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採取クエスト その3

 グラセーヌはグッタリしていた。汗をかき朦朧としている様子が手に取るようにわかる。持ってきていた水を飲ませようともしてみたが、意識下なのか無意識なのか、一向に口にしてもらえない。

 熱を持っている様子であったため、ハウゼンに頼み氷嚢を作って貰うと、額と首、脇の下にそれぞれにその袋を置いた。あとはある程度解凍され次第、ハウゼンが魔力を込め適度に温度まで下げる。これで暫くすれば良くなるハズと思っていた。だが、一向に良くなる気配が無い。


「ハウゼン……、どうしよう。冷やしてもだめだし、水も全く口にしない……」


「一応、回収出来るものは回収しましたし、このまま一旦(ふもと)まで戻りましょう」


「そ、そうだな……あまりの事だったから、ちょっと気が動転してしまっていたようだ……」


「無理もありません、戻って対策を考えましょう」


 優也たちは片付け済ませると、グラセーヌを背負って足早に退散、ハウゼンが先行して下山すると、直ぐに出せるよう御者(ぎょしゃ)に説明しに行った。

 幸いなのは標高の低さ故か、馬車を比較的直ぐ側まで来させられることである。


――


 御者は馬車の横側で煙管(キセル)に火を付け、煙を愉しんでいた。ぷうぷうと山の頂を目掛けては煙を流し、その風に流れる白い吐息を眺めている御者であったが、ハウゼンの慌ただしい様子に気付くと、慌てて火種を火消袋に落とし、その様子を(うかが)った。


「だ、大丈夫ですか……? あまりにも戻って来ないから、上まで見に行こうかと思いましたよ。なにより、さきほどから聞き慣れない音もしていましたし……」


「実は上でトラブルがありましてな、優也殿があとから来ますゆえ、急いで出立できるよう準備をお願いしたい」


「わ、わかりました。いま急いで支度しますので少々お待ちください」


――


「優也殿! こちらです、既に準備が整いましたぞ!」


「あいよー! 今向かってる」


 優也の視界にハウゼンと御者が入った。御者は座席に座り手綱を持ち、ハウゼンはドアを開けて待っていた。


 御者は優也の背中にいる子どもに視線を向けると、来たときに居た大柄な女性について訊いてきた。

「その子どもは? それと……来たときに居たあの大きな女性の姿が見えないようですが……」


「あぁ済まない……実はその女性が訳あって今のコレなんだ。だが、彼女の容態が……だからなるべく飛ばして街へと向かってほしい」


「そういう事でしたら、承知しました! ちょっと揺れますが極力最短ルートで行きます」


――


 颯爽と走り始めた馬車。今回は肥えたグラセーヌではないため、馬車の動きは軽快そうであった。窓を開け流れ込む風は、来たときよりも強く吹いていた。


 4人乗りの馬車には、グラセーヌの横に介抱するハウゼン、そして向かいには優也が座っている。来たときにはハウゼンと優也は仕方なく屋根の上にしがみついていたが、今回は小さくなったグラセーヌと共に車内に座れるのだ。


「なぁ、大丈夫かなグラセーヌ……」


「グラセーヌ様のことですから大丈夫ですよ。何より神様ですからね」


「そりゃあそうなんだろうけど、神ってさ、何百年何千年も生き続けるんだろ? こんな調子でグラセーヌはこれから先、大丈夫なのかな……って思ってさ」


「まぁ、なるようになりますよ、きっと……」


「そう……だな……なるようになるか……」


「……」


 車内の空気は別の意味で重かった。時折発する言葉一つ一つがなんとも言えない気まずい空気を漂わせていた。


 そんな中、ハウゼンが場の空気を変えようと話を切り出した。


「……まぁ、元気になっていつも通りの状態に戻ったら、またマヨネーズ作ってくれって言ってきますよ」


「そうだな……マヨネーズか……」


「ん、あれ? ハウゼン動いたか?」


「いや、馬車が小石でも跳ねたんでしょう」


「そうか、気のせいか……」


「……」


 再び沈黙が訪れる。頬杖をつき、窓の外をぼうっと眺めている優也は、ふと見たことがある木々に視線が行った。


「おい、ハウゼン……あれ……オリーブの木だよな……?」


「あっ、オリーブですな。この辺りに繁ってるとなると、頑張れば徒歩でも行けそうです。正直、時間を掛けてデルベ村に行くよりも、こっちで酒さえ手に入ればグラセーヌ様の好きなマヨネーズも作れそうですな」


――ぴくり


「あれ……? ハウゼン動いたか?」


「えっ。いや……動いてないですけど……」


「……」


 再び沈黙が訪れた。再び頬杖をつき窓の外を眺めている優也には別の木々が視界に入った。


「おい、ハウゼン……あれ……アボカドの木だよな……?」


「あっ、アボカドですな。塩を付けて食べると美味しいんで、結構好きなんですよ。近代的な生活をする前はそのまま食べてましたけども」


「なかなか通な食べ方を知ってるな、とはいえあの辺りだと塩しか無いから、それがもっともな食べ方なんだろうな。それはそうと、ハウゼンは知っていたか?」


「何をです?」


「アボカドってヤツは油を作るのが結構楽なんだそうだ……。オリーブと違い簡易的な器具でも絞れて、風味も独特で揚げ物に適してるんだってさ……」


「……」


――ぴくり……


 優也たちの会話に油という言葉が出る度に意識の戻らないグラセーヌの身体は小刻みに動いた。


「おい、ちょっとまて……、もしかしてだけど我々の言葉に、特に油に反応してないか……? ちょっとハウゼン何か言ってみ?」


「うーん……。ああっ、こんな所にオリーブオイルが!」


「わざとらしいし、イマイチ反応が薄いな……。あれか? 秘蔵のマヨネーズでも出すか?」


――びくんびくん


「おおっ! なんだか一番反応が強いようですぞ!!」


「やっぱりか……。ちとそこの鞄を取ってくれないか?」


 ハウゼンは車内にあるひときわ大きな鞄を、優也に渡した。


「うっく……結構重いですな。いったい何が入ってるんです……?」


「じゃーん。オリーブオイル!! いざっていうときの灯りに使えたり、揚げ物、炒め物にも使えるしな……」


「えっ、それをどうするんですか……さすがに車内で調理はしないですよね……?」


「こうやって、スプーンに少量の油を移して……っと」


「ま、まさか……」


「ほーら、グラセーヌの大好きな油だよ……」


 グラセーヌの口に人さじのオリーブオイルを、ゆっくりと流し込んだ。水の時は微動だに反応しなかったが、ごくりと喉を鳴らしゆっくりと口の中へと消えていった。


「おっ、おおっ! まさか水より油の方が良いとは……!」


 何回か口元へと油を運ぶと表情は次第に穏やかになり、呼吸も整ってきた。


「……少し顔色が良くなってきたように感じるな……。さて、これを試してみるか……」


「それは、秘蔵の……!」


「まてまてまて、それ以上言うでない。これをスプーンにいれて口に入れるだろ……」


「――!!」


 グラセーヌは突然起き上がって、優也のスプーンとマヨネーズを奪い取った。


「勿体ぶってないで全部よこしなさいよ!!!」


「うおおお! 復活しましたぞ!!」


「やっぱりか……。グラセーヌお前……」


「どき……」


「油の化身なんじゃn……」


 グラセーヌのパンチが優也に炸裂し、馬車のドアを突き破ると車外に放り出された。


「ゆ、優也殿おぉぉぉぉぉぉぉお!!」


――


 どうやらその言葉は禁句だったらしい。最近、本人自体がその体型を気にしており、あまりそういうことを言われたくないのだとか。


「し、死ぬかと思ったぞ……。しかしちっこくてもパワーは絶大なんだな……末恐ろしいわ……」


 馬車を止めてもらい、なんとか車内に這い上がってきた優也であった。


「悔しいけど……カロリー=稼働時間なのよ……。」


 飲み干したマヨネーズを無造作に捨てると、優也の持っていたオリーブオイルを奪い、そのまま容器を逆さにして飲み始めた。


「そうは言ってもオリーブオイルをラッパ飲みする人間とか見た事ねぇぞ……」


「緊急用よ。これをやっちゃうと舌で味わって食べる楽しみが減るのよ」


「あー……。それでいろんな事に納得いったわ……」


「そうよ、前にも似たようなことを言ったと思うけど、なるべくヘルシーな物を大量に味わいたいの。そのためのイカなのね。野草でも良いけど直ぐ無くなっちゃうし、何よりマヨネーズのうま味を引き出せないのよ……」


「口が寂しいならチクルって木が生えてるから、暇なときにでもガムでも作ろうか? ほら、あそこ……」

※チクルは、チューインガムの原料となる天然樹脂が採れ、煮詰めることでガムベースが出来ます。


「しらないの? ガムって油脂と相性良くて分解されて溶けるのよ」


「それはつまり……」


「私の場合、ガムが秒で消えるって事ね……だからあまり好きじゃ無いの」


「それは油の化身だからk……」


「優也殿オォォォォォォォ!!!」


 吹き飛ばされた優也の顔は、何故だかちょっと嬉しそうであった。


――――

――

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