魔法の属性と副作用(リライト済)
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――火球!!
その勇ましい優也の声は辺り一帯にこだました。何かが出るわけでもなく、眼前の敵が倒れる訳でもなく、ただただ辺りに響いたのであった。
「ちょ、おーい!!!! 何にも出ないんですけど 何にも出ないんですけど!!」
「あれ……? おっかしいわね……、次、初級魔法の雷線とか、水召喚、風の刃とか試してみてよ」
――雷線!!
――水召喚!!
――風の刃!!
「駄目か……、あっ。土属性なのかな……岩の針あたりはどう……?」
――岩の針!!
「うおぉぉ、なんも出ねぇ……!」
「いやいや、まさか……輝く光源、黒の霧とかじゃないわよね……」
――輝く光源ォ!
――黒の霧ォォォォォォォ!
迫りくるボアを殴りながらその後もいろいろと試す優也であったが、この期に及んで攻撃系魔法は一切出なかった。
「はぁはぁ……無理ですけど、これ……。なんというか微塵も出る気がしませんて……」
うまみ調味料しか召喚できない優也にとってこの状況は致命的であった。叫ぶも何も攻撃魔法が出ないのであれば、この世界で生きていけるか正直不安であった。グラセーヌは不安そうに優也に語り掛けた。この世界ではある程度決められた属性とそれに近い魔法しか出せないというのだ。
「ええぇぇ、じゃあ、あんたの属性って何なのよ……」
「『何なのよ』って言われても、俺だってどうしていいやら……」
またしても、優也の頭の中に怪しげな声が響いた。声の主は依然と変わらず落ち着いた様子で言葉を繰り返した。
――思いだせ……、神の言葉を……
――願えよ………、願望の言葉を……
――想像せよ……、その言葉を……
――そして、呼び寄せよ
「卵黄熱線」
手のひらからは金色に光る無数の光線らしき物が射出された。その輝く光線は先頭のボアの頭を完全に貫通し八つ裂きにすると、その後ろを併走していたボアにも命中し、その胴体もろとも切り裂いた。
あっという間の出来事であった。先頭とその後ろのボアは絶命の声を上げる事も無く肉塊へと変わり、ボアの集団へと消えていった。
「うわぁぁぁあ! なんか出たんですけど! なんか出たんですけど!」
優也は驚きのあまり声をあげたが、それ以上に驚いているのは肩の後ろから顔をのぞかせているグラセーヌであった。あの愛してやまない優しい卵白のソース……。
「きゃああぁぁぁ!! もももももももしかしてマヨネーズじゃない?!」
グラセーヌはその飛び散った薄黄色い液体に飛びつき、指で掬うとひと舐めした。
「とはいえ、なんだかイマイチな味だわ……塩分が……成分バランスがなってないわね……でもこれって、こっちの世界でもマヨネーズが食べ放題って事じゃないの?!」
小躍りして歓喜するグラセーヌをよそに、再び距離を詰めて襲いかかるグレート・ボアの集団。その背後には数え切れないほどのボアが延々と続いている。仲間を攻撃され激高しているボアはさらに速度を上げ、執拗に荷車に体当たりした。
――グオォォォォォォォォォォォ!!
「きゃあああぁ。ゆゆゆゆ、優也、早くさっきの魔法でボアをなんとかしてー!」
よし、もう一度やってみるか。そう思い再び魔法を詠唱する。手のひらが熱く、そして射出される幾多もの極細のマヨネーズ。それは再びグレート・ボアを切り刻んでいった。
――卵黄熱線
最初はよかった。だが何度か繰り返すうち、グラセーヌの様子が少しずつではあるが、変化していった。どうやら腹を押さえているようであった。
「ちょ……、ちょっとタンマ……。ゆ、優也さんや……なんか無性に腹が痛いんですけど……」
〈ギュオォォォォオオ……〉
「くっはぁ!! お腹がァ! そ、その魔法一発一発が辛いんですけど……」
グラセーヌの腹の虫が鳴っているのが、この慌ただしい状況であるにも関わらず、優也の耳にまで届いた。
「ちっょと最初に放ったあの魔法で試してくれる……? なんだかその魔法は消費量が激しいみたいで……」
「わかったいくぜ!! うまみ調味料創造!!」
――どっぱぁぁぁん!!
森の出口ギリギリのところで優也の手からは、最初に放ったものとは比べものにならないくらいの大量のうまみ調味料が射出した。その調味料は砂丘と見間違えるほどの量を加速度的に増やし排出しつづけ、森そのものをも埋め尽くさんとしている。
「アァァァァァァァァ!! 腹が腹がァァァ!!」
グラセーヌは先ほどにも増して腹を押さえ悶絶していた。魔法の威力は使用を繰り返す毎に威力が増し、リンクしているグラセーヌの腹は凄まじい音を立てて鳴っていた。それはまるで洞窟内で低い笛の音を聞かされているかの如く発せられ、その異様な腹の音を優也や村人らに押しつける勢いで鳴り続けた。
「大丈夫かグラセーヌ!!」
優也はふと後ろを振り返ると、体格に合わない衣服を纏った小柄の女性が胸と腹を押さえながら悶絶していた。
「いやあぁぁぁ!! 優也! ちょっとこっち見ないでよ!!」
顔を真っ赤にしてその身体を隠そうせんばかりの女の子がそこには居た。うっすら涙目でこちらを見上げてくるその顔は、紛れもなくあのグラセーヌであった。
「グ、グラセーヌ!?」
優也は視線を反らすとあまりの変貌ぶりに裏声で叫んでしまった。
「わ、わるかったわね! ちょ、ちょっとこういうの慣れてないから、優也は頑張ってそのモンスターをどうにかして!!」
「そうは言うけど、グラセーヌや……、なんだか威力が落ちてきて今にも止まりそうなんですが……」
――!!
「ち、ちょっとまってて!! 優也! 右手で調味料出し続けながら左手でこのボウルに弱めのマヨネーズ出せる?」
「魔法を使い始めたビギナーにそんな高度なこと言われても出せるかどうか解りませんよ……」
「いいから構わずやって頂戴。それが出来ないと魔力供給すら難しくなるわ」
「それじゃあ行きますよ……」
――卵黄熱線ックシ!!!!
くしゃみと共にマヨネーズが凄い勢いで噴出した。
〈ズガン!!〉
鉄製ボウルにの縁に見事なまでの穴が開いた。
「ぐあぁぁ! 一気に!一気に腹が減るゥゥゥ!! って、ちょっとあんた、いきなり殺す気!!! さっきより魔力持って行かれた感じなんですけど!! 勢いよくぶっぱなし過ぎなのよ、もう少し集中しなさいよ! こう蛇口を絞るというか、口を閉じる感じというか、吐くのとか、今にも漏らしそうな下痢を肛門をすぼめて我慢する感じって言えばいいのかしら……」
「なんだか表現が非常に汚らしいんだが……」
「なんか文句言った? こちとらマヨネーズに眉間に風穴開けられそうになったんですけど!?」
ぽつりと言う優也に、グラセーヌは指を鳴らしながら仁王立ちででこちら見下ろしてきた。
「ひぃいぃぃ、なななな、何でもないです。集中……集中…………よし……」
よしよし……蛇口を閉める感じ……と、我慢するような感じ……と。
――卵黄熱線
(にゅるる……)
鉄製のボウルに、ようやくマヨネーズがたまりつつあった。
「そ、そうよ……やれば出来るじゃない! よし、これだけたまれば十分だわ。あとはその手から出てる調味料少し貰うわね。」
そう言って、優也の右手から出る調味料にボウルを近づけかすめるようにして回収すると、全力でブレンドしディップソースを作った。
「わたしは全力で食べるから、優也は今の要領で調味料をボアに向けてね。そして、合図と共に左手から地面に向けてマヨネーズを出すのよ。でも一気に出さず、さっきより太めで大量に出せるとベストよ。さっきみたいな切り刻むようなマヨネーズの出し方は魔力消費量が激しくて一気に持って行かれちゃうのよ。頼むわよ!」
そういって、ディップソースを漬けて貪るように全力で農作物を食べるグラセーヌ、小柄であった体型は、ややふくよかよりまで戻りつつあった。
「がふっがふっ、いふぁよ、ひゅうや!!」
「行くぞ! 卵黄熱線 極太バージョン!」
〈ビュルルルルルルルルルルル!!!〉
右手からはうまみ調味料、左手からはドロドロと流出する大量のマヨネーズを汚らしい空気交じりの音と共に排出した。その油分と混ざった調味料は大地に広がると数々のボアを転倒させるまでに至った。ボアは転倒を繰り返し、既にこちらを追ってこれる状況でないことは誰しもが理解できた。
「やったわ優也!! なんとか振り切れたわよ!!!」
ケインやハーゲン含む村人たちは歓喜の声を挙げた。いったん止まって荷車を確認したかったが、止まっていたらまた追撃がくるかと思うと、少々不安ではあったが速度を落とさず村へと向かうことにした。
ケインは優也に声をかけるなり、その功績を称えた。
「たいしたもんだな優也!! お前らが居ればグレート・ボアが何匹来ようが余裕だな!」
「い、いやぁ……、そんなこと無いですよ、それにグラセーヌが居たから出来た事でって、は……、あ、あれ? なんだか頭が、く、クラクラする……」
優也は、荷車の端に倒れるようにしてもたれかかると、そのまま意識を失った。
「ちょ、ちっょと、優也! 優也ァ!!」
涙目交じりに聞こえるグラセーヌのかすかな声は次第に遠くなっていった。
――――
――