23 妖魔を倒す
”北の海上で客船が、巨大妖魔に襲われている”
と聞き、駆け付けたリオたち。
その中にアイレンの両親がいることに気付いたリオは
彼らを必ず助けるため動き出した。
船内放送を使って、アイレンの母が妖魔の状況を告げる。
「これはこの種の妖魔の、本来の動きではありません。
間違いなく、人為的に操られているのです」
”人為的”という言葉に、リオと楽師一団は反応する。
北海の氷が溶けだした件も同様に、
”誰かが意図して起こした可能性が高い”
と判ったばかりなのだ。
リオは考えた。
この客船を襲う理由はなんなのか。
こんなことをしたら、
世界中の国が北海に来ることを控えるだろう。
……まさか、それか?
アイレンの母の声に焦りが含まれていた。
「乗船している”能力者”が火炎放射で攻撃しましたが、
それはそのまま、術者へと反射してきました。
銃弾も同様に、撃ったものへと跳ね返りました」
楽師たちは息をのんだ。
むやみに切りかかるなど攻撃していたら、
切り裂かれていたのはこちらだったのかもしれないのだ。
そのような高度な”能力”を、
知性を持たぬ妖魔が携えているわけはない。
どこか近くに、この妖魔に力を与えている者がいるのだ。
「あっ! あそこを見て!」
”琵琶”が叫んだ。
妖魔の体の隙間、割れた窓から
女性や子どもが出てくるのが見えた。
出てきた人々は氷の上を必死に歩き、
こちらに向かってきている。
アイレンの母の声が弱々しく響く
「そろそろこの船体は限界を迎えます。
なるべく多くの方を外に逃します。
その方たちを、どうか安全な場所にお連れください
……来てくださってありがとうございます。
それだけでもう、充分でございます」
助けに来た者を巻き込まないよう、
そして助けられなかった罪悪感が
少しでも軽くなるように
言ってくれているのだろう。
”この状況でも優しい方だ。さすがはアイレンの母君”
リオはそう思った後、眉をひそめて考える。
”アイレンの父君はこの船を最後まで残るつもりだろう。
自分の”能力”を使い、一人でも多くを逃がすため”
それならば、船が押しつぶされる前に
妖魔を倒さなければならない。
バキッ! ガシャン!
船のあちこちから、
ヒビが入り船窓が割れる音が聞こえる。
リオは考えた。
……攻撃を跳ね返すなら。
「みんな、頼みがある」
リオは振り返り、楽師を集めた。
作戦を聞いた彼らはうなずき、周囲へと散らばっていく。
リオと”琵琶”は、でこぼこした氷山をかけあがり、
アンテナと思われる妖魔の突起部分へと近づいた。
そしてそこに手を伸ばし、
”琵琶”が自分の”能力”を使う。
美しい音色が微かに聞こえる中、
淡い緑の光が、妖魔へと降り注いだ。
すると妖魔から、ものすごい勢いで緑の光が放出されたのだ。
それをそのまま浴びてしまうリオと”琵琶”。
「若!」
思わず”笙”が叫ぶが、楽頭が苦笑いして言う。
「問題ないに決まってるだろう。
”琵琶”の能力は、相手を回復することだ」
案の定、”琵琶”はほのかな笑みを浮かべたまま、
最大限のパワーで妖魔を回復させ続けた。
それに対抗するように、妖魔も船体への圧力を止め
全身をブルブルとこまかく振動させながら
”回復”の力を放出していく。
しかし、妖魔の様子がだんだんと変化していったのだ。
「見ろ! 色が変色し……干からびていくぞ!」
楽師の一人が叫んだ。
楽頭が誇らしげに言う。
「それはそうだ。”琵琶”の回復能力は計り知れない。
しかし妖魔が”回復”の力を作り出し放出するには
莫大なエネルギーが必要となるだろうな」
その通り、妖魔は苦痛に身をよじらせていた。
真っ先に変化があったのはアンテナ部分だった。
そこはもう枯れ枝のように変色し、細々としていた。
リオは刀を振り、そこに風を当てた。
棒のようなアンテナ部分は揺れるだけだ。
”反射"が起きないことを確認したリオは、
それを”風斬り”で切断する。
そのとたん、一気に妖魔の全体を覆っていた
”反射”の力が消え失せた。
どこかから送られる”能力者”からの力が届かなくなったのだ。
リオは叫んだ。
「今だ! 普通の攻撃が効くぞ!」
楽師たちはいっせいに動き出し、
巨大な妖魔の体を切り刻み出した。
船にからみついたタコのような体は
少しずつ解体され、力をなくしてずり落ちていく。
とうとう妖魔が動かなくなった。
リオが人差し指と中指を立て、呪文を唱える。
巨大な妖魔の体はみるみる塵と化し、消え去っていく。
この世にはびこる悪鬼や妖魔は
全てこうして退治され、祓い清められるのだ。
リオは船体を見上げる。
早く乗船客を、そしてアイレンの御両親を
安全な場所へとお連れしなくては。
すると背後から”三の鼓”の声が聞こえた。
「若、船が近づいてきます!」
リオは驚いて海上に視線を向ける。
大きな船がこちらに向かってくるのが見えた。
敵か? 味方か?
考える間もなく、その船から数隻のボートが出され、
氷山に向けてやってくる。
流氷の端まで着くと、ボートの上の男が叫んだ。
「皆さん! こちらのボートにお移りください!
この流氷はもう、長くはもたないでしょう」
確かに、船を乗せ妖魔が暴れたため、
いたるところに深い亀裂ができていた。
リオは彼らを見て、考える。
”ダルアーグの兵か。
しかし、軍が派遣した者ではない。
どういうことだ?”
独裁国ダルアーグの兵服を着ているが、
それは現在のものではなく、
かなり年代の古いものだった。
しかも彼らはみな若く、十代のものがほとんどだ。
代表して声をかけてきた者すら、
20歳を超えてはいないだろう。
その若さに似合わず、装備は古いものばかりだった。
まるでガラクタを集めて作ったような。
リオは思わずつぶやいた。
「……クーデターか」
その言葉に、代表の青年が飛び上がって驚く。
「なぜそれを?! もう外部に漏れているというのか!」
彼の驚いた顔を見て、リオは察する。
「つまり、この船を襲った妖魔を操っていたのは
独裁国家を維持したい大統領派か。
彼らは反乱が起きたのを他国に知られたくなかったか
もしくは介入させたくなかった。
だから巨大妖魔を使って船を襲わせ、
この区域の立ち入りを禁止するように謀ったのだな」
青年はがっくりと膝を落とす。
「そこまでもう、知れ渡っているのか……ああ、もうダメだ」
絶望する彼らに、リオは困惑し否定する。
「いや、推測で言っただけで、
現状はまだ、どの国も知られてはいない。
まだ”客船が襲われた”という連絡が届いたくらいだろう」
船が無線で救難信号を出したのは間違いない。
しかし世界はまだ、
”船が妖魔に襲われた”としか思ってないのだ。
リオは尋ねた。
「君たちはクーデターを起こした側だろう?
なぜ世界に知られたらダメなんだ?」
代表の青年は悔し気に言う。
「ついこの間までは、
僕らも世界に知らしめようと必死でした。
しかし三日前、状況が変わったんです。
僕らが支持していた旧王族の方々が、
大統領の一派に拘束されたんです!」
大統領は、反乱軍を脅したのだ。
”外部に知らせる動きを止めないと、
彼らの命はない”、と。
別の者が半泣きで続ける。
「あの方たちは、王族でなくなった後も、
私財を投じて国民の生活を支えてくれていました。
それなのに……!」
代表の青年は、集まってくる客船の人々に詫びた。
「このようなことに巻き込み、本当に申し訳なく思います」
頭を下げられ、困惑する人々。
沈黙が流れるが。
「それでも、あなた方は助けに来てくださったのでしょう?」
優しく美しい声が、乗客の背後から聞こえた。
「悪いのは君たちではない。これを計画した者だ」
力強く穏やかな声もそれに続いた。
リオが勢いよくそちらを見ると。
アイレンの父が息子を抱きかかえ、
それに寄り添うように、アイレンの母が立っていた。
彼らは青年たちから視線をはずした後、
まっすぐにリオを見て、微笑んだ。
「このような場所で会えるとは」
「ええ、しかも助けていただくなんて」
「アイレンが聞いたら、驚くでしょうね」
リオは少し困った顔で笑いながら、
そう答えるのが精いっぱいだった。
まだ早いのだ。
彼らに自分が何者か、知られてしまうのは。