 ドンドン!


 誰かが強くドアを叩いている。

「すみません! 御在宅でしょうか?」


 カアラの母が扉を開けると、

 なだれ込むように黒衣の男たちが入ってくる。


「キャア! 何ですか、あなたたち!」

 カアラの母が叫ぶと、彼らは白い紙を提示して告げた。

「小端館氏に逮捕状が出ています。

 ”和菓子屋 織田”の件と言えばお分かりですね?」


 何のことだ? としらばっくれようとしたカアラの父に

 一人の警察官が冷たく言い放った。


「逃亡中だった実行犯の男が捕まりました。

 彼が自白しただけでなく、貴方との契約書、

 そして二人の会話を記録した魔道具を押収したのです」

「アイツめ! そんなものを!」

 カアラの父は思わず吐き捨てる。


 犯人は契約を反故にされないよう、録音していたのだ。

 和菓子屋(ジュアンの家)に冤罪をかけろ、という依頼を。

 その報酬に多額のお金を支払うという約束を。


 後ろ手に呪縛される父は真っ赤な顔で怒り狂い

 母は床に座り込んで泣き叫んでいる。


 カアラは思った。

 もう何もかもお終いだ。


 そして思い出す。

 仲睦まじく語り合うリオとアイレンを横目で見ながら

 ”絶対、いつか全部、アイレンから取り上げてやる。

 惨めで、屈辱にまみれた立場に落としてやる”

 と決意した日の事を。


 全て失ったのも、

 惨めで屈辱にまみれた立場になったのも、

 私のほうじゃない!


 カアラは笑い出した。


 怒る父、泣く母だけでなく、

 警察官たちもあぜんと見守る中、

 カアラは笑い続けたのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


 重なる借金だけでなく、

 犯罪にまで手を染めていたことが明らかになり

 小端館家はとうとう取りつぶしとなった。


 ”和菓子屋 冤罪事件”の主犯として報道され

 カアラの父は捕まり、帝都へと護送されていった。


 小端館家は以前より、

 平民に対し高慢に振る舞っていたため、

 非難や糾弾の声が激しかった。


 特にカアラは”魅了”を使って他人の恋人に手を出したり

 気に入らない店に嫌がらせをしてきたのだ。

 数多くの恨みを買っていたため、

 かばうものは一人もいなかった。


 それどころか。


「僕は知らない! カアラなんて好きじゃなかった!

 婚約だって正式にはしてなかったんです!」

 警察にしつこく調べられ、ツグロは必死に説明した。


「あんな家、うちとは無関係ですよ!

 とっくに縁を切ってます!」

 ツグロの両親も尋問され、身辺を調査されたのだ。


 結局、何も関連性は見つからず、

 共犯者として捕まることはなかったが。


 ツグロたち一家は、

 犯罪に加担していないことをアピールしたいがために

 ”婚約者”と”婚約者の家”を激しく否定し、悪しざまに罵った。


 それにより彼らはいっそう、

 世間の評判を落とすことになる。

「あんなにムキになって、逆に怪しいね」

「共犯ではなくても、婚約者をあんな風にいうなんて」


 どんどん地に落ちて行く周囲の評価に

 ツグロは絶望を深めていった。

 ”良い結婚相手をつかむつもりだったのに。

 もう誰からも相手にされないよ”


 せめてアイレンに対し、騙したり嘘の噂を流したりせず

 誠実に対応すれば良かった……。


 自室に閉じこもったまま

 ツグロは後悔の念に苛まれ続けたのだ。


 ーーーーーーーーーーーー


 結局、カアラの母とカアラは逃げるように去って行った。


 アイレンと執事が家を訪ねた時は、

 すでに”もぬけの殻”だったのだ。


「ジュアンの家にしたことは許されないことだけど

 やり直す機会はきっと、この先も得られるわね」

 少し悲し気にアイレンが笑うと、執事は無言でうなずいた。


 しかしその心中では首を横に振っていたのだ。

 ”あの家族は、そのような機会を何度与えられようと

 おそらく無駄にするでしょう、アイレン様”


 そして考える。

 ”あの手の人間が、こういう時に考えることは一つ。

 ……逆恨みと、お門違いの報復だ”


 だから執事は密かに命じたのだ。

 カアラたちの足取りを追い、

 定期的に監視することを。


 これがのちのち、執事自身を

 ”講じておいて良かった”

 と安堵させることになるのだ。



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