森の魔物と使える魔法(リライト済)
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「ふんふんふーん♪」
採れたての野菜を片手に、上機嫌なグラセーヌが居た。歩くのは疲れて膝が痛いと駄々をこねていたので、少し食べても良いという前提で収穫した野菜の荷台に一緒に乗って貰っていた。優也はケインとハーゲン、それと他の村人と交代で荷車に乗ることになった。
天を仰げば、真っ青な空……それと眩しいばかりの日差し、小鳥の鳴き声と共にパリパリとおいしそうに食べる食べ物の音、深呼吸すると鼻をつく草花のあまい香り、そして……
……漂ってきたグラセーヌの体臭……、無論介抱した我々もだが……。
ケインは先頭を進む、グラセーヌの馬車に声をかけた。
「おーい!! 馬車の順番変えてくれー!」
「あいよー! ちょっとまってなー!!」
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遡るとこと数分前。荷車に乗ろうとしたグラセーヌは、足を滑らせ堆肥に突っ込んだ。
その影響で間違いないのだが、突っ込んだ堆肥が凄まじい勢いで発熱・発酵したのだった。村人らが調べてみると、既に数ヶ月は経った状態まで熟成されている事が分かった。皆で協力しなんとか救い出したまでは良かったのだが、グラセーヌはあまりの臭さに泣きじゃくり不機嫌極まりなかった。「もうこんなとこ帰る!!」と言って聞かなかったが、上質な堆肥の生成に村人からは大変感謝され、皆の説得でなんとか機嫌を取り戻した。
堆肥まみれになった皆は、近くの川でなんとか汚れを落としたのだが、思いっきり突っ込んだグラセーヌだけは、その臭いが落ち切れていなかった。
そして今に至るのである。
馬車はゆっくりと森の奥へと向かっていった。目的は匂い消しに使用できる薬草や料理に使用できるというキノコを採りに行くというものである。
森に入って暫くすると、先ほどまでとは異なり少し肌寒く感じられた。道の脇にはさらさらと流れる綺麗な小川があり、それは森の奥の泉から流れ出ている。泉は大きな山肌から絶え間なく流れ出る湧き水を一旦は貯めておくものの受け止めきれず、それが小川となって流れ出ている。
この水があるからこその今の畑であり、現在では村と畑の貴重な水源となっているのである。
ゴトゴトと荷車に揺られて暫く、ようやくその泉のほとりに着いた。泉には木漏れ日が差しており、青々と茂る苔を優しく照らしていた。
泉の水は底が見えるほど澄んでおり、小さな小魚も目で追えるほど綺麗であった。
一行は荷車を降りると薬草を探し始める。優也には野草の知識など皆無であるためケインに教えを受けながら採取していくことになった。
「この薬草は比較的見つけやすい。なにより比較的まとまって群生しているんだ。茎は非常に細く長く、茎からすぐの位置に先のとがった小さい葉っぱが無数に生えている。そして何よりこの小さい歯葉の部分を指で潰すと、青臭さとは違う鼻をつく清涼感のある香りが特徴的だな。それとこっちのは……」
ケインが薬草の特徴などを詳細に説明してくれている。元いた世界では、野草やらそんな事などは微塵も気にもしなかったのに……。時折知識欲の一環として毒性植物などを調べていたこともあったが、今となってはインターネットすら出来ないので調べようにも調べられない。ただ言えることは、こうして現物を目の当たりにし、視覚情報を経て実際に見て・触れて・嗅いで体験しながら解説して貰えるというのと、webページで知識を調べているのとでは、定着する知識の深度が段違いで異なると言うことであった。元々様々なことに興味を持つことはあったが、その素性の上澄みを掬ってただただ満足していただけなのかもしれない。
こうして優也はケインを通じ様々な事を知る良いきっかけとなった訳である。もちろん全てではないがこの地域に群生している植物はある程度知れたのである。
それから1刻ほどの時が経った時であろうか、差していた日の光が少し横に届くようになっていた頃であった。辺りは若干薄暗くなりかけ、野草を積み込んでいざ出立という時であった。グラセーヌが息を切らせながらやっとの思いで荷車に乗り込んだところであった。辺りの空気は一転して重く変わり、それは優也や村人らも感じていた。臭いに釣られてきたのだろうか……。自分の胸元、いやそれ以上のイノシシが無数に森の奥から出てきたのである。
グレート・ボアである。彼らはこの辺りを根城にしている巨大なモンスターで、夜行性であるがため本来であればこの時間に出現することは絶対に無いという。それはケインやハーゲンも認知の上であった。だがこれほどまでに大型で大量のボアは未だかつて見た事が無かったという。
「ボアだ……、グレート・ボアだああああああ!!!」
ハーゲンが声を上げると、皆荷車に乗り一目散にその場から逃げだした。先頭には優也たちの乗る荷車が、その後ろにはグラセーヌの乗る荷車がその後を続いた。
「ちょ、ちょっと、何なのよあのアレ! なんか私の方ばっかり見てくるんですけど!!!」
勢いを増して荷車に突っ込んでくるグレート・ボア。突っ込んでくるその衝撃は凄まじく、あのグラセーヌの巨体すら飛び上がらせた。荷車はボアが突っ込んで来るたびメキメキと木の割れるような音を出し、少しずつ崩壊していく。何度かボアに突っ込まれると収穫物は崩れ落ち、それはボアの脚によって粉々になった。
「ちょ、ちょっとォ!! 離れなさいよ!!!!」
グラセーヌは父から貰ったスコップでボアの頭を何度も叩くが、一向にひるむ様子はなかった。再びボアを叩こうとした瞬間、ボアはスコップに噛き奪い取り、首を振ると地面に落とした。そしてスコップは後方を走るボアの下敷きになってお亡くなりになった。
「わたしのスコップがアァァァァァ!! って、こんな事もあろうかと優也のスコップもこっちにあるのよ!! うおりゃあぁぁぁ!!」
2本目のスコップを使いボアの頭を再び叩くが、案の定奪われ地面に落とされると、そのままお亡くなりになったのである。
「いやぁあぁぁぁぁあ!!」
「うわあぁぁぁ!! おれのスコップがぁぁぁぁぁ!!」
絶叫するグラセーヌと優也。
「駄目だ荷車が重すぎて、ボアを引き離せねぇ……」
ぽつりと呟く村人にグラセーヌが言った。
「わ、わたしがこの身を犠牲にして、みんなを助けるわ……。だからみんなは逃げて……。それにほらわたしってば不死身だし、痛いのを少し我慢すればいいだけだから……」
優也はその言葉を塞ぐように言った。
「グラセーヌ様は神様ではあるが、それ以前に一人の女性だ!! 何も出来ない、か弱い女性を犠牲にしてまで助かろうとは思わない!!」
そう言ってグラセーヌの荷車に乗り移った。
「ゆ……、優也……」
「そ、そうじゃァ!! わしらの神様になにしくされてんじゃこらアアア!!」
そう言って奮い立った村人や優也も後方目掛けて、鎌やら鉈やら農具を投げつけ応戦した。だが、その攻撃自体まるで効いていないようであった。グラセーヌも荷車にあるカボチャでボアを殴打してるが一向に引き剥がせない。
「くっ……、これまでか……。こんな所で終わるのか……」
グラセーヌは、自身のスキルについて思い出すと、皆に向かって叫んだ。
「こ、この中で魔法使える人いるー!!?」
「魔法なんて、この村じゃハーゲンの娘が少し使えるくらいじゃよー!! 今ここには農作業しかできねぇ連中しかおらんわー!」
応えるように村人の1人が叫んだ。
「なら優也しか居ないみたいね……。わたしの魔力をリンクさせるから、優也は思いっきり魔法を唱えるのよ。わたしは少しぐらいお腹が空いても大丈夫だから思いっきりぶっ放しなさい!」
「解った。グラセーヌ様」
「いちいち様は要らないわ。面倒くさいからグラセーヌって呼び捨てにしてくれて良いわよ」
「解ったよグラセーヌ」
「じゃあ、いくわよ……わたしが後ろに回って背中に両手を当てるから、じっとしていなさい。」
優也と入れ替わるように、背後に回るグラセーヌは両手を優也の背中に当てると、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
――我と汝、汝と我
――今こそ、この力、汝に与えそして、我と汝を繋ぐその枷を
――今ここで解き放たん!
グラセーヌの両手から不思議な温かみを感じる、それに呼応するように優也の身体は金色に光り輝いた。
身体が熱い……。頭がクラクラする感じだ。鎖骨辺り……そう、首の下から頬にかけて発熱しているようで、全身が何かこう、自分じゃない何かで満たされていく感じだ。
「つ、繋がったわ……今なら優也も一人前の魔法使いと同様にぶっ放せるはずよ……ただし、魔力に耐えきれず一時的に回路がイカレるかも知れないけど、なんとか後で治すわ……、この状態だと火球辺りが良いかもね……」
「よし、いくぜ!! でかい花火をぶっ放してやらあ!!」
優也は左手で右手首をそっと掴むと、襲い来るボアに向かってその手のひらを向け詠唱を開始した。
「火球!!」
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