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14 入学の妨害

「ちょっと、どういうことなの?!」

 カアラはがらんどうになったリビングで叫んでいた。


 この屋敷から消え去ったのは、

 天満院家の家財だけでは無かった。


 あれだけいたメイドは一人も残らず、

 腕の良いシェフも下男も、庭師までもが去って行ったのだ。


「待て! 安心するがいい。私が引き続き、雇ってやるから」

 カアラの父である小端館氏は彼らを必死に引き留めたが

 全員が丁寧にそれを辞退し、さっさと出て行ってしまった。


 彼らはちゃんと知っていたのだ。

 小端館氏には(あるじ)にふさわしくないこと、

 そして……彼には、

 自分たちの給与を払う事などできないだろう、ということを。


 人材も家財も無い家には住めない。

 カアラ達は一度自宅へ戻ることになった。


 カアラの父は大急ぎで人を雇い、

 翌日、自宅で使用していた家具をこちらに運んだ。


 運び込まれた荷物は、リビングとダイニング、

 夫妻の寝室、そしてカアラの部屋へと設置された。


 しかしひと息つく前に、新たな問題が勃発したのだ。


 それまで小端館家で働いていたメイド3人を屋敷に連れて来て

 これからはここで働くように命じたのだが。


 三人は顔を見合わせ、カアラの父に言ったのだ。

「ここで働けと? では、お断りします」

「私も辞めます」

「私も」


 カアラはビックリして、三人に詰め寄り叫ぶ。

「どうしてよ! こんな素敵なお屋敷で働けるのよ?

 アンタたちの部屋だってあるわよ!」

 もちろんメイド用の部屋も、ここにはたくさんあるが。


 一番年長のメイドが、呆れたようにつぶやいた。

「そりゃお嬢さんは嬉しいでしょう。

 でもね、私たちは今までの何十倍、

 いや何百倍の仕事が増えるんです」


「どうして?」

 意味が分からないカアラに、別のメイドが説明し始めた。


「前の家の何十倍の部屋数、それぞれに水回りもついているなんて。

 廊下だって広くて、窓も天井まであるし。

 こんな家を毎日3人で掃除だなんて、それこそ寝る間もなくなります」


 それを聞き、カアラの母が慌てて言う。

「全部の部屋を掃除しなくて良いのよ?

 そうね、リビングとダイニング……

 後は使っている水回りと、私たちの部屋くらいで」


 一番年長のメイドが念を押して言う。

「では掃除の範囲は”前の家と一緒で良い”ということで?」

「ええ、それで良いわ!」

「玄関はともかく、こんなだだっ広い廊下はやりませんよ?」

「……仕方ないわね」


 3人はしぶしぶ承諾し、カアラの父に、

 その条件を盛り込んだ契約書を作るように言った。


 その後も、いざメイドが夕食を作ろうと思ったら

 食材どころか、鍋などのキッチン道具が何もなかったり

 お風呂に入ろうにもお湯の沸かし方がわからなかったりで

 カアラ達はしばらくの間

 大変な思いをすることになった。


 何かと出費も多かったが、

 実は天満院家の金庫から事前に、

 かなりの現金や宝石を持ち出しておいたのを使った。


 しかも、それだけではない。


 こちらに住んで数週間の間に、

 たくさんのお金や品物が届いたのだ。


 ある時は事業提携先から届いた高価な新商品。

 ある時は慈善事業のお礼として贈られた季節の果物。

 そして次々と、各地の領地からも物品が送ってこられ、

 時おり現金や宝石、金塊の類いまで届くこともあったのだ。


「こりゃすごい! 最上位の華族とは

 遊んでいても金や物が増えるのか!」

 大喜びで笑いが止まらないカアラの父。


「あら、きっと忙しくなるわ。

 いろんなパーティーの招待状も届いているもの」

 母もはしゃいだ声をあげている。


 そんな彼らを見ながら、カアラは幸福に包まれていた。

 そう、これよ! 私にふさわしい生活は!

 みんなが私に、いろんなものを捧げてくれるの!


 カアラが自分の輝かしい人生の始まりにウットリしていると

 手紙を処理していた母が驚きの声をあげた。

「あら、これ。アイレン宛じゃない」


 カアラが覗き込むと、

 それは進学予定だった女学校からの封書だった。

 以前住んでいた家に、

 カアラにも同じものが届いていたので見覚えがあったのだ。


「ふうん。あの子も……」

 学校に行ったら、みすぼらしいあの子を馬鹿に出来るわね。

 カアラはフフッと笑うが、もっと良いことを思いついたのだ。

「ねえこれ、捨てちゃえば?」


 娘の言葉に、カアラの父は一瞬戸惑ったが、

 やがてニヤリと笑ってうなずいた。

 そして破こうとした時、カアラの母がそれを止めたのだ。


「待ってちょうだい。破いても無駄よ。

 だって学校の説明会で、不在で届かなくても、

 返事が来るまでは保留にするから大丈夫、だって言ってたわ」


 旅行や転居などで不達の場合でも、

 すぐに入学取り消しになるわけではないのだ。


 カアラは母親の言葉を聞き、嫌な笑みを浮かべて言った。

「……じゃあ、返事をすれば良いってことよね?」

 そして勝手に封書を開封した後、

 入学希望手続きの書類を取り出した。


 そしてわざと汚い字で、

 ”こんなクソな学校、いくわけないだろバーカ”と書き、

 天満院アイレン、と署名したのだ。


 親子三人でひとしきり大笑いした後。

 返信用の封筒にそれを入れ、メイドに託した。

「すぐにポストに入れてきて」


 女学校側で広まるアイレンの悪評を想像し、

 笑いすぎて涙をふいている三人は気付かなかった。


 メイドがその封書をポストには投函せず、

 偶然にもちょうど配達に来ていた郵便局員に手渡したことを。


 受け取った封筒を見て、配達員は重要な文書だとすぐに気付いた。

 そして”配達指定文書”で届けるべきだと判断したのだ。


 ”誰が”、”いつ”、”どこから”送ったのか、

 後できちんとわかるように。


 ーーーーーーーーーーーー


 ツグロは自宅で鏡を見ていた。

 まさかあのカアラが自分の事を

 結婚したいほど好きだったなんて。


 正直ツグロは、ずっとアイレンが好きだった。

 能力が低い自分には、相手が無能でないと上には立てない。

 でもそれ以上にアイレンの素顔は可愛くって、

 なによりも優しく性格が良かった。


「……まあ、カアラでも良いよな。

 能力持ちといっても、たいしたことないし」


 カアラの能力は”魅了”だが、周囲の者は薄々気が付いている。

 意志の弱い者に対してのみ、

 一瞬だけ強く魅了する効果をもたらすが、持続性はなかった。


 気に入った男性に声をかけさせることはできても

 本当に好きになってもらうことは難しいのだ。


 だから幼い頃から、カアラが出会う男子に対し

 次々と能力を使って”モテた気”でいるのを

 やれやれ……という目で見ていたけど。


「顔もまあ可愛いし、なんといっても

 天満院家の莫大な遺産を分けてもらえる立場だからな」


 上機嫌で出かけようとすると、

 入れ違いに母親が帰ってきたのだ。

 その顔色は悪く、不機嫌そのものだった。


「どうしたの? 母さん」

 ツグロが問いかけると、彼の母は大きなため息をついて言ったのだ。


「……とんでもないことになりそうだわ」

「えっ! なんで?」

 ぜんぶ、上手くいってるじゃないか。ツグロは困惑した。


 母は忌々しいといった口調でつぶやく。

「天満院家はずっとお前とアイレンの婚約を認めてなかったじゃない!

 それなのに”婚約を破棄するなら慰謝料を払うべきだ”って」


 ツグロは驚いて叫んだ。

「誰がそんなことを!」

 母は恨めしそうに答える。

「会う人会う人に言われたわよ。近所の人にも、

 警察署長さんや学校の先生にまでね!」


「本当は婚約なんてしてないのに!

 ……まあ、噂は流したけど……」

 この状況になる前は、素野原家の人々は必死で、

 ”ツグロはアイレンの婚約者だ”と触れ回っていたのだ。


 尻すぼみになるツグロに反して、母親は怒りの声をあげた。

「カアラよ! 全部あの子のせいよ!」


 詳しく聞けば、カアラはこの数日

 令嬢の友だちに言いふらしているそうだ。


「ツグロが本当に好きなのは私だったの。

 でも……”僕なんて無理だ”って思っちゃったみたい。

 だから諦めるつもりでアイレンに申し込んだんですって。

 でもやっぱり”本当に愛しているのは、誰よりも美しい君だ!”って

 告白されたのよ」


 ツグロは呆れて声も出なかった。

 あの日、カアラに”本当に結婚したいのは誰?”と聞かれ

 何も答えられずにいたのに。


 すると業を煮やしたカアラが、

「私、前からツグロが好きだったの!

 ねえ、自分のほうが可愛いじゃない!

 この家の令嬢である私の方が、結婚相手にいいでしょ? ねえ!」

 と強く言われ、うなずいてしまっただけなのだ。


 するとカアラは嬉しそうに、

 アイレンと婚約破棄することと、

 自分を選んだことをみんなに宣言する約束を、

 ツグロにさせたのだ。


「……なんで、そんな話になってるんだよ。

 それじゃ本当に乗り換えたみたいじゃないか!」

 実際はアイレンに、まるで相手にされていなかったのに。


 母親はイライラと金切り声をあげた。

「おかげで、その話を聞いたみんなから

 ”アイレンの窮地を助けるどころか、

 さっさと他の娘に乗り換えるなんて

 最低の人間のすることだ!”なんて言われたわよ!

 もう、表では歩けないじゃない!」


 自分たちが流した嘘が裏目に出ただけではなく

 カアラが自分を”勝ち組”にみせるためだけの妄言のせいで

 素野原家の人々の評判は地に落ちたのだった。



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