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2 幼馴染たち

愛蓮(アイレン)が無能で本当に良かった」


 素野原 次郎(ツグロ)はいつも、彼女を心の支えにして生きていた。

 華族の中でも下位である素野原家は

 もともとたいした能力に恵まれる者なぞ生まれなかったが

 それでも父や母、そして兄は一応、

 戦闘や社交に利点をもたらす”能力”を持っていたのだ。


「なんと情けない。これでは夜叉や羅刹どころか、

 小型の邪鬼すら倒せまい」

 ”刀剣の鋭さを増す”能力を持つ父が呆れる。


「まったくこの子は恥ずかしくて」

 ”宝石の真贋がわかる”能力を持った母が嘆く。


「そんな力、何にも使えないだろ。スリにでもなる気か?」

 ”弓矢の命中率が高い”能力を持った兄があざ笑う。


 ツグロの能力は”ほんの数秒、素早く動ける”というもの。

 時間にして3秒程度、しかも移動範囲は周囲1メートルだ。


 大勢の前でコケにされ、ツグロはたまらず涙を流した。

 そんな彼らに対し、アイレンは自分の代わりに怒ってくれたのだ。


「刀剣は魔道具でも磨けますし、

 宝石の真贋は平民のプロでも見抜けます。

 弓矢の命中率だって、鍛錬すれば上がります。

 ツグロも身に着けられる技能ではありませんか。

 傷つけるような事を言うのはやめてください」


 幼いが賢く優しいアイレンの痛烈な抗議に、

 彼らは一瞬鼻白んだが、

 すぐに怒りを感じて怒鳴り返そうとした。


 しかし側にいたアイレンの両親が詫びるどころか、

「そもそも泣いている我が子を

 さらに侮辱するような言動はいかがなものか」

 と冷たい目で言い、その場の華族たちもうなずいている。


 アイレンの両親は上位の華族であり、周囲の評価も高い。

 どうやら分が悪いと判断したツグロの両親は

「……そうですなあ、能力が何も無いよりかはマシですな」

 と吐き出すように言い捨てるのがやっとだった。


 明らかにアイレンの無能をあてこすったものだが、

 当のアイレンは嬉しそうに

「そうですよ! わかっていただけて安心しました!」

 といい、安堵するのをみて困惑していた。


 そんな両親とアイレンを見ながらツグロは考えた。

 アイレンさえ自分の側に居れば大丈夫だ、と。


 だって彼女は守ってくれるだけでなく

 自分よりも劣っており、絶対に自分を馬鹿には出来ない。

 さらにその親は地位も金も人望もあるのだ。


 どうせ自分はその名の通り次男だから、素野原家は継げない。

 アイレンの婿に入れば、

 あの天満院家の(あるじ)になれるのだ。


 きっと無能のアイレンには貰い手がいないだろう。

 ライバルなどあり得ない。

 そう思っていたのに。


 年々、リオとアイレンの距離が近づいているのは

 本人たちよりも先に気付いていた。


 必死に阻止しようとすればするほど、

 なんだか彼らの結束は高まっていくようで、

 ツグロの焦りは頂点に達していたのだ。


 早く自分のものにしなくては。

 無理やりにでも奪うのだ。


 そうした考えが、彼を徐々に破滅へと導いていく。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 地味で、ぜんぜんオシャレじゃなくて、平民みたいな性格で。

 何よりも”無能”のくせに!


 小端館 香新(カアラ)はそう思いながら、唇をゆがませていた。

 フリルのついた淡いピンクのドレスに花びらが付着しているのをみつけ

 忌々し気にそれをふりはらう。


 せっかくリオに見せるために、お父様に頼んで新調したのに。

 この髪の毛だってメイドを早朝からたたき起こして

 ふんわりと綺麗に巻いてもらったのに。


 これまで一度も”可愛い”とか”綺麗”とか

 言ってもらえたことはない。

 自分の能力はお母様譲りの”魅了”だから

 絶対に私に惹かれているはずなのに。


 もしかして、好きな子には冷たくするタイプなの?


 そんなことを考えながらカアラは、

 仲良く桜桃のケーキを分け合うリオとアイレンを横目で見る。

 アイレンの今日の服は、

 白い襟のついたシンプルな紺のワンピースだ。


 しかし、それがとてつもなく高級な服だと知っている。

 帝都から取り寄せた、有名店のワンピースだと。

 デザインは洗練され、仕立ても良い。


 そしてリオが気付いているかどうか分からないが、

 あの無骨な眼鏡は、実は魔道具だ。

 ツグロとカアラは、リオよりも数年

 アイレンとの付き合いが長いため

 彼女の素顔を知っていた。


 幼い頃とはいえ、それはもう愛らしい顔だった。


 アイレンの母は”月影の女神”と呼ばれており

 見た者が息をするのを忘れるほどの美貌を持っていた。

 そしてアイレンも彼女と同じ黒髪に紫の瞳を持っていたのだが。


 なぜかアイレンの両親は、

 彼女に眼鏡の形をした魔道具をつけさせたのだ。


 理由はよく分からないが、カアラの両親いわく

 可愛い娘が誘拐されたりしないためだろう、とのことだった。


 カアラはそれを鼻で笑った。

 無能の娘を誘拐してなんになるのよ、と。


 自分のほうが何倍も可愛いし、これからもっと美人になる。

 あんな子を大切にするなんて意味がわからない。


 リオだってきっと、天満院家の財力に引かれているのだ。

 自分の楽団のスポンサーにするために。

 それでなければ、あの子に媚びる意味なんて無いじゃない。


 そう、お金と家だわ。

 あの子にあるのは、溺愛する家族とその財力。

 それがなくなれば、あんな無能はすぐに落ちぶれるでしょうに。


 カアラは嫉妬や怒りを隠しつつ、顔を上げてもう一度二人を見た。

 相変わらず仲睦まじく語り合うリオとアイレンを。


 絶対、いつか全部、この子から取り上げてやる。

 惨めで、屈辱にまみれた立場に落としてやるから。


 カアラはその時を想像しながら微笑んだ。

 いつかそれが、全て自分に返ってくるとは知らずに。



 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「おかえりなさい、若君」

 リオが帰宅すると、すぐに大勢の楽師たちが出迎えてくれる。


「とても喜んでくれたよ」

 桜桃のケーキについての礼を述べると、

 琵琶を受け持つ楽師が安心したようにうなずいて笑顔を見せる。


 しかし奥から出てきた楽頭(がくとう)の顔を見て、

 リオは意識を引き締めた。


「……何かあったのか?」

 楽頭はうなずき、奥の間へとリオを促す。


「北海の氷が溶け始めたと連絡がございました」

 改まった声で放たれた言葉に、リオは目を見開いた。


 そして眉をしかめてつぶやく。

「……予測よりも早かったな」


 楽頭が頭を下げたまま、厳しい口調で続ける。

「主様より、すぐに迎えとのご命令です」

「わかっている。俺はすぐに出立する。

 他の者は準備が出来次第で良い」


 リオの決断の速さに感嘆しつつ、

 楽頭は控えていた者達に命じ始めた。


「お待ちください。あの、アイレン様にお別れは……」

 先ほどの琵琶の楽師が、切ない顔でリオに問いかける。

 それを制するように、楽頭は言葉を切った。

「急に出立された旨、後ほどご書面にて届けます」


 リオはそれに対し、首を横に振って答えた。

「いや、これから行ってくるよ。

 渡したいものがあるから」


 楽頭が眉をしかめた後、リオをたしなめるように言う。

「若君。そろそろ退き時でございます。

 身分の違いをお考え下さい」


 それに対し、どこか面白そうな顔でリオは答えた。

「そんなことは重々承知している。

 俺はそんなもの一蹴してやるつもりだ」


 まだ反論したそうな楽頭に対し、

 リオは急に案ずるような顔でつぶやく。

()()では、アイレンにはこの先、

 良からぬことが次々と起こると出ている。

 それもかなりの凶事のようだ」


 そして苦し気な顔で続ける。

「そんな時に側で守れないとは

 歯がゆい上に情けない」


 楽師たちも頭を垂れて悔しがる。

 彼らもみなアイレンと親しくなり、

 彼女の事を大切に想っているのだ。


 リオはその空気を振り切るように叫んだ。

「だから俺は、これを彼女に渡す」

 そうして懐から龍笛を取り出し、かかげた。


 全員が息を飲み、凍り付いたように動かなくなる。


 やっと声が出たのは楽頭だった。

「……それが何か、誰よりもご存じのはず。

 ご自分が仰っていることがお分かりなのでしょうか?」

 その問いに、リオは大きくうなずいた。


()()が無くとも問題はない。

 そもそも俺は道具に頼ったりしない。

 ()()が無ければ戦えぬような者などには、なりたくないのだ」


 まだ動けない楽師たちを置いて、

 リオは部屋を出て行こうとする。


 やっと引き留めようと動き出した彼らに対し

 リオは振り返って笑顔を見せた。


「どんな武器を持とうとも、

 俺は全ての敵を一人で倒せる人間になる。

 そうでなければ、アイレンを得ることはできない」


 そう言って出て行くリオの背中を、

 楽師たちは黙って見守ることしかできなかった。


 が、やがて。


「……ぶっ」

 ひとりが噴き出した。


 全員がその者をみる。

 そして、次々と笑い出した。

「とんでもない決断を、あっさりとするなんて」

「言うなあ、若」

「まあ、それくらいじゃなければ、()()()()()()だろうなあ」


 そしてひとしきり笑い合った後、

 彼らは立ち上がった。


 準備をしなくてはならないのだ。

 彼らの大切な若君を全力で支えるためにも。



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