26 起死回生の祝賀会
はるか北で、アイレンの家族やリオたちが
巻き込まれていた革命に決着をつける、少し前。
「……早く、新しい家をみつけなくては」
カアラの父が焦りを隠せないままつぶやく。
あの豪奢なお屋敷は、もらい受けたのではなく
”天満院家の代わりに借りていた”だけだったと知り
カアラたち一家は飛び出す羽目になった。
滞納した高額の賃貸料を支払うために、
元々住んでいた家を売り払うことになった彼らは
名目上はいちおう”婚約中”である
ツグロの家に転がり込もうとしたのだが。
「ご冗談でしょう!?
何もかも嘘だったってこと?」
ツグロの母が呆れるような声で叫んだ。
「あの豪邸は君の家だったんじゃないの?
それに……天満院家を継ぐんじゃなかったの?」
ツグロに問い詰められ、カアラは目を泳がせて答える。
「え、あの、そうは言ってなかったと思うわ?
そうなったら良いなっていうか、
なる可能性はゼロではないかも、っていうか」
息を吐くように嘘がつけるカアラは、
嘘がバレた時のことなど、まるで考えていないのだ。
カアラの父がフォローするように言う。
「し、しかし、ツグロ君。君はカアラが好きなのだろう?
”二度も婚約者を捨てた”と噂が立ったら
この家はもう、世間に顔向けできないだろう?」
その言葉に、ツグロの母が自嘲気味に叫ぶ。
「顔向けですって? もうとっくに、
うちの評判なんて地に落ちてるわよ!
”アイレンとは和解した”って言っても、
誰も聞かないんだから!」
すでに周囲の人々には、素野原家が財産狙いで
”ツグロはアイレンの婚約者”だと
噂をまき散らしたことが周知されていた。
だからアイレンが可哀そうで怒っているというより
そのような意地汚い振る舞いをしたこの一家に
ドン引きし、距離を置いている状態だったのだ。
言い争う両家を前に、ツグロの父が言い放った。
「ともかく、この縁談はなかったことにする!
わかったらさっさと出て行ってもらおう!」
ツグロの家を追い出され、困ったカアラ一家は
恥も外聞もなく、天満院家のアイレンを頼った。
しかし最初からだ冷たく
「アイレン様はまだ資産の引き継ぎを成されていないため
なんの決定権もお持ちではございません。
ご依頼されても無駄でございます」
と執事に言われ、門前払いを食らいかけた。
「こんなことになったのは、
お前たちがきちんと説明しなかったからだ!
責任を取ってもらおう!」
と、カアラの父が食ってかかるも
「契約書類を読めばすぐわかることでございます。
責任の所在を、裁判で争われますか?」
と至極真っ当に切り返されてしまった。
「お願いよ。親戚じゃないの。
私たちもこのアパートメントホテルに住まわせて」
と哀願するカアラの母に、執事はさも残念そうに
「ここへの入居は厳しい審査がございますので無理ですな」
と、にべもなく断られる。
最後にカアラがギャアギャアわめきながら、
「もう良いわよ! アイレンの学校まで行って
”ここに一緒に住んでも良い”
って言うまで泣いてやる!」
などと叫び暴れるので、
いろいろ面倒だと思った執事は
天満院家の資産のうち、使っていない
”資材置き場 兼 住宅”を貸し出したのだ。
「親戚ですので、賃貸料は結構です」
と案内されたそこは、街のはずれにあり、
とりあえず住むには問題ない家だったのだが。
「こんなところ、女学校の友だちには見せられないわ!」
カアラは不機嫌な顔で入るのを拒否したが、
行くあてのない両親はさっさと荷物を運び入れてしまった。
そして質素なテーブルに着き、
家族で今後どうするか話し合ったのだ。
「収入は今まで通り、あの町工場からだけになるな」
「……家を失ったぶん、前より損したわ」
うなだれる両親を見て、カアラは机を叩いた。
「私は嫌よ、こんなところにいつまでもいないわ。
ともかく早く、上位貴族でお金持ちの婚約者を作るのよ」
カアラの母親も、うんうんとうなずいて言う。
「そうね、あなたは可愛いから、すぐ見つかるわ。
女学校のお友だちだけじゃなく、先輩方にも
”どなたか紹介してください”って頼んでみましょう」
その言葉に、カアラはものすごく嫌な顔をして言う。
「嫌よ、そんなの。なんでこっちが頼むのよ。
私はね、向こうから申し込まれたいの。
それもたくさんの人たちからよ?
その中から、もっとも素敵な方を選ぶの、私が」
うっとりと目を閉じるカアラに、
母親がぼんやりと昔を思い出して言う。
「確かにそうよね。ある日突然
高貴で豊かな男性に見初められて幸せになる……
アイレンの母がそうだったわ」
カアラの母はどこか憎々しげに語り始める。
「姉は貧乏な僧家の娘だったのに
ある日、式典で舞を奉納することになったの。
そうしたら、たくさんの華族や武家に求婚されて。
その中から姉は、天満院家を選んだのよ」
ああ私が舞えば良かった。そうしたら今ごろ、
天満院夫人になっていたのは私だったのに。
カアラの母は言葉をのみ込む。
実際のところ、舞が苦手なカアラの母が舞ったとしても
とりたてて申し込みはなかったろうし
アイレンの父は、母の舞を見て惚れ込んだのではないのだが。
カアラは目を輝かせて椅子から立ち上がる。
「それよ! まさにそれが理想だわ!
……うーん、式典かあ。
何か華族が集まるような催しないのかしら」
それを聞いたカアラの父が、思い出したように
大きなカバンに詰め込んだ書類を漁り出した。
「お父様? 何、それ」
「これは、天満院家に届いた書類を
最後にまとめて持ってきたのだ」
小切手などの金券が入っているかもしれない、そう思って。
中身をひっくり返しながら、カアラの父はつぶやく。
「確か、派手な柄の”招待状”があったような……
あっ! これだ!」
それは大判の封筒に、大きな孔雀が描かれた招待状だった。
宛名がアイレンの父であるにも関わらず
カアラの父はそれを思い切りよく開封する。
「どれどれ、えーっと……”八幡守家嫡男 武功……顕彰”?」
どうやら文面を読むに、八幡守家の嫡男が
何か大きな武勲を立てたことに対する祝賀会のようだ。
「あら八幡守家といえば、天帝直属じゃない」
カアラの母が驚き、カアラも嬉しそうに言う。
「苗字が”守”で終わるってことは、武家なのよね?!」
この世界では、一流華族の苗字は
天満院家のように”院”で終わり
同じく名門の武家は”守”、歴史ある僧家は”寺”で終わる。
名乗っただけで、だいたいの位が分かるのだ。
カアラは興奮状態で、招待状を手に取った。
「素敵じゃない! 武勲を立てるほどの強さを持った
大金持ちの名門子弟ってことでしょ?」
大規模な祝賀会を開けることからも、
その資産の多さがうかがわれるだろう。
そしてこれに集まる人々も、
天満院家クラスの華族か、名門、旧家の子弟が揃うのだ。
カアラはすでに、
彼らから求婚が殺到する自分を想像し
ニヤニヤ笑いが止められずにいた。
”全員にさんざん貢がせておいて、
ゆっくり一番条件の良い方を選ぼう”
それには、まず。
「お父様っ!」
カアラは父親へクルリと振り返り、
両手を組み合わせて可愛くお願いする。
「ドレスを買って欲しいの!
靴と、アクセサリーもいるわ!」
一瞬でしぶい顔に変わる父親に、なおも懇願する。
「私の、いいえ、この家の未来がかかっているのよ?
こんな出費、祝賀会が終わればすぐに回収できるわ、きっと」
自分を振り向かせたい男たちが、
たくさんの貢ぎ物をもって、
気を引きにくるだろうから。
カアラの父はしばし考えた後、うなずいた。
もはや自分たちが返り咲くには、
カアラの嫁ぎ先に賭けるしかない、そう考えたのだ。
歓声をあげカアラは、大喜びで店に向かおうとするが。
「お待ちなさい! 上位華族の催しには
厳しいドレスコードがあるのよ!」
カアラの母が声をかけた。
カアラは急いで、招待状を読んだ。
ドレスコートは……
「”孔雀”、ですって!」
これは誰よりも華やかにしなくては。
誰よりも可愛く、誰よりも美しく。
そうして三人は、ウキウキと
ドレスをオーダーできるお店へ出かけて行った。
この時が一番楽しくて、幸せだったとは知らずに。