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28 生き恥

 招待状に書かれた”ドレスコードは孔雀”という言葉を

 カアラはすっかり勘違いし

 ”可愛いピンクの孔雀”

 をイメージしたドレスを作ってしまったのだ。


 控室の中の女性はみんな、カアラを見て硬直している。

 あまりの場違いさに混乱しているのだ。


 さすがに高貴な者たちの集いであるため、

 誰も表立って笑ったり揶揄する者はいない。

 それぞれが静かに、自分の支度を続けている。


 それを見たカアラ母子は焦りつつも、

 大丈夫だと判断してしまった。

「べ、別に問題ないのでは?」

「そうよ、お母様。かえって目立って良いじゃない」


 ”ともかく、今日は絶対に大金持ちで

 (くらい)も高くカッコ良い人に見初められるのだ”

 カアラは決意を新たにし、化粧を直そうとするが。


「……ね、カアラ。私、八幡守の奥様とは

 親しくさせて頂いていてね」

「はあ? 何それ、自慢?」

 この祝賀会を主催する家と親密だとは。

 カアラはムッとするが、アイレンの言いたいことは

 もちろんそんなことではない。


「だからね、ご相談すれば、

 新しいドレスをお貸しくださると思うの」

 こういった名家のパーティーの主催者は、

 飲み物をこぼすなどして汚してしまう人のために

 換えのドレスやスーツを

 何着か用意していてくれるものだ。


 カアラは一瞬迷った。

 視線をドレスに移し、自分の姿を眺める。

 ”このドレス、高かったのに……

 シルクではなくサテンだけど

 それでも自分でデザインして仕立てたドレスなのに!”


 横でカアラの母が、弱々しくつぶやいた。

「じゃ、じゃあお願いしようかしら?

 ねえ、カアラ」

 パアっと顔を明るくするアイレンを見て、

 カアラの心ははっきりと答えを出した。

「嫌よ。このままで良いわ」


 ガクッとするアイレンを見て、

 カアラの心は満足で満たされていく。

 ”そうよ、私に断られて落ち込めばいい。

 私はそういうアイレンが見たいの!”


 しかしカアラの願いもむなしく、

 アイレンはあっさり笑顔を見せた。

 どうやらガクッといったのは、

 ”拍子抜けした”程度の脱力だったのだろう。


 そしてすでに割り切ったようにサバサバと言った。

「そうね、余計なお世話だったかも。

 どんな時も自分らしさを貫くのは、

 カアラらしいとも思いますし」


「ええ私、常に可愛く美しくいたいの」

 カアラはツン、とすまして答えた。


 しかしアイレンはカアラを戒めるように言う。

「それは素敵だと思うし、カアラの自由だけど。

 でもね、ルールやマナーってつまりは、”思いやり”なの。

 破る時のリスクやデメリットも、

 自分で負わなくてはならないのよ?」


「そんなのわかってるわよ! 承知の上だわ!」

 アイレンの最後の忠告を、

 カアラはムキになって対抗する。


「なら、良いの。祝賀会、楽しみましょうね」

 アイレンは、何た言いたげなカアラの母にお辞儀し

 そのまま控室から出て行った。


 それを見送った後、

 カアラはフン! と鼻を鳴らしてつぶやく。

「何がリスクよ、偉そうに」


 そして気を取り直してメイクしようと振り返ると。


 先ほどとは、周囲の視線が明らかに違うのだ。

 さっきは皆、戸惑う様子が見られたが、

 今はハッキリと”嫌悪”や”拒絶”が感じられる。


 それはそうだろう。

 アイレンとの会話を聞かれていたのだ。


 だからこの派手な衣装の娘が、

 ドレスコードを知らずに

 このような格好をしてしまったのではなく、

 それを無視し、()()()着ていると知ったのだ。


 そして皆、冷たい視線を外すと、

 何事も無いかのように振る舞い始める。

 ”関わっては行けない人種”と判断したからだ。


 カアラの母がいきなり、カアラの手を引いて

 控室から飛び出した。

「ちょ、ちょっと! お母様?!」

「アイレンを探すのよ!

 新しい服、貸してもらいましょう!」


 そう言う母に、カアラは文句を言う。

「まあ、ちょっと待ってよ。

 いったんこれで出てみましょうよ。

 反応が悪ければ着替える、ってことで良いじゃない」


 確かにそうかもしれない、と思い直し、

 二人は会場であるガーデンへと向かった。

 それが最悪の判断だとは思わずに。


 ーーーーーーーーーーーー


 ”帰りたい……でも、動けない”


 カアラは噴水の前で、銅像のように硬直していた。

 その横でカアラの母が、

 夫を探してキョロキョロしている。


 このガーデンには人が溢れかえっているのに

 二人の周囲には何メートルもの空間が開き、

 遠巻きにされている。


 出て来た時、案の定、皆の視線が集中し、

 カアラはここぞとばかりに微笑んだ、のだが。


 ぶっ。


 年若い令息の数人が吹き出したのだ。


 ”え? 笑われたの? 私が?”

 とカアラがとまどっていると、

 ずんずん近づいてくる青年たちがいる。


 ”あら、さっき控室に入る前に、

 私を見つけて見とれていた人じゃない!

 やっはり一目惚れされてたのね、私”

 などと思い、カアラは彼らを笑顔で迎える。


「いや、本当にすごいな」

 ロイヤルブルーに金の刺繍のスーツを着た青年が

 綺麗な顔を崩し笑っている。


「な? 最初見た時は目を疑ったよ。

 すごい仕上がりだろう」

 さっきカアラを見て硬直していた青年が言う。

 赤い羽織には豪奢な鷹が描かれ、

 袴はなんと金色と黒の市松模様だ。

 彼も大きな瞳の凛々しい顔立ちだ。


 ”みんな、本当に立派だしハンサムだわ”

 カアラはウットリと彼らを見ていたが、

 誰とも視線が合わないことに気付く。

 ”あれ? 誰も私の顔は見てない?”


 白いスーツに紫のマントを羽織った青年が

 カアラに対してにこやかに話しかける。

「ああ君、始めてくれたまえ」


 始める? 

 カアラはそれが自己紹介だと思い、

「は、はじめまして!

 私、小端館 香新(カアラ)と申します、

 あの、皆さまにお会いできるのを……」


「ああ、そういうのは良いよ。興ざめだろう。

 場が盛り上がるように、さっさと始めてくれ」

 それをさえぎって、青年はカアラに命じる。


 カアラは訳が分からず困惑する。

「え、あの、何を……」


 すると黒地に銀の文様が描かれた

 格式高そうな羽織をまとった青年が

 優しく言ったのだ。


「みんな、そうせっついてはいけないよ。

 きっと営業は初めてなのだろう」

 その青年の端正な顔に見とれていたカアラは

 ”営業”という言葉で我に返る。


 すると白いスーツの青年はおどけたように言ったのだ。

「だってさ君の家は毎年、

 すごい芸人を呼ぶじゃないか。

 去年なんて、しばらくの間は

 思い出し笑いが止まらなかったよ」

 他の人たちも笑顔でうなずく。


 芸人……つまりは、道化(ピエロ)だ。


 衝撃を受けるカアラに、

 黒の羽織の青年が止めを刺したのだ。


「そんなこと言ったら、

 この子がプレッシャーになるだろう?

 君、そんなに笑いがとれなくても

 気にしなくて良いからね」


 カッとなりやすいカアラは、

 道化だと言われた屈辱に

 耐えることができなかった。


「ふざけないで! 誰が芸人よっ!

 私は招待客なのよ?!

 来てあげたんだから、

 もてなすのはそっちでしょう!」


 万事休す、の瞬間だった。

 周囲ははじめ、ドン引きし静まり返っていたが。


 休憩室の時とは違い、次々と

 ”ドレスコード違反”を指摘する声が沸き上がる。


 案の定、赤い羽織の青年が厳しい声で責める。

「招待客だと言うのなら、

 なぜドレスコードを守ら……」

 それを制し、黒い羽織の青年がカアラに向き。


「大変申し訳ございません。無礼な物言い、

 武勲の誉れに浮かれるうつけ者の戯言、

 とお許しください……では失礼いたします」

 そう言ってしっかりと礼をし、去って行った。


 カアラは気が遠くなった。

 この黒い羽織の青年が、この祝賀会の主役であり

 八幡守家の嫡男だったのだ。


 他の青年たちは彼と親しい者なのだろう。

 彼らもカアラに対し冷酷な視線を送った後

 足早に去って行ってしまった。


「あの! お待ちください!

 違うんです、私っ!」

 カアラは必死に叫んだが、時すでに遅し。


 追いかけようとしても、

 侍従が出て来て、両手を広げて阻止された。


 あぜんと立ち尽くすカアラに、

 追い打ちをかけるように周囲から声が聞こえる。


「あのような奇妙な格好をしておいて

 ”道化”ではない、などと言われても……」

「せっかくの寿ぎの場で、

 主役に頭を下げさせるとは許されんぞ!」

 カアラのドレスコード違反を責める声や

 暴言に呆れたり怒っている声ばかりだ。


 ”ああ、終わった。

 この会場で結婚相手を見つけるのは無理だ”

 主催である八幡守家に対し盾突き、

 唾を吐くようなふるまいをしたのだ。


 ポツンと残されたカアラたちのところに、

 カアラの父が真っ青な顔でやって来る。


 そして開口一番、カアラに尋ねたのだ。

「いったい何をしたのだ、カアラ」


「な、何って? お父様?」

 ごまかすようにカアラが笑うと、

 カアラの腕を強引に引き、父が走り出した。


「あなた?!」

 カアラの母も必死について来るが、

 本気で走っているらしく、

 カアラはほとんど引きずられるようだった。


 ガーデンから離れたところで

 父がカアラの腕を離した。

 その場に倒れ込むカアラ。


「あ、あなた! どうしたというのよ!」

 息を切らせながら、カアラの母が問いかける。


 カアラの父もしばらくハアハアとしていたが

 やがて振り返りもせずに言ったのだ。

「”雄の孔雀”としてふるまうということは

 ”婿をもらう”という宣言だな、と言われた……」


 カアラは立ち上がりながら叫ぶ。

「いいじゃない! それでも!

 上位華族か有力な武家の方に来てもらえば……」

「馬鹿か!? お前はっ!」

 カアラの父は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 びっくりして固まるカアラ。


 忌々しいといった顔で、

 カアラの父は吐き捨てるように言う。

「誰が自分より格下の家に息子をやるのだ?

 それにどんなメリットがある?

 良家の令息を婿に迎えられるのは、

 もっと上位の家の娘だけだ!」


 カアラの母が必死に反論する。

「で、でもカアラの可愛さに惹かれて……」


「ハッ! カアラの馬鹿はお前譲りか。

 なあ、カアラがあの会場で、

 なんと言われていたと思う?」


 そしてカアラの父は、

 我が子を汚物でも見るような目で言ったのだ。


「”道化のほうがまだマシの狂い女(くるいめ)

 お前はもう、天上人の間では妖魔扱いなのだ!」



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