25 アイレンの実行力
北の独裁国ダルアーグの革命に巻き込まれた
アイレンの家族とリオ一行。
しかしアイレンの弟の難病を直せるのは、
現在幽閉されているこの国の元王族だと分かり、
生死を不明にしたままアイレンの両親は
この国に潜入していたのだ。
革命もそろそろ成功に終わりつつあるが、
圧政を強いていた大統領派は最後の砦として
他国に通じる海路を流氷で封じたままにしていた。
客船が沈んだ5カ月前までは入出国できたが、
現在はもう流氷が溜まり過ぎて、
他の海域に出るには
大統領派専用の港を使用しなくてはならない。
完全に鎖国状態となったこの国では
やはり武力でものをいわせた者が勝ちとなってしまう。
革命軍とアイレンの両親がなんとか状況を打開しようと策を練る中
リオはそっと、秘密のルートを使い、
アイレンに短い手紙を出したのだ。
そしてアイレンは無事に、
その手紙の意味を正確に読み取った。
「ダルアーグの水門を2回、開けと言っているのね!」
ここまでは、リオの願い通りだったのだが、
アイレンは想像を超えた行動力を持っていたのだ。
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「……これで万事、滞りなく進むでしょう」
執事が書類を片付けながら言う。
今回はいつも以上に増やして、
3隻の氷砕船と多数の作業員を向かわせるのだ。
明朝出立するその船は高速で進み、
2日以内には”ダルアーグの水門”へと到着し、
中に漂う流氷を砕きつつ、外へと排出していくだろう。
「これで後は、旦那様たちのお帰りを待つだけですな」
執事の問いかけに、アイレンは答えなかった。
必死で何かを考えている。
その様子を見て、執事はマズイことが起きたと思った。
これは……いつもの……。
アイレンは思案顔のまま、つぶやいた。
「……水門を開くとお父様たちに会える、ということは
流氷があるから会えないってことよね?
つまり、海路を絶たれた状態ってことで……」
「ええ、ですから、もうご心配ないかと」
いつも冷静な執事が焦った声を出す。
「海路が絶たれている状態を、
国がほおっておいてるということは、
その国の行政は機能していない、ってこと……」
執事は必死に反論する。
「そうだとしても、鎖国状態の国に
他国からの干渉は許されません。
侵略とみなされる恐れがあります」
「でも、あの海域は別よね?
だって他国の国民が乗った船が沈んだ、
”立ち入り禁止区域”なんですもの」
アイレンが何を言い出すかハラハラと見守る執事。
しばらく押し黙った後、
アイレンは椅子から立ち上がった。
「氷砕船の出立は明日の朝よね?
積んでもらいたいものがあるの、
急ぎましょう!」
そう言って、飛び出て行くアイレン。
執事は大慌てで後を追いながら思う。
いつも穏やかでのんびりした方だが、
動くと決めた時の速さは、まるで軍人並なのだな、と。
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そして数日後のダルアーグでは。
「やりましたよ! 水門が外から開かれ、
ものすごい勢いで流氷が流れ出ているそうです!」
革命軍だけでなく、町中で歓声があがる。
これは重圧からの解放を意味するのだ。
人々は手を取って喜び、笑顔を見せている。
その様子を見て、アイレンの父がつぶやいた。
「彼らはもはや、この独裁体制を望んではいないのだな」
「そうですね。王政に戻るかはわかりませんが、
新たな国政を目指すのは間違いありません」
リオもうなずく。
しかし、その歓喜につつまれた雰囲気を引き裂くように
町中に設置したスピーカから高圧的な声が響き渡った。
「皆の者、よく聞くがいい。
誰も国外に出ることは許さぬ。
命令に背くものはすぐに射殺する!」
静まり返る国内。
追い詰められた大統領がとうとう、
武力をあからさまに国民へと向けたのだ。
大統領邸や軍事施設から
次々と武器を持った者たちが出てくる。
怯え切った人々は始め、大人しく自宅へ戻ろうとしたが。
「脅しに負けるな!」
誰かが叫び、次々と同意する声があがった。
これは激しい内乱になるやもしれない。
アイレンの父やリオたちが覚悟を決めた、その時。
「……あれは、何だ?」
誰かがつぶやいたのを聞き、ふと空を見ると。
海上に、たくさんの気球が飛んでいるではないか。
緊迫した状況に似つかわしくない、
ポップでカラフルな色彩の気球が、
次から次へと氷砕船から飛び立っているのだ。
そしてそれらはまっすぐに、
このダルアーグの上空へと向かっている。
「何をしている!
そもそも”立ち入り危険区域”だろう!
その海は……」
大統領は言いかけるが、自分で気づいたらしい。
まず”危険区域”となれば一切の船が近づかなくなるが
調査はもちろん必要であるため、国際的にも許されている。
そもそも気球がいるのは空なのだ。
この世界はまだ、空を飛ぶ方法は気球しかない。
だから”領空を侵犯する”などという考えすらないのだ。
たくさんの気球には、魔道具を持った人や
”能力者”と思わしき人が乗っている。
彼らの仕事は、表向きは”危険地域の調査”だ。
しかし実際は、このダルアークの上空を飛び、
中で何が起こっているかを、世界に報じるためだった。
「嘘だろ……まさか、アイレン!?」
さすがのリオも驚いて叫ぶ。
”水門を2回開けて欲しい”というメッセージが通じたことを
先ほどまで本当に喜んでいた。
やはり自分の選んだ人だ、と思いながら。
しかし、まさか、ここまでやるとは。
アイレンはあの後すぐ、
天満院家の財力と伝手を使用し
”危険区域”の調査を理由に
空からの調査を政府へ働きかけた。
一部のものは”時期尚早だ”と反対したが、
多くの研究者が賛成してくれたため
それはすぐに実行に移された。
アイレンはたった1日で政府を説得し、
研究者や報道陣、そして”能力者”を集めた。
北海周辺を飛び回る気球も用意させ、
人員とともに氷砕船に乗せてもらったのだ。
それは卓越した行動力、そして実行力だった。
「やめろ! 映すな! 調べるな!」
大統領は叫ぶが、気球はダルアークの上空を飛び回っている。
”能力者”はその探査能力を用いて、
武器を国民に向けていることを通話で知らせていた。
魔道具は全ての映像を克明に記録していく。
このように世界中に監視や調査をされては
大統領は身動きがとれなくなった。
元王族の命を盾にしようとも
それすら出来ない状態だ。
大統領の声は、まったく聞こえなくなる。
そして武器は片付けられ、軍隊は戻っていった。
この国の革命に決着がついたのだ。
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流氷の排出が進み、海路が出来ると、
外に出た流氷がまた戻らぬよう、
水門はいったん閉じられた。
砕かれた流氷が溶け切ったころ、
2度目の開門が行われた。
するとたくさんの民間船が外へと出ていった。
この国の新たな外交が始まったのだ。
「旦那様! ご無事で何よりです!」
「本当に良かった!」
砕氷船から出迎えた多くの部下や事業仲間と再会し
アイレンの父は久しぶりに心からの笑顔を見せた。
しかも、喜ばしい再会はそれだけではなかった。
「父上! 母上!」
「まあ善翔!
自分で立つどころか、走ってくるなんて!」
アイレンの両親は感激で涙がこぼれてしまう。
アイレンの母は息子を抱きしめる。
数カ月ぶりに再会を果たした息子は
元王族の治療のおかげで
見違えるような健康な姿になっていたのだ。
生まれてからほとんど、やせ細った姿で
ベッドで寝ているまま6歳まで大きくなった我が子。
それがすっかり手足も太くなり、
元気で可愛らしい少年になっているとは。
アイレンの両親は、幸せをかみしめる。
この6カ月近く、船が沈み革命に巻き込まれ、
アイレンにも連絡を取ることが出来ぬまま
身を潜めながら戦う日々だった。
それが一気に報われた瞬間だった。
明日をも知れなかったこの子の病気が治った。
元王族の方々には感謝してもしきれないだろう。
喜び合う親子を見ながら、リオも心から嬉しく思った。
”アイレンもすごく喜ぶだろうな”
そう思うと、思わず口元をゆるめてしまう。
そんなリオに、仲間の楽師が耳元で告げる。
「若、良くない知らせがあります。
船を沈めた妖魔を操っていた者は
この国の者ではないそうです」
「どういうことだ?」
驚くリオに、その楽師は答えた。
「捕らえた将軍に”能力”で聞き出したところ……
その者は、帝都から来た人物だそうです。
名前も、身分も明かさず協力してくれた、と」
かなり上位の”能力者”であり、
資金も豊富に持っているとなると。
リオは顔をしかめてつぶやいた。
「帝都の、おそらく上層階級に、
大統領の圧政を幇助した者がいるということか」
もっと邪悪な何かが裏でうごめく気配を感じ、
リオは思わず身震いをした。