19 和菓子屋の危機
言うことを聞かなければ、お前の家の和菓子屋を潰す。
そう脅されたジュアンは、不快そうな顔で立っている。
その周りをゆっくり歩きながら、
カアラは笑いを含んだ声で話し出す。
「大通りに合ったアクセサリー屋はね、
気が利かないから潰れたの。
”予約商品”だからって、売ってくれないなんて。
私が誰より似合うのに。
意地悪じゃない? 妬みかしら」
「で、その店の悪口を広めたって?」
ジュアンの言葉に、カアラはウフフと笑って答えた。
「もっと簡単だったわよ?
その店の大家に”お願い”したのよ。
”難癖つけて、すぐに出て行かせて”って」
そう言って、目を赤く光らせる。
”魅了”を使ったのだ。
平民の、それも中年の男ならさぞかし容易かったろう。
呆れ返るジュアンは、冷静につっこむ。
「あー、だからあのアクセサリー屋、
商店街のほうに移動したのね」
一瞬ムッとしたが、カアラは話を続けた。
「パン屋の売り子の娘は調子に乗ってたから、
ガラの悪い連中に”頼んで”
あの子が売るたびにひっくり返させたわ。
わざとじゃない、偶然ぶつかったんだって言い張らせてね」
カアラは次々と自分の悪事を並べていく。
どれもこれも、カアラの気に障るようなことをしたか、
カアラより可愛い娘やその家族に対する嫌がらせで
重犯罪とまではいかなくても、
充分迷惑な行為ばかりだった。
自慢げに語るカアラを軽蔑の目で見ているジュアン。
もともとカアラが好きではなかったけど、
今はもう、心底嫌いになっていた。
ジュアンはカアラに尋ねる。
「……で、具体的にはどうしろと?」
そうねえ、ともったいぶってカアラが考え込む。
「アイレンの事、今日から完全に無視してよ。
で、何か言ってきたら、”前から大嫌いだった”って言って。
ブスで無能のくせに、ってね」
ジュアンは無言で聞いているが、
カアラは楽しそうに続ける。
「でも、どうせあの能天気は気にしないだろうから、
ちゃんと教えてあげてよ。
”嫌われてるっていい加減気付いてよ”、
”実はみんなアイレンの存在を迷惑がってる”、って。
それから”アイレンのことを我慢できるのは
親戚のカアラくらいじゃない”、ってね」
長い沈黙が流れた。
やがてジュアンはため息をつき、
ガッカリした顔で言う。
「……思ったより、つまんなかった。残念」
その反応にカアラはムッとして叫んだ。
「なによ! この店が潰されても良いの?」
ジュアンはカアラを真っ直ぐに見据えて言い返す。
「ハッキリ言って、アイレンがどうのこうのじゃないの。
あなた、商売を……商売人を舐めないでよ。
人にものを売るのを仕事にしてる人間が、
人を裏切ってどうすんのよ。
自分の首を絞めるようなものだってわからない?
わからないか、馬鹿だから」
「なんですってえ! 誰が馬鹿ですって?!」
というカアラに詰め寄り、ジュアンは啖呵を切った。
「潰すなら潰してみせなさい。
裏切って儲かるより、何倍もマシってものよ。
うちの父ならそう言うわ!」
そう言って、くるりと背を向けて去って行こうとして。
小さな声でつぶやいた。
「アイレンとケンカする時もあるし、腹立つ時もあるわ。
でもね、私は絶対に無視もしなければ
くだらない悪口も言わない。
ちゃんと話し合うわ、アイレンと」
そして顔だけ振り返って、ジュアンは言ったのだ。
「私が言うことを聞かないからって、他の人間を使って
あの子を傷つけようとしても無駄だからね。
アイレンには私がついてるから」
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カアラは家に帰り、父に訴えた。
「ジュアンがいる以上、アイレンは私たちには頼らないわ
あの子をこの町から追い出さないとダメよ、お父様」
実際はジュアンがいなくなっても、
アイレンはカアラ一家など頼ったりしないのだが、
カアラは絶対に報復したかったのだ。
自分の”魅了”が魔道具によって通じなかったのも悔しいが、
それ以上に、ジュアンの態度が許せなかった。
自分の”お願い”を聞いてくれない者は罰を受けるべきだ。
カアラの母が同意するように言う。
「確かに、アイレンが妙に強気なのは、
あの子のせいかもしれませんわ」
「そうよ。幼い頃は私やツグロと遊んでいたのに、
最近はジュアンとばかり過ごすことが増えたんだもの」
カアラは不満げに言うが、
実際はカアラも別の友だちと過ごすほうを選んだ。
互いに一緒にいても、全然楽しくなかったから。
目を細め、話を聞いていたカアラの父はついに結論を出した。
「……そうか。じゃあ、
いなくなってもらおうか、あの店ごと」
「お父様!」
カアラは嬉しそうな声をあげ、飛び跳ねる。
そしてカアラの父はどこかに出かけて行き、
その晩は朝まで戻ってこなかったのだ。
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その、数日後からだった。
ジュアンの家の店に、悪いウワサが流れたのは。
最初は、商品に関することだった。
「あの店、不正をしているって話だぞ」
「違法な薬物を使っているらしい」
「やけにうまいと思ったら、薬のせいなのか」
もちろんジュアンの家は全否定し、
噂の出所を警察に頼んで必死に探った。
しかしなかなか見つからないのだ。
そして噂が十分に広まったのを見計らうように
突然、信じられないニュースが町中をかけめぐった。
”ジュアンの店の倉庫から違法な薬物が見つかった”、
と報道されたのだ。
それは徐々に中毒症状をもたらす薬であり、
長期間にわたって摂取していると
体に害を及ぼす、という危険なものだった。
ジュアンの父は任意同行だが警察に拘留され、
店はしばらくの間、閉めざるを得なかった。
「本当だったのかよ!」
「信じられないわ! 子どもも食べてたのに」
「私なんてほとんど毎日食べていたのよ!」
みなが大騒ぎし、店舗や警察に押し掛ける騒ぎになったのだ。
”老舗の和菓子屋のスキャンダル”は東の国だけでなく
世界中に広まっていった。
それは別に不正問題としてではなく、
見つかった薬物があまりにも希少なものだったからだ。
そのせいで、このニュースは大々的に報じられ、
事態の収拾も長引くことになった。
「これで他の町、いえ、他の国に移動したってダメね。
ジュアンの店はもう終わりだわ」
カアラはニヤニヤしながらつぶやく。
カアラの父も嗤いながら言う。
「平民の警察が探しても、なんの証拠も見つからんだろう。
金さえ払えば、”能力”で悪事を働く華族もいるんだよ。
平民の商店など、潰すのはたやすいことだ」
勝利に酔いしれて、浮かれるカアラ一家。
しかしこの時はまだ、誰ひとり知らなかったのだ。
カアラ一家やツグロ一家はもちろんのこと、
執事も、リオも、ジュアン、そしてアイレン自身も。
アイレンの能力はただ”無効”というだけでなく、
”意図反射”が含まれる、ことを。