16 陰険で不快な学生生活
カアラがおびえながら入学した女学校は、
初めは何事もなく過ぎた。
「まあ、なんて可愛らしいドレス!」
そう言ってカアラに声をかけてくる子たちと
すぐに親しくなることができた。
もちろんカアラの”能力”である”魅了”もフル回転で使用した。
だからクラスメイト達はカアラの周りに集まり、
先生たちも他の子よりも優しく接してくれた。
友だちになった子はカアラと同じく、
オシャレや流行りのもの、
カッコいい男の子や誰かの噂話が大好きな子ばかりで
すぐに打ち解けることができた。
授業も別に普通だった。
隣の子とおしゃべりしていても、
教科書の代わりに雑誌を読んでいても
教師は叱ることも無く、淡々と授業を続けるだけだ。
「良い先生は公立に流れたっていうけど、
別に問題ないじゃない」
勉強嫌いのカアラにとって
学校は学ぶところではなく、
高位貴族の者と知り合うための場所だった。
「やっぱり私の”魅了”があれば、
どこにいても主役になれるわね」
たくさんの人に囲まれながら、カアラは優越感にひたっていた。
しかし一か月を過ぎるころになると、
だんだんと雲行きが怪しくなっていく。
そもそもカアラの”魅了”に持続性はないのだ。
「え、またその靴? ドレスに似合ってないじゃない。
見て、私の靴。お父様が買ってくれたの。
ドレスにあわせて一足ずつなんて常識じゃない?」
友だちの一人がカアラの靴にダメ出しをした後、
せせら笑いながらマウントを取ってくる。
「えーどうしましょう。
またお兄様のお友だちに誘われてしまったわ。
もう、この一週間で三人目よ、嫌になっちゃう」
化粧が派手な友だちは、毎日うざったいくらいに
”モテる自分”をアピールしてくる。
カアラがその”お兄様のお友だち”を横取りするために
「私も皆さんに会ってみたいわ」
と笑顔で言うと、その娘はさも残念そうに
「……そうして差し上げたいのは山々ですけど。
皆さま、私と二人きりで会いたがるんですもの」
などと言って、薄笑みを浮かべるのだ。
内心ははらわたが煮えくり返るような思いをしながらも、
ここで怒ったり泣いたら相手の思う壺だと思い、
カアラは必死に耐えていた。
彼女自身はまるで気が付いていないが、
しょせん似た者同士の友人であるため、
そういった無礼で無神経な振る舞いは、
これまでカアラが周囲にしていたものと全く一緒だった。
そこで、かつての振る舞いを恥じ入るようなら
カアラも生まれ変わることが出来たはずだが、
残念ながらそのまったく逆を進んだのだ。
カアラは靴を馬鹿にしてきた子に向かって言い返す。
「でもその靴って、この辺りの町で購入したものよね?
私のドレス、ほとんどが帝都の高級店で作らせたものなの。
ほら見て……ボタンひとつとっても違うでしょ?」
確かに袖口のボタンには、
帝都でも有名なブティックの刻印が刻まれていた。
悔し気に口を曲げる相手を見て、
カアラは勝った! と笑みを浮かべる。
もちろんこのドレスはアイレンのものを、
なんとか仕立て直して着ているだけだった。
しかしバレなければ問題ない、カアラはそう考えていた。
そしてモテるアピールする娘には
哀れむような顔で言ったのだ。
「それは本当に気の毒なことだわ。
好きでもない人に愛されるのって、本当に苦痛ですもの。
やっぱり女の子は自分が好きな人に
心から愛されなくちゃね、私みたいに」
カアラの言葉に、ムッとした相手は尋ねてくる。
「あら、あなたにそんな相手がいるの?」
余裕の笑みを浮かべてうなずくカアラに、
他の女の子たちも集まってくる。
「まあ素敵。ねえ、どんな方?」
「ウフフ。とっても素敵な方なの」
そしてカアラの口から出てきたのはツグロなどではなく。
「サラサラの銀の髪に、深い藍色の瞳。
頭も良かったけど、剣の腕もすごいのよ?
小鬼くらいならあっさり倒してしまうんだから」
リオのことを思い出しながら、スラスラと嘘をつくカアラ。
あまりにも具体的なエピソードや人物描写に、
誰もカアラが”架空の恋人”を作り上げているとは思わない。
「いいなあ、もう相手が決まっているのね」
「ね、その方、今はどこにいるの」
友だちの言葉に、カアラはハッと気が付く。
まずい。このままでは誰も紹介してもらえなくなるし
会わせろなんて言われたら嘘がバレてしまう。
作り笑顔のまま、カアラは寂し気に答えた。
「このあいだ、お家の事情で遠い南方に行ってしまったの。
……次に会えるのはいつになるかしら」
これなら、もし良い出会いがあった時には
”彼とはすでに縁が切れた”で通せる。
残念そうな友だちの声を聞きながら、カアラは思った。
これからも、つじつまを合わせて行かないと。
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カアラはうつむき、苦痛に顔をゆがめて歩く。
学校帰り、あまりにも陰鬱な気分が晴れないため、
買い物でもしようと街中に立ち寄ったのだ。
しかし可愛いアクセサリーを見ても、
”子どもっぽいって馬鹿にされるかも”
と考えてしまったり、
美味しそうなケーキに目を輝かせても
”私最近、体重が増えてしまって”
と、自分よりずっとスタイルの良い子に
言われたことを思い出したりした。
学校での付き合いが、すでに苦痛でしかなかったのだ。
陰口、マウント、上げ足取り、見下し、意地悪……
そういったものから自分を守るだけでなく、
相手に攻撃をしかけたり、防いだりを繰り返しているのだ。
毎日、毎日。
精神的に疲れ、荒れ果てたカアラの耳に、
知った声が聞こえてきた。
「すっごく美味しそうなケーキね!」
「上に乗った飴細工が綺麗だわ」
カアラが振り向くと、そこにはアイレンとジュアンが
自分がさっき目を止めたショーケースのケーキを見ていた。
「えっ?! アイレン!?」
思わずカアラが叫ぶと、二人は振り返った。
一瞬驚いた顔になったが、アイレンは笑顔で挨拶をする。
「久しぶりね、カアラ。学校帰り?」
「え、ええ。もちろんそうよ。
素晴らしい先生方から教えを受けて、
友だちも良い人ばかりで、本当に毎日楽しいの!
さっすが私学の名門女学院って感じよ。
ここに通えて、本当に幸せだわ~」
自慢げなカアラの言葉に、アイレンは心底嬉しそうな顔で
「それは良かったわ! カアラに合った学校だったのね」
と喜んだのだ。
もっと悔しがらせてやろう、カアラがそう思った時。
ジュアンが驚くことを言ったのだ。
「執事さんが直接学校に行って、
”辞退しちゃった”と聞いたときは驚いたわ。
”アイレンさまには町の公立校をお勧めいたします”って言ってね」
「えっ? 辞退って、手紙じゃなくて?
学校に呼ばれたってこと?」
まさか執事が呼び出されて、あのニセの辞退届を糾弾されたのか?
カアラは内心、ざまあみろという気持ちになったが。
「いいえ? 辞退したことを学校側は驚いてたそうだし。
そりゃそうよね、天満院家に断られるなんて」
ジュアンは言葉の裏で、
”そこはその程度の学校なのよ”という意味を込めていた。
カアラがアイレンに対し、
女学校進学でマウントを取る気満々なのがミエミエだったからだ。
何それ……と腑に落ちないカアラに、
追い打ちをかけるようにアイレンが言った。
「辞退することに関しては
こころよく処理してくださったそうだけど……
ヘンな封書に関しては、ちょっと困っていたみたい」
顔をひきつらせ、カアラが尋ねる。
「あ、あら。何かおかしなものが届いたの?
単なるいたずらじゃない?」
アイレンはにこやかに言う。
「たぶんそうだと思うわ。
でももう警察にお任せしたから問題ないわ」
警察!!!
カアラは叫びを押し殺した。
そして軽蔑したような顔でアイレンを非難する。
「そ、そんな警察だなんて、騒ぎ過ぎじゃない?」
それに対し、ジュアンが厳しく言い返す。
「入学に関する文書の偽装なんて立派な犯罪よ」
カアラは焦り、黙り込む。
……大丈夫、絶対にバレないはず。
その心の声が聞こえるはずもないのに、
アイレンが元気よく言ったのだ。
「大丈夫よ! すぐに解明するわ!
だってあの文書、”配達指定文書”で届いたんですもの!」
「え」
カアラはマヌケな声を出し、
それをかき消すようにジュアンが笑った。
「あはは! それならすぐに、
”誰が、いつ、どこから出した”か、わかるじゃない!」
そこから先の会話は上の空で覚えていない。
アイレンとジュアンとすぐに別れて、
カアラは買い物もせずに急いで帰宅した。
そして封書を託したメイドを捕まえて尋ねる。
「ねえ! あの封書、ちゃんとポストに入れたんでしょうね!?」
メイドは驚いたが、ああ、というように思い出し、
笑顔でうなずいた。
カアラはホッとして脱力する。
するとメイドはカアラを安心させるように言ったのだ。
「大丈夫ですよ、お嬢様。
ちょうど配達に来ていた郵便局員に手渡ししましたよ!
あの人、”これは大切な文書ですね、確実に届けます”
って言ってくれましたから!」
屋敷の中を、カアラの絶叫が響き渡った。