27 祝賀会に乗り込む
「……なんといいますか、”冒険小説”を一冊
読んだみたいな気持ちになりましたわ」
興奮冷めやらぬ表情で、アイレンが執事に言う。
両親からごく内密で手紙が届いたと聞き、
アイレンは涙をこぼしながら開封した。
手紙に書かれていたのは、
乗っていた客船が妖魔に襲われたが
ダルアーグの革命派に助けられたこと、
そしてそのままクーデターに巻き込まれていたこと。
しかし弟の病気は、
この国の元王族が完治してくれたこと。
圧政を強いていた大統領は退任したが
その恩に報いるためにも、
この国がもう少し安定するまでは戻れないこと。
そして。
船の沈没に関して、
まだ未解決の事案があるため
自分たちの生存や革命との関わりを
もうしばらくは伏せておきたい、とあったのだ。
長い長い手紙を読み終え、
感動と興奮にため息をつくアイレン。
紅茶を注ぎながら、執事は苦笑いする。
「その”小説”の最後のほうには、
アイレン様もご参加なさっていますよ」
水門を開くよう指示するだけでなく、
”危険区域の調査”名目で
多数の記者や研究者を気球で送り込んだのだ。
空からばっちり注目されては、
あの大統領も非道なことはできなかった。
執事の言葉に、アイレンは少しふくれてつぶやく。
「あの場にはいなかったんですもの。残念ですわ」
なんという恐ろしいことを……と内心思いながら
執事はとりなすように言った。
「今はまだ世間に公表できませんが、
数か月後には皆さま、戻ってらっしゃいますよ。
すっかりお元気になられた坊ちゃまとご一緒に」
それを聞き、アイレンはひしひしと喜びをかみしめる。
手紙には、弟の善翔が走り回れるようになり
剣の稽古までねだっていることも書いてあった。
この嬉しい出来事を、リオにも伝えたい。
アイレンはふと彼のことを思い出す。
まさか、彼が自分の家族とともにいたとは、
夢にも思わずに。
「もう一通、届いてらっしゃいますよ」
執事の声に我に返ったアイレンは、
孔雀が描かれた派手な封筒を受け取った。
「一通目は以前の住所に送ってしまったと、
大急ぎで再送してくださったようですが……」
招待状に目を通し、アイレンが声をあげる。
「まあ! 八幡守様が祝賀会をお開きになるのね!」
「あの若さで武勲を立てられるとは、
素晴らしいことですな」
アイレンはうなずき、執事に言った。
「久しぶりの慶事ですし、父の旧知である八幡守家に
不義理なことはできませんわ。
ぜひご出席させていただきましょう」
主が不在の時には、代理での出席が欠かせないのだ。
アイレンはドレスコードを確認する。
それを見て、アイレンは一言つぶやいた。
「ドレスコードは”孔雀”ね。
……楽で良いわ」
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祝賀会当日。
カアラたちは会場に着いた。
御者も馬車も借り、なんとか体裁を整え
八幡守家の広大な敷地に入ると
すでに他の招待客は建物へと移動した後だった。
「遅刻してしまったじゃないか。
カアラの支度に時間がかかったからだぞ」
馬車を降りたあと、父が焦ったように言う。
この手の会に遅れていくなどあり得ないのだ。
しかしカアラの母はたいして気にも留めず
嬉しそうに娘を見ながら言った。
「良いじゃないの、カアラがこんなに
華やかで美しく仕上がったのだから」
今日は両親も精一杯のオシャレをしている。
そしてカアラは。
光沢のある濃いピンクをベースに、
赤や金、そして緑や紫。
後方に長くなっている裾は波形模様にカットされ、
楕円の柄が並んでいた。
”ピンク色の可愛い孔雀”をイメージして
カアラがドレス屋に発注したのだ。
デザイン的にも色彩的にも
かなり悪趣味であるため、
ドレス屋はやんわりと止めたが
カアラが”どうしても”と言い張り
諦めて言われたとおりのものを作ったのだ。
「特注のドレスですもの。
きっと私が一番華やかで美しいわ」
カアラは一人、ほくそ笑む。
髪の毛もハーフアップにし、
頭頂部にフワフワと揺れる長い飾りが付いている。
まるで孔雀の頭頂部のように。
祝賀会場へと歩きながら、
人々の視線が自分に集中していることを感じる。
会場入り口でカアラの父から案内状を受け取った侍従は
一瞬不思議そうな顔をしたが
カアラの姿を見ると、度肝を抜かれたように放心し
そのままカアラたちを通してくれた。
警備の者も、あわただしく準備を進めるメイドも
カアラを見つけると目を見開き、動かなくなる。
”やったわ! みんな見とれてるじゃない!
これで間違いなく、私が一番だわ”
カアラは喜びのあまり、扇で口元を隠し笑い出す。
ガーデンパーティーの会場に着くが
ひとまず開始まで、控室に行くよう言われる。
ふと見れば前庭には、着飾った子息が談笑している。
誰もが凛々しく立派であり、
そろいもそろってハンサムに見えた。
あでやかな文様が入った羽織・袴の者がいれば
金糸銀糸を使ったスーツの者など、
皆が皆、豪華で派手な姿だ。
”ああ、誰もが私にお似合いだわ!
どなたにしよう! 迷ってしまうわ!”
一人の若者が、チラリとカアラに視線を向けた。
すると雷に打たれたように固まり、
その様子に気付いた者達も、続いてカアラを見た。
カアラはおかしくなってしまい、
扇で顔を隠しながら背を向けてその場を去る。
”ここはもったいぶらないとね。
今ごろ彼らは、あの美少女は誰だ?! って騒いでるわ”
クスクス笑い、控室に入り、
最後の身支度を整えようとした時。
その入り口で、よく知る声が聞こえてきたのだ。
「えっ?! まさか、カアラなの?」
振り向けば、そこにはアイレンが立っていた。
かなり驚いているらしく、両手で口をおおっている。
「あら……アイレンじゃない」
カアラは上から下までアイレンをチェックする。
彼女は地味な茶色のドレスに、
パールを散らしただけの、シンプルにまとめた髪だった。
カアラは吹き出し、哀れむような視線を向けて言う。
「やだ、なにその恰好。
もしかして、新しいドレス買えなかったの?」
アイレンは困惑するような顔で、首を横に振った。
「いいえ、これ、今日のために仕立てていただいたものよ。
マダムリリーが先週、届けてくださったの」
有名デザイナーの名前を聞き、カアラは眉をひそめる。
確かにアイレンのドレスをよく見れば、
生地は高級そうなシルクだし、シルエットも洗練されている。
ポイントで入っているピンクのラインも上品だ。
「せっかく注文するんだったら、なんでそんな地味な色。
まあ自分をわきまえてるってことね」
アイレンの言葉を、カアラは鼻で笑って言う。
「ええ、それはもちろん。
TPOはわきまえないと……」
焦るように言うアイレンを無視して控室に入ると。
入ったすぐの場所で、カアラの母親が立ち止まっていた。
「お母様、邪魔よ!」
動かない母親に業を煮やしてカアラが押しのける。
すると、目の前の光景に絶句してしまう。
そこにはたくさんの女性が身だしなみを整えていた。
しかし全員が、茶系のドレスなのだ。
多少の濃淡やワンポイントはあれど、みな茶色系で
パニエが必要な広がるドレスをまとう者など一人もおらず
Aラインかマーメードが圧倒的に多かった。
硬直するカアラに、
後ろから来たアイレンが心配そうに尋ねる。
「招待状に、ドレスコードは”孔雀”ってあったでしょ?」
「あ、あったから、この格好に……」
言い返すカアラに、アイレンは悲し気に告げた。
「”孔雀”で……カアラは女の子よね?」
そこでカアラはやっと気が付いたのだ。
孔雀はオスこそ派手だが、メスは。
つまり今回のドレスコードは、
”男性は煌びやかに装い、
女性はそれを引き立たせる装い”
というテーマだったのだ。