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1 地味で無能だけど問題ありません

 穏やかな春の午後。

 いつものように、

 幼馴染4人組がのんびりピクニックを楽しんでいた。


愛蓮(アイレン)桜桃(サクランボ)のケーキを持ってきたよ」

 美しい少年に名前を呼ばれた娘は

 嬉しそうに駆け寄ってくる。


 天満院 愛蓮(アイレン)

 長い黒髪を二つに分け、三つ編みにし、

 顔には無骨な作りをした眼鏡をかけている。


 見た目こそ地味だが、彼女は由緒正しき天満院家の長女だ。


「嬉しい! 美味しそうね」

 彼女は嬉しそうに、少年の差し出した包みを覗き込んでつぶやく。

 嬉しそうなアイレンの顔を見て、少年も目を細める。


 少年は隆光 リオ。

 銀髪碧眼の端正な顔で、

 背も14歳という年齢にしては高かった。


 彼は楽師見習いであるため、

 普段は管絃の演奏者が着用する管方装束を着ているが

 今はシンプルな白い着物に紺の袴姿だった。


 それを横から、小端館 香新(カアラ)が横目で見ながら、

 口元に笑みを浮かべ、呆れたように言った。

「まあ、アイレンってほんとに食い意地がはっているのね」


 カアラは明るい茶色の巻き毛で、

 フリルのついた派手な洋装(ドレス)をまとい、

 しぐさも見た目も可愛らしい娘だが、

 どこか腹黒さを隠しきれない女の子だった。


「何を言っているんだ? カアラ。

 アイレンは喜んでくれただけだろ」

 リオが冷静な口調で反論する。

 するとその横にいたもう一人の少年がうなずきながら同意した。


「そうだよお。ケーキ見て”美味しそう”、なんて

 礼儀みたいなものでしょ。

 なんとも思ってなくてもとりあえずは言うだろう」


 リオのお土産をアイレンが喜んだことを認めたくないのか、

 多少語弊がある言い方をしつつも、

 素野原 次郎(ツグロ)もカアラを軽く非難した。


 男の子たち2人共がアイレンをかばったことに

 内心ひどく腹を立てつつも、カアラは慌てて否定しておく。

 自分が意地悪だと思われたくなかったから。


「ち、ちがうの、悪い意味で言ったんじゃないのよ?

 ねえ、アイレン、私が褒めたんだって分かってるわよね?」

 まるで自分が責められたかのように、

 困り顔をするカアラを見て、

 アイレンは首をかしげつつ答えた。


「……よくわからないけど、

 私が食べるの大好きというのは本当だから。

 なんでも良いわ」

「ね、ね、そうでしょ?」

 何故か勝ち誇ったような顔つきでうなずくカアラ。


 全員が同じ年であるこの4人は幼い頃からの幼馴染だった。

 アイレンとカアラは母親が姉妹の従妹同士。

 ツグロはアイレンの父親同士が知り合いだった。


 この3人組にいつしか、リオが加わった。


 リオの家は雅楽(ががく)の楽師一団で、

 春の間だけこの地に訪れるうち、

 アイレンたちと親しくなったのだ。


「サクランボは春の楽しみだもの」

 そう言って嬉しそうにリオを見るアイレン。


 彼に会えるのは春の間だけ。

 アイレンは毎年、春を心待ちにしていた。


 他の楽師から”若様”と呼ばれていることからも、

 彼はこの楽団の跡取りなのだろう。


 雅楽で用いられる楽器には、笙、篳篥(ひちりき)(ふえ)、琵琶や(こと)

 太鼓や(つづみ)がある。

 彼はその中でも、横笛の一種である龍笛(りゅうてき)の修行をしていた。


 彼は春に再会するたびにたくましく、賢く、美しくなっていた。


 たまに演奏してくれる龍笛(りゅうてき)の腕前はもちろんのことだが

 知識や教養にあふれ、この町の先生にも驚かれるほどだった。


 それぞれ家庭教師をつけられているはずの

 カアラやツグロよりも賢いほどだ。


 アイレンがそれを褒めると、彼は照れ臭そうに

「一年中、諸国を巡っているからね。

 そのぶん見識が深まっただけだよ」

 と謙遜する。


 しかし彼はそれだけでなかった。

 体を鍛えているらしく、その体躯は年々立派なものになっていた。

 笛さえ持てれば良いはずの腕は

 兵士が倒してしまった大剣を

 易々と拾い上げて渡せるほど力強くなっていた。


 さらには、野山を4人で散策する際、

 運悪く物の怪(もののけ)に遭遇してしまった時なども

 護身用の小剣でたやすく退治してしまえるほどの腕前も持っていたのだ。


 美しい銀の髪に、深い藍色の瞳。

 今でも十分に整った顔は、

 今後さらに成長した時、

 素晴らしい美丈夫になるのは間違いない、と皆に噂されている。


 街の娘たちだけでなく、

 彼を見るカアラの目も年々変わっていったが、

 彼女の心のどこかで”彼はしょせん平民だから”と見下していた。


 天帝を頂点とし、その配下の四天王家が治めるこの世界は

 華族、武家、僧家、そして平民の4種類で成り立っている。


 華族という名の貴族が治世を行い、

 武家が、世にはびこる悪鬼や魑魅魍魎(ちみもうりょう)を退治する。

 そして僧家が祈祷などの神事や除霊を行う。


 この三属は特別な存在であり、平民は彼らに仕える者。

 末端とはいえ、とりあえず華族であるカアラとツグロは

 そんな選民意識を持っていた。


 カアラはリオに強く魅かれつつも、

 自分にふさわしい相手ではない、

 と切り捨てていたが、

 それでも彼が自分よりアイレンを大切にするのは気に食わなかった。


 常に愛され、賞賛されるのは自分だと思っていたから。


「今年も立派に育ててくれたのね。

 会ったらお礼をいわなくちゃ」

 マルマルとした桜桃を見てアイリンが言うと、

 馬鹿にしたような声でツグロが尋ねた。


「ええっ? お礼って、誰に?

 まさか果実を育てた農作人?」

「ええ、もちろん」


 アイリンは幼い頃から、年齢性別や身分に問わず、

 誰に対しても公平であり、親切に接していた。

 だから平民の友だちもたくさんいる。


 彼女の家は華族の中でもかなり上位の家門だったが、

 両親ともに慎ましく誠実な人柄であった。


 アイリンは別に”世間知らず”というわけではなく、

 両親からもたらされた深く広い教養により

 この世界が華族のみで成り立っているわけではないことを

 充分に承知しており、

 万人に対する感謝を忘れないだけだった。


 そんなアイリンを、ツグロは困った顔でたしなめる。

「ちゃんと育てて当たり前だろ?

 それが彼らの仕事なんだから」


「そうよ、人には人の役割があるのだから。

 アイリンったら、すぐに華族としての務めを忘れちゃうのね。

 そんなことでちゃんと淑女になれるのかしら」

 仕草だけは優雅に可憐に、

 カアラは片手で口元を隠しながら笑う。


 アイリンはすでに、この2人に説明するのは無駄だと諦めていた。

 これまでそういった特別意識の危険性や、

 この世の全ての人に対する敬意の必要性を説いてきたが、

 彼らはまったく変わらなかったから。


 切なげにため息をつくアイリンに、リオは優しい声で言う。

「なれる、なれないなんて気にする事はないよ。

 だってもう君はすでに誰よりも立派な淑女だからね」


 平民に対し、お礼を言うだけではない。

 アイリンとその家族は、自分の領地だけでなく、

 多くの人々の暮らしが良くなるように、

 常にその財を投じていた。


 病気が流行れば、いち早く薬を入手し無料で配布する。

 自然災害で家が倒壊した村には、

 避難場所として別荘を使用させ、新しい家を用意する。


 大好きな人に褒められ、

 恥ずかしそうに頬を赤らめるアイリンと

 優しい瞳で微笑むリオ。


 そんな彼らを見ながら、ツグロは不満そうに口をとがらせ、

 カアラは可愛らしい微笑みを浮かべながらも、

 内心は煮えたぎるような怒りを抑えきれずにつぶやいた。


「まあ、アイレンは平民と結婚すれば平気よね。

 華族にも武家にも、僧家にだって選ばれないだろうし。

 ……何の”能力”も無いのだから!」


 その言葉に、リオとツグロが動揺し、

 心配そうにアイレンを見た。


 ”能力”。


 それは華族の華族たるゆえんであり、

 華族のだれもが持つ”特別な力”だ。


 魔力や超能力のように、

 人知や物理法則を超えた影響をもたらす力で

 その強さが評価につながっているのだ。


 とはいえ、それもピンキリであり、

 四天王家のような超人的なものから、

 ”野菜が腐敗するのを2,3日遅らせる”といった

 ささやかなものまでいろいろだ。


 実際、カアラの”能力”は”魅了”の低レベルなものだし

 ツグロにいたっては”ほんの数秒、素早く動ける”といったもの。


 しかしそれでも”能力”は”能力”。


 アイレンは名門華族にありながら、

 何一つ能力を持たずに生まれた。


 両親もいろいろ調べたが、魔道具を使った検査では

 何も見つけることはできなかったのだ。


「あったとしても、

 極めてその力が弱いものなのかもしれません」

 最後に検査した魔道具の技師は、

 残念そうに両親に告げていた。


 カアラはそんな、アイレンの最大の弱点を突いたのだ。


 しかし当のアイレンは嬉しそうにうなずいた。

「相手がどんな方でも、”能力”ではなく

 私自身を見て、選んでもらえるのは嬉しいわ」


 両親は割り切り、”能力など無くても大丈夫”、

 そう言ってアイレンを大切に育てた。

「能力など無くても、教養と信頼できる人がいれば

 人は生きていけます」

 だからアイレンはそのことをたいして気にしていなかった。


 予想外の反応に顔をゆがめるカアラに対し、

 ツグロは口元に笑みを浮かべていた。

 そしてアイレンに励ますように言う。


「そうだよ。アイレンはそのままでいいんだ」

「ああ、そうだな」

 リオも優しくアイレンに笑いかけるが、

 ツグロの心中は全く別のものだった。


 ”アイレンはずっと無能でいてくれなきゃ。

 俺より下が居なくなってしまうから”


 ツグロにとって、

 ”能力”が低いと馬鹿にされがちな自分にも

 分け隔てなく優しくしてくれるアイレンの優しさも魅力だったが

 眼鏡の奥の顔が実はとても可愛いこと、

 彼女の家が裕福な名家であることなど、

 逃したくない結婚相手として狙いを定めていたのだ。


 自分より”能力”が高い女なんて、絶対に嫌だ。

 そう思っているツグロにとって、

 アイレンはもっとも都合の良い娘だったのだ。



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