24 革命の収束
最北の独裁国ダルアーグでは密かに、
クーデターが起きていたのだ。
この国の大統領派はそれを鎮圧しつつ、
同時に他国からの介入を防ぐために
北海を運行する客船を妖魔に襲わせ
この辺りを”立ち入り危険領域”として
指定されるよう仕向けたのだが。
リオたちがそれを阻止したのは良いが、
これが世界に報じられた場合、
反乱軍の支持する元王族はみな処刑されてしまう。
それは実質、クーデターの失敗を意味しており
ダルアーグの国民はこのまま監視され、
抑圧された生活を送らねばならなくなる。
「ひとまず避難が先だ」
リオがつぶやくと、アイレンの父もうなずく。
そして次々と乗客をボートに移し、
彼らの船へと移動していった。
やがて轟音を立てながら沈んでいく流氷と客船。
最後に船へと乗り込んだアイレンの父とリオは、
それを見ながら、安堵のため息をついた。
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「……本当によろしいのですか?」
反乱軍のリーダーは、案ずるような表情で問いかける。
アイレンの父はうなずき、爽やかな笑顔で答えた。
「我が家に関しては、むしろ、
こちらからお願いしたいところです」
アイレンの母も善翔の頭を撫でながら言う。
「私たちはここまで、
息子の奇病を直せる医師を探しに来たのです。
その方がまさか、この国の王族の方だったなんて」
船の中でいろいろと、互いについて話すうちに、
”善翔の病気を治せる医師”とは
類いまれた”治癒能力”を持った、
この国の元王族だと分かったのだ。
だから客船の乗客ほとんどは、
本来の目的地である北の大国へと送ってもらった。
真実を知る一部の者には固く口留めをし、
”客船が妖魔に襲われ沈んだ”と伝えてもらった。
そうすることで、”目的を達成した”と
大統領一派に勘違いさせるのだ。
「そうすれは彼らは、元王族を処刑する必要はなくなり、
無駄に反乱軍や国民を刺激せず、
クーデターを収めようとするはずです。しかし……」
アイレンの父はそう言った後、リオを見た。
「ええ、もちろんです。
彼ら大統領派の思うようにはさせません。
ただでさえ、国民に圧政を強いるこの国は
世界的にも非難の的だったのに、
今回のように他国の船にまで手を出したのは致命的です」
リオがそう言うと、その後ろで楽師たちもうなずく。
反乱軍のリーダーはそれでも迷っていた。
「事態は政治的な対立だけでなく、
国内事業の利権などもからみ、複雑となっております。
おそらく収束には数カ月、かかると思われます」
アイレンの母はすがるように言った。
「元王族の方々は軟禁状態にあると聞きました。
そちらにせめて、この子だけでも連れて行きたいのです。
このままでは……」
長旅の疲れもあり、アイレンの弟はすでに弱っていた。
残された時間は少ないのだ。
母親の気持ちを察したリーダーは、
ようやくうなずいて立ち上がる。
「元王族の方々への面会は、限られた者のみ許されています。
しかし、子どもならば見張りも見過ごすでしょう」
アイレンの父が心配そうにたずねる。
「いきなり先ぶれもなく、他国の者が治療を依頼するなど
お相手が王族でなくても失礼極まりないことですが……」
その言葉を遮り、反乱軍のリーダーが笑った。
「前触れなどそんなもの全く不要です。
この子を見ればすぐに、重い病とお気づきになり、
すぐにでも治療に取り掛かってくださるでしょう。
あの方は、そういうお方です」
アイレンの父と母は顔を見合わせ、安堵する。
それを見てリオもふうっと息をついた。
リーダーは立ち上がり、出立の準備を始めた。
アイレンの父やリオたちを、
反乱軍の本部へと案内するのだ。
しかし最後に振り返り、一言付け加える。
「皆様を危険な目に合わせることを望みません。
どうか、絶対にご無理なさらず……」
「俺は今まで一度も、危険な目などにあったことは無い。
あわせたことは星の数ほどあるがな」
リオは彼にそう言い、楽師たちもうなずく。
誰が聞いても不遜で傲慢な言葉だが、
不思議と誰もに
”そうだろうな”
と思わせる説得力があった。
アイレンの父も母も、
すでに彼が”ただの楽師”でないことは理解していた。
同時に、そのことに触れてはならないことにも。
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そうして彼らは反乱軍との共闘を開始したのだ。
”客船が妖魔に襲われ”たと大々的に報じられ、
この辺りが進入禁止領域に指定されたため、
大統領一派は元王族の拘束をやや緩めた。
しかしさすがに、あらかじめ決められた者以外は
元王族が軟禁されている区域に入ることはできない。
そのため善翔のみが、
出入り業者の子として、中に入ることができたのだ。
祈るような気持ちで、アイレンの両親が待つ間。
反乱軍の味方をしている出入り業者の男が
短い伝言をリーダーに残して言ったのだ。
”必ず治す。治るまで預かる”
リーダーが言ったとおり、元王族は快く
善翔の治療を請け負ってくれたのだ。
そしてアイレンの両親とリオたちは、
反乱軍や協力者とともに、
大統領派の不当な資金源を断ち、
弾圧をさせないために武力を減退させ
独裁政治に怯える国民を解放していった。
他国からの干渉による政変では、
国民の中からも反発感情が浮かんだだろう。
しかし自発的な力を主力に
国情をゆっくりと変化させていったのだ。
そうすることにより、
”このままでも良いのか”
”元の王政に戻りたいのか”
国民自身に考え、選択させることができた。
それに要した時間は5カ月近く。
定期的な連絡により、
善翔がみるみる快方に向かっているのは
アイレンの両親に喜びをもたらせたが、
常に心配の種でもあった。
万が一でも、他国からの干渉が漏れれば、
王族もろとも我が子の命はなくなるだろう。
だからアイレンにも、連絡をせずに時期を待ったのだ。
必ず自分たちを信じて、待っていてくれると思って。
「あと少しだな。
国民はもう、結論を出しているようだ」
アイレンの父が言うと、反乱軍のリーダーはうなずく。
「大統領側にもすでに、離れる者も増えています。
もう一押しでしょう。ただ……」
楽頭が控えつつも口を挟む。
「問題は滞留した流氷でございますな。
あれがある限り、誰もこの国からは出られません」
島国であるダルアーグには、
世に名高い”海上の防壁”があった。
他国からの攻撃を避けるために
水路には高い堤防を海上に設置していたのだ。
しかしそれは、結局ダルアーグを苦しめる原因にもなった。
陸地とその防壁の間には自然と流氷が滞留してしまうからだ。
だから長きに渡る間、他国と交流は”夏のみ”に限られていた。
だが近年、天満院家が高い技術力を持つ砕氷艦を使い
外側から水門を開き、流氷を砕きながら流出させることで
一年中、他国との貿易が可能になったのだ。
いまそれは、大統領の最後の手段として
自国の国民を封じ込めることに使われている。
「なんとか……開門を命じることができれば」
アイレンの父は考え込む。
自分がここにいる以上、天満院家の
どの事業者にも連絡は取れないのだ。
その話を聞いていたリオは、リーダーに尋ねる。
「手紙は”能力者”の検閲が厳しく無理だと聞いたが、
輸出できるものもあるのだろう?」
「銃弾くらいですよ。この国が他国に送れるのは。
資金源でもありますからね」
「そうか」
短く答え、リオは”笙”に何事か命じる。
彼がうなずき、懐から取り出したのは
小さな粉末が入ったケースだった。
彼はそれを人差し指と親指でつまみ説明する。
「これは植物ながら鉄を多く含む
”和蘭芹”の改良種を粉末にしたものです。
水に溶けは数文字は書けると思います」
「それならば銃弾の成分と混合され認識されないな」
リオは受け取り、小さな四角い紙を広げた。
アイレンの父がたずねる。
「誰に手紙を?」
リオは黙り込む。
弾丸を送るのは、自分の家に残った”琴”にだ。
彼女はすぐにアイレンへと届けてくれるだろう。
それが彼女の役目だから。
しかし最終的な相手がアイレンとは言えなかった。
アイレンの父に、伝達ルートを説明することはできないから。
ようやくリオは答えた。
「大切な人に、です」
そうして”笙”が用意した溶解液を使い、素早く書き示す。
”君のご両親と弟君は無事だ”と。
そして手紙を観音折りにする。それも2回。
”気付かなくても良い。
彼女を安心させることさえできれば、それで十分だ”
そう思いながら。
しかし、リオは知らなかったのだ。
アイレンは彼が思う以上に、
はるかに行動的であることを。