29 さらなる転落
ドレスコードを無視した格好をしたあげく、
本日の主役に無礼な発言をしたカアラ。
この高貴な人々が集うパーティーで、
すっかり”礼儀も常識も知らない娘”として広まったのだ。
「このパーティーは、もうダメだ。
……さっさと帰るぞ」
目頭を押さえながら、カアラの父は落胆する。
「そんな! 馬車も御者も借りて、
このドレスだって、いくらかかったと思うの?!」
カアラの母が金切り声をあげるが、父がすぐに言い返す。
「このままここにいても、
カアラを相手にする者なぞいるまい!
笑い者になるだけだぞ!」
その間で、カアラはすっくと立ちあがった。
そして門とは反対方向へと歩き出す。
「どこに行く! カアラ!」
「……嫌よ」
そうつぶやいて、カアラはどんどん歩いていく。
必死で追いついてきた両親に、
カアラは振り返って叫んだ。
「このまま帰るなんて嫌よ!
アイレンに負けたみたいじゃない!
中にはね、素敵な方がいーーーーっぱい居たのよ?
誰かひとりくらい、絶対にお知り合いになるんだからっ!」
カアラの両親が彼女をなだめようとした、その瞬間。
三人の近くに、風にあおられ飛んできた帽子が落ちた。
「おーい! そこの君。
そこの帽子を拾っておいてくれないか」
遠くから走ってくる三人の青年が見えた。
カアラは反射的に、帽子をわしづかみにする。
そして素早く髪やドレスを整え、
最後に出来る限り可愛い笑顔で
彼らの到着を待った。
青年たちは息を切らせながらカアラの前に立ち、
礼儀正しく一礼した後、爽やかな笑顔を見せて言った。
「拾って下さりありがとうございます」
三人とも、先ほどの会場にいた青年たちほどは
立派でもハンサムでもなかったが
充分に裕福そうで、見た目も悪くはなかった。
おそらく、会場の中央に行くのは気が引けるような
比較的下位の華族や武家の令息なのだろう。
”まあ、とりあえず今日はこの程度で良いか。
最高級は手に入らなくても、
手ぶらで帰るよりかはマシよ”
素早く脳内で、そう判断したカアラは
たどたどしくもカーテシーをし、
媚びのある甘い声で返事をした。
「皆さまのお役に立ててぇ、ウフフ、
私、うれしいですぅ」
しかし、返事がなかった。
彼らはカアラのドレスを凝視していたのだ。
やがて。
「うわーはっは嘘だろすごいな!」
「アハハハ、孔雀!
ドレスコードが孔雀だから、孔雀の恰好!」
「”平服でお越しください”ってのを読んで
兵服で行ったって笑い話あったよなあ」
三人の青年は笑い転げている。
悔しさと恥ずかしさで
顔を真っ赤にしているカアラの腕を
カアラの母がひっぱって言う。
「失礼な方たちね! さ、行きましょ!」
しかしカアラは彼らに向かって
自分を売り込んだのだ。
「騙されたんですっ、私。
従妹のアイレンに”孔雀の恰好をしていくものだ”って」
そしてカアラはポロポロと涙をこぼした。
一見、可憐な娘が泣き出したため、
青年たちは大慌てで謝罪し、彼女を慰めだす。
「ひどいなあ、そのアイレンって子」
「い、いつもすっごく意地悪なんですっ、ヒクッ」
「泣かないで。たぶん君の可愛さを妬んでるんだよ」
望む言葉をどんどん引き出すことが出来、
カアラは内心、ほくそ笑んでいた。
「私だってこんなドレスぅ、着たくなかったのに。
アイレンが無理やり着せたんです!
嫌だっていったのにぃ……」
カアラが舌足らずな甘えた調子で言うと、
彼らは憤慨して叫んだのだ。
「そんな女、俺が泣くまで罵倒してやるよ!」
「ああ、蹴り上げてやりたいくらいだ」
「この子にこんなみっともない恰好させた罰だ、
その子にもこのダサい服を着せてやろうぜ!」
自分がデザインしたドレスをボロクソに言われ、
カアラは一瞬ムッとするが。
”まあいいわ。アイレンがこの人たちに
罵倒され蹴り上げられるのが見れるなら”
そう思ったカアラは彼らに強く願った。
「ぜひ! やってください!」
「やれるものならやってみよ」
いきなり聞こえた声に、カアラたちが横を向くと、
黒いストレートの長髪をひとまとめにし
茶色の羽織に黒の袴を身に着けた娘が
腕を組んで立っていた。
切れ長の美しい瞳に、鼻筋がとおった
意思が強そうな美少女だ。
そしてその横には。
「カアラ……大丈夫?」
あぜんとした表情のアイレンが立っているではないか。
「あ、アイレン……」
思わずカアラがつぶやくと、青年たちがアイレンを見て言う。
「えっ? 彼女がアイレン?」
そして困惑した表情で固まっている。
カアラは一瞬驚いたが、すぐに期待で胸が高鳴る。
”さあ、アイレンを怒鳴りつけて!
蹴り上げてちょうだい!”
しかし彼は微動だにしない。
そしてずっと、黒髪の美少女を見ている。
彼女は目を細めて、彼らにもう一度言ったのだ。
「やれるものならやってごらん。
その前にお前たちの両腕を、
この”宗近”で叩き切ってやる!」
そう言って脇にさした刀に手を添えた。
それをアイレンが苦笑いで止める。
「待って巴ちゃん。
彼らは誤解してるだけだから」
するとトモエと呼ばれた娘は彼らに言ったのだ。
「この娘は、自分の意志でこれを着たのだ。
アイレンはちゃんと止めていた。
”代わりの服を借りた方が良い”、と」
「ええっ!? そうなのか?」
三人の青年がカアラを見た。
カアラは慌てて反論する。
「嘘よ! この子もアイレンとグルなのっ!」
「黙れよ! そんなわけあるか!」
しかしトモエでもアイレンでもなく、
青年の一人が必死にそれを否定したのだ。
他の二人もうなずいている。
トモエは続ける。
「アイレンは、マナーを反するリスクも警告した。
それをこの子、”わかってる”って一蹴したのだ!」
「違うわ! あなたがなんでそんなこと……」
「だから黙れって! 控えろよ!」
カアラは青年に制止され、驚いて動きを止める。
”なんなの? 急に寝返るなんて”
カアラは作戦を変えることにした。
泣いて同情を誘うのだ。
「どうして信じてくださらないのぉ?
この子が見ても無いのに嘘を……」
泣き真似をするカアラを、トモエが鼻で笑って言う。
「見たとも。私もあの控室にいたのだから」
泣いていたカアラの動きが、ピタリと止まった。
トモエはあごをあげ、カアラを見据えて言う。
「もちろん私だけではない。
あの場にいた”四守”の夫人も令嬢も聞いていた」
4大武家が証人と言われ、
さすがのカアラも黙り込む。
「それで? わが友アイレンに何と申すつもりか?」
トモエが睨みをきかせて言い放つと
三人の青年が大慌てで片膝をついて叫んだ。
「お許しください!」
「この娘がまさか嘘をついているとは思わず」
「勢いで言ってしまっただけなのです!」
トモエは眉をひそめてつぶやく。
「下らぬ者にたやすく篭絡され、
軽率なふるまいに走るとは。
お主たちの家門も先が危ういのう」
その言葉に、三人の青年が震えあがる。
カアラもやっと察したのだ。
この黒髪の娘の正体を。
「ご寛恕くださるよう
お願い申し上げます……八幡守 巴様」
震えながら手を付く三人。
トモエの視線がカアラに移る。
「ア、アイレン! とりなすのだ! 早く!」
それまで黙って見ていたカアラの両親が
アイレンに命じた。
「とりなす? 何をでしょうか?」
「もちろんあの娘に
”謝罪をするようにうながせ”、
ということだろう」
アイレンの問いに、トモエが答える。
はあ、とうなずくアイレンの姿に
カアラの父たちはもう何も言えなかった。
これ以上、何を言っても、
八幡守家の怒りを増すだけだ、と察して。
それでも動けないカアラの腕を、
青年の一人が引っ張る。
仕方なく、カアラは地面に腕をついた。
ようやく頭を下げたカアラに、トモエが言った。
「小端館家の娘よ。
アイレンが必死で止めたにも関わらず
お前はその奇妙なドレスで参加することを選んだ」
カアラは返事をしないが、トモエは続ける。
「案の定、兄上やご学友にお前が袖にされ、
落ち込んでいる姿を見たアイレンは
替えのドレスを取りに走ったというのに……」
カアラはショックでめまいがした。
あの惨めな姿を、アイレンが見たというのか。
アイレンが落ち込む姿を見たいと思ったのに、
落ち込む姿をアイレンに見られるなんて。
「もう良いでしょう、皆さま、お立ちになって」
そしてアイレンはカアラに優しく言った。
「よほど恥ずかしかったのね。
大丈夫よ、八幡守夫人がドレスをお貸しくださるわ」
しかしカアラの父は、それを拒否して言う。
「いや、結構だ。我々はもう帰るところだ」
もはやカアラに良縁は望めず、
それどころか小端館家は八幡守家の怒りを買ったのだ。
「そうですか……」
アイレンがカアラを見ると、彼女もうなずいた。
「では、会場に戻ります。
皆さま、ごきげんよう」
そしてトモエと二人、去って行った。
呆然と立ち尽くす三人の青年とカアラ。
しかしやがてカアラは、三人が自分を
汚物を見るような目で見ていることに気付いた。
彼らは口々にカアラを責める。
「自分で着たとはなあ、そんなみっともない服」
「安っぽい生地に派手でセンスの悪い配色、
まるで道化かよ!」
「しかも大ウソつきときたもんだ!」
機関銃のように飛び出してくる悪口に
カアラはカッとなり、青年の一人につかみかかった。
「何よ! 役立たずのくせに!」
すると青年は足を蹴り上げて
近づいてきたカアラを弾き飛ばしたのだ。
「触れるな! 醜女が!」
「カアラっ!」
あわててカアラの母が駆け寄る。
カアラの父が青年たちに怒鳴りつけた。
「お前たち! 許さんぞ!」
しかし青年たちは皆、ものすごい形相で言い返した。
「許さないのはこっちだ!」
「こいつのせいで俺たちは
八幡守家の不興を買ったのだぞ!」
「小端館家といったな? 覚えていろよ!」
そうして唾を吐き、去って行く彼をみながら
カアラは思ったのだ。
”アイレンが罵倒され、
蹴り上げられるはずだったのに。
やっぱりそうなったのは私だった。
まさか、アイレンに不幸を願うと、
それが私に降りかかるの?”
やっと気づいたカアラ。
……しかし、もう遅いのだ。